最近心理学の本を読みあさってます
図書館で借りてきて
今日は共依存かも??と感じる前に借りた本を
また知らずに借りてきてしまいました
あんなに本があるのに同じタイトルを2回選ぶと言うとは、、
読んでもしばらくフムフムと思い
半分くらい読んだとこで、あれ?これ借りてこなかったか??と
でも前に読んだときと、共依存かも??って思ってからと
本の読解力が違いすぎる!!
同じ本でも認めてからだと見えてくる物がたくさんありました
さて、今日は最近やり出した
ヨガ!!の日です
ヨガってバランスをとったり、ストレッチしたり
そういうことが目的の体操だと思ってました
でも、精神世界なんですね
知ってる方には、そんな当たり前の事って思うかも知れませんが
ヨガの世界の言葉で無執着という言葉がありまして
今日は先生から何度となく無執着という単語を聞きました
それで教室が終わって、みなさん帰った時に先生に
無執着って日常でも実践されてますか??
って聞いてみたの
そしたら、嫌いという気持ちも
嫌い嫌い!と頭で考えても良いんだけど
段々考えない時間を設けていって
その感覚が段々長くなって
また思い出しても良いんだけど
またその感覚を手放す作業をしてって
意識的に自分の中に、嫌い!って感情を持ってる時間を少なくするって言ってました
私の場合は、嫌い!じゃなくて好き!って感情なんですが
というと
嫌いも好きも、同意語で、やはり執着と思う時は
同じ作業をするといいみたいです
でも相手から好き好きって感情をもらってしまって
それを受け止めて私も好き!!
ってなったら執着ですよね??
私は好き!ってなって、自分が不安定になるのが嫌なので
好きにならないように人間関係をかなり遠巻きにして
誰か一人と仲良くならないように気をつけている
という話をしたら
好きになるのは人間として人間らしい行為で素晴らしいことです
でもその好きって気持ちを自分の近くに寄せすぎないようにすること
自分や相手からも離したところで好きとする
そういうことを言ってました
深いです
その意味は自分を持つと言うことだと
先ほど間違えて借りてきてしまった本に書いてあり
繋がった!!
空気を読みすぎて?
好きな人が、赤って言ったら
じゃあ私も赤が好き♪
って感じを、ずっとやってきたなあと
親にも、「私はこう考えてるけど、お父さんはこう考えてると思うからこうしないと」
みたいな感じや、友達にも
「私は本当はこう思ってるけど
でもこの子は今こう言って欲しいだろうから、こう言おう」
みたいな、KYの逆、空気読みすぎ症候群で
結局、自分の意見じゃ無いじゃん!
全部自分の中の誰かだったらこう考えるだろう的な意見じゃん!!
と気がつきました
全部誰かの、望んでる私を演じていたのかな。
親に対しても、友達に対しても同じ事をしていた私。
でもヨガの先生は
それが気がつけたんだったら、話は早いですよ~と言ってました
そしてもうひとつきがついた点
私はその一定の子を作るまでに、ふるいにかけてます
第五の壁くらい、壁があって
一段階の壁、二段階の壁
に進んできてくれるのを待ちます
そして第五段階に入れた人だけを、ともだち!
って思って付き合ってます
でもこの作業が、、もう第五段階に入った時点で、執着スタートですよね
それも今日読んだ本に書いてありました
要は、自尊心が低いのだそうです
私は自尊心高いとおもってました
自分の理論ちゃんと持ってるし!個を持ってるし!
って思ってました。
でも傷つきやすい人は
傷つきたくないために、自己防衛が働くらしいのです
自己防衛が高い人は、理屈で自分を守るそう
これは他者を受け入れない自分だけの理論でお城を作っていること
そこの中にいれば安心。
誰か責めてきても
お城の中に入ってれば、恐くない
そう、、そんな感じ。
第五の壁はきっとお城に入ってくるためのテスト的なやつで
無事に入れた人だけを信用する。
その他はみんな敵。
そんなテストしたくらいだから、ほとんどが自分に共感してくれる人ばかりで
自分で作り上げた理論がさらに、間違ってない!!と
確信を得る。。
でも反対に、素敵な感動とか魂が震えるとかそういうことも減ってくるの
無感動な世界
でもそれは空虚な世界ですよ
と本は書いてあった
オープンハート
今日ヨガの先生から聞いた言葉
そろそろ心を開くときが来たかな
傷ついてもいいから、カラフルな世界に戻りたいなと思う今日この頃でした