最近心理学の本を読みあさってます

 

図書館で借りてきて

 

今日は共依存かも??と感じる前に借りた本を

 

また知らずに借りてきてしまいました

 

あんなに本があるのに同じタイトルを2回選ぶと言うとは、、

 

読んでもしばらくフムフムと思い

 

半分くらい読んだとこで、あれ?これ借りてこなかったか??と

 

でも前に読んだときと、共依存かも??って思ってからと

 

本の読解力が違いすぎる!!

 

同じ本でも認めてからだと見えてくる物がたくさんありました

 

 

さて、今日は最近やり出した

 

ヨガ!!の日です

 

ヨガってバランスをとったり、ストレッチしたり

 

そういうことが目的の体操だと思ってました

 

でも、精神世界なんですね

 

知ってる方には、そんな当たり前の事って思うかも知れませんが

 

ヨガの世界の言葉で無執着という言葉がありまして

 

今日は先生から何度となく無執着という単語を聞きました

 

それで教室が終わって、みなさん帰った時に先生に

 

無執着って日常でも実践されてますか??

 

って聞いてみたの

 

そしたら、嫌いという気持ちも

 

嫌い嫌い!と頭で考えても良いんだけど

 

段々考えない時間を設けていって

 

その感覚が段々長くなって

 

また思い出しても良いんだけど

 

またその感覚を手放す作業をしてって

 

意識的に自分の中に、嫌い!って感情を持ってる時間を少なくするって言ってました

 

私の場合は、嫌い!じゃなくて好き!って感情なんですが

 

というと

 

嫌いも好きも、同意語で、やはり執着と思う時は

 

同じ作業をするといいみたいです

 

でも相手から好き好きって感情をもらってしまって

 

それを受け止めて私も好き!!

 

ってなったら執着ですよね??

 

私は好き!ってなって、自分が不安定になるのが嫌なので

 

好きにならないように人間関係をかなり遠巻きにして

 

誰か一人と仲良くならないように気をつけている

 

という話をしたら

 

好きになるのは人間として人間らしい行為で素晴らしいことです

 

でもその好きって気持ちを自分の近くに寄せすぎないようにすること

 

自分や相手からも離したところで好きとする

 

そういうことを言ってました

 

深いです

 

その意味は自分を持つと言うことだと

 

先ほど間違えて借りてきてしまった本に書いてあり

 

繋がった!!

 

空気を読みすぎて?

 

好きな人が、赤って言ったら

 

じゃあ私も赤が好き♪

 

って感じを、ずっとやってきたなあと

 

親にも、「私はこう考えてるけど、お父さんはこう考えてると思うからこうしないと」

 

みたいな感じや、友達にも

 

「私は本当はこう思ってるけど

 

でもこの子は今こう言って欲しいだろうから、こう言おう」

 

みたいな、KYの逆、空気読みすぎ症候群で

 

結局、自分の意見じゃ無いじゃん!

 

全部自分の中の誰かだったらこう考えるだろう的な意見じゃん!!

 

 

と気がつきました

 

全部誰かの、望んでる私を演じていたのかな。

 

親に対しても、友達に対しても同じ事をしていた私。

 

でもヨガの先生は

 

それが気がつけたんだったら、話は早いですよ~と言ってました

 

そしてもうひとつきがついた点

 

私はその一定の子を作るまでに、ふるいにかけてます

 

第五の壁くらい、壁があって

 

一段階の壁、二段階の壁

 

に進んできてくれるのを待ちます

 

そして第五段階に入れた人だけを、ともだち!

 

って思って付き合ってます

 

でもこの作業が、、もう第五段階に入った時点で、執着スタートですよね

 

それも今日読んだ本に書いてありました

 

要は、自尊心が低いのだそうです

 

私は自尊心高いとおもってました

 

自分の理論ちゃんと持ってるし!個を持ってるし!

 

って思ってました。

 

でも傷つきやすい人は

 

傷つきたくないために、自己防衛が働くらしいのです

 

自己防衛が高い人は、理屈で自分を守るそう

 

これは他者を受け入れない自分だけの理論でお城を作っていること

 

そこの中にいれば安心。

 

誰か責めてきても

 

お城の中に入ってれば、恐くない

 

そう、、そんな感じ。

 

第五の壁はきっとお城に入ってくるためのテスト的なやつで

 

無事に入れた人だけを信用する。

 

その他はみんな敵。

 

そんなテストしたくらいだから、ほとんどが自分に共感してくれる人ばかりで

 

自分で作り上げた理論がさらに、間違ってない!!と

 

確信を得る。。

 

 

でも反対に、素敵な感動とか魂が震えるとかそういうことも減ってくるの

 

無感動な世界

 

でもそれは空虚な世界ですよ

 

と本は書いてあった

 

オープンハート

 

今日ヨガの先生から聞いた言葉

 

そろそろ心を開くときが来たかな

 

傷ついてもいいから、カラフルな世界に戻りたいなと思う今日この頃でした

ACアダルトチルドレンでは共依存という言葉がなんども出てきますね

 

私はドキっとしたので共依存なタイプだと思います

 

まず私自身は人間が好きなタイプだと思っていました

 

何かを人にやってあげるのが好きと思っていたので

 

新卒で選んだ職業は、サービス業

 

常に仲いい一人のお友達がいて

 

そのことは心の底まで出してしまう

 

その次は大切だけどそこまで心をさらけ出せない人

 

その下は挨拶程度

 

といったような人間関係を構築します

 

昨日フッと思い出してみたら

 

小学校一年の頃から

 

必ず一人は大好きなお友達がいました

 

その子達とは今どうなっているのか考えてみると

 

その大好きな子がちゃんとした人間関係を構築できるタイプの子だと今でもお付き合いしてます

 

しかし、その子も共依存なタイプだと

 

私が縁を切ってしまってます

 

どうしてか、、

 

人から頼られるのが大好きな私は

 

大好きな子にあれもこれもやってあげたくてしょうがない

 

その子に頼って欲しいと思ってる

 

頼られることで自分に価値があると思ってる

 

これは全部ACの特徴なんだけれど

 

 

ちゃんと人間関係できる子は私があれやこれやお世話をしても

 

そこを利用してこようと思ってない

 

でも相手が依存タイプだと

 

私がやってあげることにドップリつかってくるのです

 

ここが矛盾してるんですが

 

やってあげるのが好きなのになんで相手がドップリすると嫌気がさすのか。。

 

向こうは自分の事がとても大事のようで

 

こちらが家庭があってもお構いなしに自分の問題を振りかざしてきます

 

最初はこちらも大変!助けなきゃと思うのですが

 

あんなに尽くしたのに自分の話を聞いてなかったり

 

あんなに話したのに、全く違う行動を取られたり

 

いわゆる私には裏切り行為と思う事をされると

 

もういいやー面倒~

 

とその関係を一気に手放します

 

 

 

そういうことが数回。

 

あー同じ事をしてる~毎回してる~

 

要は自分に頼ってきたんだから

 

自分の思うとおりに行動してよ!

 

コントロールがきかなくなると興味が無くなってくるのかな

 

あんなに尽くしたのに。。

 

と私は被害者ぶりますが

 

もっとあなたを出して良いのよ!!とその人を寄りかからせてしまったのは私本人だな。

 

実際、相談されると

 

キタキタと嬉しい気持ちになることが多い

 

もっと頼って、もっと頼って

 

私以外の人には頼らないで

 

みたいな関係を作ってしまいがち。。。

 

それでその人が自分で立てないくらい傾倒してくると

 

一気に面倒と思う。。

 

うんひどいね。。

 

このサイトに書いてあることがかなり納得できたので

 

貼っておきます

 

http://www.meiroh.com/shokuin/report/higuchi/higuchi_02_03.html

 

 

 

 

 

前回のブログを書いているときには

 

ブログを書きながらオイオイ泣く作業でした

 

自分のインナーチャイルドをいやしてあげることがACで一番大事

 

と言われているので

 

トコトン私は可哀想だったんだ。とかアイされたかったんだとか

 

そういう風に思考を持って行きました

 

例えば、次女は思春期にまつげや髪の毛を抜いてしまったり

その後もずっと軽い問題児というか、変人というか、、です

 

三女は高校生の時からリストカットや拒食症

 

私は、、多分特にない

 

怒りを爆発させずにきてしまった

 

小さい怒りはあった物の

 

次女や三女みたいに

 

いかにもな行動はしてこなかった

 

そういや失恋した時も同じだったなあ

 

いわゆる失恋してもイイコでいたため

 

多分暴れたりした人よりもずっとくすぶって、

 

その火は長く燃え続けたのではないかと思う

 

そう思うと、周りから面倒な人だなあと思われても

 

めちゃくちゃした方が早く燃焼するんだな

 

きっと。

 

このブログで私は昔の自分と対峙して

 

大泣きして、精神不安定な数日を過ごしたあと

 

スッキリし、今では家族が私の周りから消えました(本当にいたわけではなくて、常にまとわりついている感覚が無くなりました)

 

でも昨日、次男の誕生日が近くなってきたからか

 

母から

 

「プレゼントは靴でいい?サイズを教えて下さい」

 

と一行ラインが

 

去年も靴。今年も靴送っておけばいいかあって感じが見え見え。。

 

ちなみに渡しには来ません(一時間半くらいの距離です)

 

毎回送ってきます

 

こちらが行かないとテコでも来ません

 

 

引っ越してから3ヶ月。

 

 

友達はもう3回くらい来てる子もいる中

 

親は1回も来ない

 

連絡もこちらから数回(必要事項のみ)

 

あったのは前回お正月。

 

育ち盛りの孫を見たいと思わないかなあ。。

 

 

(多分ここが私のいけないところ!迷惑をかけてはいけないという思考回路のため

 

向こうが察してくれるのをひたすら待ち続ける!!

 

でもうちの親は察する能力なし!

 

それなのに、いつかはこちらを向いてくれるのではないかと期待している自分がいる)

 

 

だから今回は

 

 

プレゼントはいいから、たまには会ってあげて

 

と勇気を出して言ってみた

 

母は

 

いついつは何があって、いつは何があってと言い訳のような事を返してくる

 

私は

 

じゃあ、また気が向いたら連絡してね

 

とラインを終わらせました

 

私が今回ちょっと変われたなあと思ったのは

 

来て!と言えたこと

 

今までどんな具合悪くて大変な時でも

 

来て!といえたことはありませんでした。。

 

親をそんな事で使ったら申し訳ない

 

親に一時間半かけて来てもらうのは申し訳ないと思っていたから

 

 

でも少しずつ、私も自分の我が儘を出してみようかな

 

前だったらこのラインをもらったら

 

サイズはいくつです

ありがとうね!!

 

という文章で終わらせていました

 

(本当は次女や三女の子供にするみたいに

 

来てくれてケーキでお祝いしてよ!!

 

いつも何にも頼ってないんだから!こういう時くらいやってくれてもいいじゃん)

 

という心理だけど

 

「ありがとうね!」

 

と言ってしまってました

 

きっとそれがいけない

 

私の中の本当は言いたいけど言えない心の中の声が増幅するばかり

 

ほらやっぱりうちの親はこうだ

 

と決めつけていたのは自分

 

だから今回は言ってみたことで

 

結果こなそうだけど

 

言えた自分にすっきりして、あまりネガな感情は湧いてこなかった

 

よかった。。

 

少しずつでいいから

 

自分が考えてる想像上の親ではなく

 

本当の親と対峙してみようと思った今日この頃でした

 

 

そしてこの本音吐き出しブログ、私の中ですごい効果あります

 

どんなに何でも話せる友達でも

 

 

なかなかここまで掘り下げることはできないし

 

掘り下げたとしてもその人がゲッソリしてしまうと思うし

 

こんなどす黒い感情を書けるのもとても助かってます

 

親との関係で悩んでいる方、騙されたと思ってやってみてください

 

 

 

 

昨日書いたブログを読み返してると

 

違和感。。

 

こうやって少しの違和感を感じてもそのままにしておけないのも

 

ACの特徴なのかな

 

 

もう一回チャレンジ

 

 

子供を0歳~保育園に預けたことについて

 

 

最初は子供を可愛いとか一緒に居たいとか

 

思わなくて

 

常にネガティブな反応で

 

生んだら自然と出てくるはずのいとおしいという感情が欠如していたため

 

育児は辛い作業でしか無くて

 

産後頻繁に起こる偏頭痛と

 

寝ない子供へのイライラ

 

知らない土地だったため共有出来る友達もいなく

 

親もヘルプ出しても来てくれるような感じではなく

 

感情のアップダウンがとてもひどくて

 

些細な事で子供に怒鳴ったり

 

手も出たし

 

そんな自分が恐くて

 

子供にいい影響をもたらさないと思ったので

 

私は保育園に預けた

 

このことで私は子供を可愛いとおもえなかった負い目が芽生える

 

→両親は私のエゴで保育園に行かせてると思っていたため

 (楽をしたい、私利私欲のため働いていると思われていた)

 もちろん反対する

 

 

でも辛い!育児ができない!!助けて!手伝って!とは言えなかったし

 

子供を可愛いと思えなくて育児ノイローゼになりそうとも言えなかった

 

→言えなかったのは自分だったなあ。言えば良かったのかな

 

 

そのうち多分育児ノイローゼも楽になり

 

 

仕事をする事自体が楽しくなった

 

というより仕事を持っている自分がなんかいい!と思った

 

そうすると

 

また自分の中で、楽して(これは母親の価値観)子育てをしているのだ

 

という負い目が出てくる

 

その負い目を抱えて今に至る

 

子供を自分で見ないで働くことで逃げる人なんだと自分で自分の事を思っていた

 

そして周りの専業主婦は私の事をそう見てるに違いないと思っていた

 

だから専業主婦に対して、強い拒否反応がでていたのかも

 

→被害妄想

 

 

今専業主婦になれるかもと思ったのは

 

子供が成長して

 

私が体調不良で倒れていても

 

子供が生きることはできるだろうと思ったからかな

 

周りに預けられないと

 

自分が倒れたときに(偏頭痛持ちでしょっちゅう倒れるんです)

 

自分の事ができない子供がいたら倒れることもできないという不安が強かった

 

保育園にいると思えば安心

 

でも今は、お兄ちゃんも7才、下の子も今年3才になるので

 

なんとか数時間旦那にヘルプを出して旦那が帰ってこれるまでの時間くらいは

 

放置していても大丈夫と私の中でGOサインが出た

 

 

ようやく子供の事に向き合えるかも??という決意ができた

 

 

生んだ瞬間から母になれる人もいるけれど

 

私は誰かの手を借りないと育児できなかったな

 

これが自分の汚点というか、、恥じている部分で

 

周りの人に気づいてもらいたくない思いだったのかな

 

でもじゃあ

 

親に助けてって言えば良かったの??

(実家とうちは電車で一時間半くらいの距離だった)

 

引っ越しして親にお世話になって

 

育児ノイローゼが良くなるまでお世話になればよかったのかな

 

妹は実際そうして引っ越していった

 

 

保育園を否定し続けて

 

 

がりがりになって病気になっても

 

 

自分では見れなくなって

 

 

保育園ではなく親に頼った

 

 

親の方もかなり参ってしまって

 

 

妹がおかしくなってしまって家族も毎日妹に振り回されていて

 

母はうちに避難しにきたくらい

 

 

私はあのときに家族に言ってやりたかった

 

 

私は迷惑かけなかったよ

 

 

保育園にお世話になってお父さんとお母さんを振り回さなかったよって

 

 

それでもそんなになってまで子供を自分で見ている妹はお父さんお母さんの目には美しい、これこそ育児ではないかと思ったのではないか

 

→これも私の両親ならこう考えるんじゃないかという思考のゆがみ

 

 

うん見えてきた

 

 

私の思考のゆがみが大きいね!!

 

 

これがACの特徴なんだな

 

 

親が随分自分の中でモンスターになっていたけど

 

客観視すると実際両親はそんなこと言ってなくて

 

 

自分の被害妄想(正しくは考え方のゆがみ)から来ていたのがよくわかる!!

 

 

はあ今日もたくさん気づけた。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日はとてもはき出せてスッキリしました

 

アダルトチルドレン関連のブログなどには

 

自分の感情を書いたりすのが効果あると言うことでしたが

 

本当ですね~

 

書いているウチに頭で考えていたこと以上の発見がありました

 

 

さて昨日の続きですが

 

 

●元々親に「熱中できる事が少ない、特技がない、」と言われて育ちました

 

何か決めるとその都度

 

「おまえはミーハーだね」と言われました

 

自分で色々考えて出した結果を「ミーハー」と言われることについて

 

やはりいい気がしません。褒め言葉ではないと思います

 

だから私はずっと無個性の人間だと思ってました

 

友達に言わせると随分個性的だったらしいのですが笑

 

→自分で考えて出した結果はいわゆる平均だという親の価値観をすり込まれてる

 

→「あ、またミーハーな事言ってしまった!お父さんは肯定してない」

 認められてないという思いがついて回る

 

特にうちの父親は

 

一国一城の主だったため、またその事業がとても成功していたから私は父には発言力があると思っていた

 

お父さんが言うことは

 

私の中でかなり長い間ズシっと留まる

 

私にとってすくわれた言葉もあるし

 

私にとって聞かなくて良いと思われることも全て自分の中で大きく存在してる

 

この存在してる物が私の価値観なのか

 

洗脳と同じで

結婚してお父さんから逃げても

 

 

何かをチョイスするときには必ずお父さんの言葉が蘇えり

 

 

それがわたしにとって足かせになるときもある

 

 

結婚して10年経って

 

お金も手も借りてないちゃんと自立したのにまだ話すとお父さんの支配下にいるように感じる

 

 

 

もうしっかり自立したんだから

 

もうお父さんの子供(所有物)ではないのだから

 

私の考えたことを尊重して欲しい

 

 

そうか、愛されてないと言う思いは

 

きっと認められない、肯定されないという思いから

 

認められたかったんだね。

 

おまえの考えてる事は立派だよ

 

すごいよ

 

ガンバレ

 

応援してるよと言われたかったんだ

 

だから自分でどんな頑張っても、友達にすごい頑張ってるよねと言われても

 

ううん、おとうさんだったらこう考えるはず

 

私はまだそうはなれていない

 

まだまだお父さんの理想の私になれていないと感じていたのかも知れない

 

私の中のお父さんは

 

自分が思う以上に大きくふくれていたのかも

 

でもそれはお父さんが直接言ったことではないし

 

私がお父さんを研究しつくしたため(愛されたいという思いから)

 

お父さんならどう考えるかという価値観に振り回されていただけだったんだ

 

私はお父さんの亡霊と戦っていた

 

 

その価値観と自分の価値観がつねに裏表で存在して

 

葛藤して、1つのことに答えをだすのに

 

二面性が見え隠れし

 

疲れる。疲れる

 

疲れるのは体力がないと思っていたけど

 

 

きっとそれが疲れたんだな

 

 

こんなに忠実にお父さんの言うことを聞いたのに

 

姉妹の誰よりもお父さんに忠実だったのに

 

 

なんで認められないんだろう

 

もっともっと頑張れば認めてもらえるのか

 

もっと頑張らなくては

 

という考え方か。

 

私が強いと思っていたけど

 

私が強いのではなくて

 

私の中にいるお父さんが強かったのかも

 

今日もかなりの気づきがあった

 

 

今までの私をイイコイイコして

 

 

もう自分の足で歩いて良いんだよ~

 

 

私が考えていいんだよ~

 

私の人生なんだから

 

もうお父さんを尊重しなくていいんだよ~

 

 

って言ってあげたい

 

お父さんのことは一方的に愛しすぎて

 

報われないから今度は拒絶するという心境になっているけれど

 

少し自分の中で自分が大きく育てば

 

お父さんを違った視線で見れるようになるかな。

 

なれるとイイナ

 

 

 

 

 

ここのところ、気がついたり感情が高ぶったときには

 

原因となるものを書こうと思ってます

 

先ほど「親の価値観から脱却しよう」みたいなブログ記事を読みました

 

今度ゆっくり書きますが私の親は特に虐待もしなかったし、お酒も飲まなかったし

 

むしろ他の親より頑張って生きてきた人で

 

私は親が誇らしいし、その自分がなんでACなのか矛盾すると思うのです

 

 

確かに自分の現在はACの特徴ぴったりなんだけど

 

親は言うほどでもないんじゃね??

 

って思ってました。というより思ってます

 

 

それではなんで結果として、AC要素が強い私ができてしまったのか

 

 

小さいときの自分を紐解いていきました

 

あれかな?あれかな?

 

どれが未だに親の呪縛になっているか不明

 

でも潜在意識レベルらしいので

 

これだ!ってすぐわかる物は見つからない。。。

 

逆に、自分が今現在

 

何のワードで反応するか考えてみた

 

 

 

それは、、「結婚して子供がいる人が仕事を持つこと」という点。。

 

このワードにめっちゃ反応するんです

 

専業主婦が良いと思えない。

 

専業主婦になるのが恐い

 

恐いから仕事を手放せない

 

なんでこのワードに異常に反応するのか。

 

私は37才の2児の母なんですが

 

二人とも0歳の時から保育園に預けて働いてます

 

最初は育児が耐えられなかった

 

愛おしい、可愛い、離れたくない

 

こういう普通母が思う感情とは全く逆の

 

面倒くさい、常に不安、孤独、つまらない、離れたい

 

とうとう育児ノイローゼなんじゃないか??というところまで来て

 

子供と距離を取った方が良いと判断し保育園に入れるために働きました

 

(子供に愛情表現できないのもACの特徴なのか)

 

でも遠くに住んでいる親は

 

ことあるごとに小さい子供がいるのに働くなんて

 

という言葉やセリフ

 

育児を助けて欲しかったけど、助けてと言えないから保育園にお世話になったのに

 

親は私のエゴで働いてると思ってる

 

 

母が孫を見て

「今がこの子の人生で一番可愛いときなのに、もったいないわね~」

 

父は

「女性には本来DNAで子供が可愛いと思うようにできているんじゃないか??

それが母性でしょ??備わってない人もいるんだね」

 

 

などと、言葉を換えてたくさん言われた。

 

 

↑コレに関しては何度もその時の旦那の給料事情も言っていた

 

本当にお金が足りなかった次期。

 

でも本当は私が育児をギブアップしたという事に気がつきたくなかった(自分で((しかもしかもほんと今気がついた)))

 

だから最初は旦那の給料のせいにして

 

それが無くなると仕事は自分のアイデンティティだと思い込んだ

 

確かに生き甲斐だった。

 

これまた二重三重の親の価値観に縛られていて

 

話は小学生に戻ります。

 

物心ついてから

 

多分小学校3~4年くらいから

 

社会人になるくらいまで

 

父に言われ続けたワードがある

 

 

「おまえはこれといった何かが無い」

「個性がない」

「最後までやりとげられない」

「ミーハー」

 

こんな感じの事をずっと言われていた

 

というのは年子の妹が

 

今思うとちょっと軽い障害があったと思うのだけど(今でもかなり変わっている)

 

成績表を見ると

 

常に5段階でほとんど2みたいな子だったのですが

 

音楽に関しては飛び抜けた才能があって

 

親はそれがとても誇らしかったようで

 

妹を引き連れ回し、小学生なのに

 

妹は夜の六本木のバーでジャズを父親と聴いたり

 

毎夜毎夜家では大音量でジャズのセッションが(父も大好き)

 

というのも父が自分の感性で仕事を自営でやっている人だったからか

 

何か1つ秀でているというのが好きなように見えました

 

父自体も音楽が大好きだったから余計嬉しかったんでしょうね

 

これも今気がつきましたが

 

この毎夜毎夜セッションが私は大嫌いだった

 

常に大きな音でリビングを占領。ジャズも大嫌いになった

 

でも今思うとこれはすごい嫉妬をしていたんだろうな。

 

父をあんなに独占できる妹が憎らしかったのかも

 

私は妹にできない勉強ができるのに!!って

 

勉強に関して価値をおいてない両親はそこに価値を見いだしてはくれなかった

 

それか、障害かどうか親が認識していたかわかりませんが

 

生きていくのが難しそうな妹を親は不憫に思っていたのかも(これも今気がついた)

 

音楽しか取り柄が無かったから伸ばしてあげたいと思ったのかもしれない

 

思い出すと止まらないのだけど

 

そんな時に私は少し興味が出てくる事があって

 

英語だったんだけれど

 

英語の大学に行きたいというと

 

父は反対した

 

英語で大学行く意味がわからないから

 

短大でいいんじゃないか??

 

何回か話したけど

 

私は父の考えを覆せるだけのワードを持っていなかった

 

父は覆せないと言うことはそれだけの熱意が無いと言うこと

 

と言って

 

私は結局短大に行くんだけど

 

本来行きたいと思ってないから、勉強が全く手に付かなくて

 

私は短大受験に失敗する(正確には、希望した学校と英文科には入れなかった)

 

今思うとなんであんな勉強しなくて受かったなというくらい勉強しなかった。

 

やる気が全くなくなっていた

 

 

妹とことあるごとに比較されて

 

「おまえには何も無い」と言われていたので

 

私はそれから自然に

 

私が存在している意味というのに執着する

 

短大くらいの時は宗教本などもよく読みました

 

いわゆる自分がこの世に生まれてきた意味を探さないといけないと思ったのです

 

 

自分探しの始まりです

 

海外にも行ったし

 

ダイビングとか、とにかくいろんな事にチャレンジして自分探しをする日々

 

でもね、多分私にはそこまではまれる何かが元々無いのです

 

無いものは探しても無い

 

妹みたいにはなれないの

 

そして先ほどの仕事の話にリンクするのですが

 

私が選んだ仕事はWEBデザイナーという仕事である意味デザインでいい悪いが決まるお仕事で

 

最初は育児ノイローゼから脱却するため、保育園に預けるためにしていた仕事でしたが

 

段々、これはとうとう私にもこれだ!という物ができたのではないか??

 

しかもデザインという感性を活かせるお仕事で

 

もしかして、もしかして

 

遂にお父さんがいっていた「何か」を見つけられたのではないか??

 

という(今思うと錯覚)自信が出てきて

 

働くことを自分の誇りと思いました

 

だけど母が働くと言うことに関してよかれと思ってない両親はこのことにまた価値を見いだしてくれないの。

 

見いださないばかりか批判をするの

 

だから私は自分がやってきたことを正当化するために

 

同じ環境の友達を作って

 

その人達といる間は息ができるけど

 

実家に帰るとまた

 

よく思ってない、認めてないオーラで息ができなくなる

 

酸欠の金魚みたい

 

お父さんとお母さんに認められたくて

 

頑張って来たのに、まだ認められない

 

専業主婦になった妹が二人いるんだけど

 

認められてる。

 

こんなに稼げたんだよ~こんな頑張ったんだよ~

 

って言っても苦い顔をするだけ

 

認めて欲しい認めて欲しいと思う気持ちが

 

専業主婦全員に対しての怒りに転じたのかも

 

でもこんな頑張って残ったのは疲れだけだった

 

気がついたら幸せを感じられない人になっていて

 

感動もしないし

 

疲れて疲れてしょうがなかった

 

そしてつい最近、ACかも??とおもう前に

 

とうとう仕事を辞める決心をしたんです

 

あんなに恐かった専業主婦も今はあまり恐くない

 

子供が大きくなって、余裕ができたのか?

 

仕事よりも大切な物があると気付いてきたのか??

 

専業主婦が恐かったのではなくて

 

自分ができずに逃げた子育てを、

 

楽しそうにできているように見える専業主婦という人たちが恐かったのかも

 

心のどこかで「母とは子に愛情を注げる物」という価値観があったから

 

できない自分を正当化して

 

ならば私はこちらの道で勝負!と思っていたのかも知れない

 

 

 

 

 

今一番言われたら嫌な言葉は

 

父に「それでよかったんだよ、女性の幸せは仕事をすることではないよ」

 

とか言われるのが一番嫌な言葉です

 

でももういいや。

 

これは私の人生なんだから

 

お父さんの価値観で縛られるのはもう終わり

 

 

今日は一気にここまで自分が見えました。

 

かなりの前進だと思います

 

 

 

 

 

 

ACについては最近自分で認めた私ですが

 

特徴が本当にぴったり

 

 

あるブログでかかれていた特徴を例に

 

 

1)白黒思考がある →○

極端な思考にとらわれがちです。

 

2)自分に自信が無い→▲

 

3)対人関係に不安がある→○

人からの評価がめっちゃ気になる

4)厳しい自己批判・他社批判をする→○

厳しすぎるほどに自分を批判したり、他の人を批判します。

 

5)敵or味方で人を判断してしまう→○

この人は自分の味方なんだろうか?敵なんだろうか?

6)人を試す→×

 

7)対人依存→○

他人とつながっていたい気持ちが強い。

 

8)パワーゲーム思考→○

競争にこだわって、対等な関係が築きにくい。

 

9)物事を最初から最後までやりとげることが困難→○

根気よく続けることができずに、すぐに結果を求めてしまう傾向がある。

10)楽しむ事ができない→○

自分の感情を押し殺して生きてきたので、うまく感情が表現できない。

その結果、本当にいまやっている事が楽しいのかどうかすら分からなくなってしまう。

11)正しいと思われることに疑いを持つ→○

家庭のルールが正しいと思っていたのに、周りは違っていた、なんてことが多々あるため、一体何が本当に正しいのか分からない。

12)常に他人からの承認と賞賛を求めている→◎

承認欲求が強い。人に認めてもらう事が、自分の存在意義だと思いこんでしまっている。

13)本音を言えるような場面で嘘をつく。習慣的に嘘をついてしまう。→○

 

14)自分のことを深刻に考え過ぎる→○

他の人にとっては大した問題じゃないのに、ちょっとした失敗で過度に落ち込んだりします。

15)「NO」が言えない、断れない→◎

 

16)過剰に責任を持ったり、過剰に無責任になったりする→○

 

17)過剰に忠実である。無価値なものと分かっていてもこだわり続ける→○

 

18)衝動的。他の行動が可能であると考えずに、一つのことに自らを閉じ込める。→○

 

19)何もしない完璧主義者である→○

自分では何もしないのに、他人に完璧さを求めてしまう。

20)しがみつきと愛情の区別がつかない→○

 

21)被害妄想におちいりやすい→○

 

22)表情に乏しい→×

 

23)無力感を訴え、心身症に陥りやすい→○

 

24)自分の判断に自信が持てない→○

 

25)傷つきやすく、閉じこもりがち→○

 

26)孤独感、自己疎外感が強い→○

 

27)自分にはどうにも出来ないことに過剰反応してしまう→○

 

28)世話やきに熱中しやすい→○

 
 
28個中25個○という結果に。。。
 
 
ああ、、私はとても自分で生きにくい、生きづらいと思っていたけど
 
なんか障害があるのではないかなと思ってた
 
ACのせいだったんだな~

初めまして!!

 

このブログは私の気持ちをはき出すために作りました

 

匿名で誰も私と気がつかない環境で

 

自分の胸の内をはき出す環境を作りたかった

 

このブログのタイトルがアダルトチルドレン克服までの道のりですが

 

こないだアダルトチルドレンかも??

 

と気がついたのでまだスタートに立ったばっかりです

 

なので克服とは、未来形なのですが

 

克服しないと私の人生幸せにならないので

 

絶対に克服する予定です

 

 

そして、このブログの目的は

 

これを書くことで自分ももしかしたらアダルトチルドレンなのでは??

 

とかこうしたらもっと楽になるのにとか

 

アドバイスとか共感をしていただけたらとても嬉しいなあと思いまして書くことにしました

 

幸せな人生を生きるために

 

これからこのブログで自分と向き合い、吐き出し、楽になれますように。