展示 | ケン ヴェン ラー ソウ エウのブログ

展示

 その展示を見たのは商店街のイベントスペースでした。学校帰りのわたしはその商店街を通るのが日課になっていました。家までの距離が一番短いのと賑やかなところのほうが安心できるというのがその理由です。賑やかといっても普通の住宅街と比べてというだけで、実際にはシャッターが閉まるところが増え、開いているところは全体の六、七割というところでしょうか。子供の時からよく通っている場所だし、昔の賑わいを知っているわたしには寂しく感じられたものでした。商店街の人も同じ思いだったらしく、シャッターが閉まっているのはいかにも殺風景だし、何とか利用できないかということで空っぽになった店舗をイベントスペースとして活用することになったのです。

 入口は白いカーテンで中は見えないようになっているのですが、「無料。ご自由にお入りください」の貼り紙につられて中に入ってみたら、そこには車椅子がぽつんと置いてあるだけでした。わたし以外には誰もいず、ただ、「手に触れてみてください」だの「腰掛けてみて下さい」だの様々な貼り紙が壁や床に貼ってありました。

 もしかしてこれは何かのアートなのだろうか、と思いました。車椅子は一見新品に見えましたがよく見るとところどころに傷があり、きれいに磨きこまれているものの誰かが使ったものであることは明らかでした。肘掛のところにかけられている膝掛けも白地に黒の花の模様がついたとてもきれいなものでしたが、実際に車椅子に腰掛けてみて膝にかけてみたときにうっすらとした染みがいくつも付いていることに気付きました。

 なんだか生理的に気分が悪くなってわたしはすぐにそこを出たのですが、その晩は変な夢にうなされてなかなか眠れませんでした。左の脛に絶えず叩かれているような痛みがあり、全身に力が入らず体全体に重りをつけられているような感じでした。

 そんなことが二晩続いたので気になってあのイベントスペースを訪れてみると、そこはシャッターが閉まったままでした。そばの店の人に管理事務所の場所を聞き、事務所に行って係の人に話を聞いたところ、前金で一週間の予定で借りていたはずなのに昨日にはもう片付けられていたのだそうです。何でもよく眠れなかったと苦情を言う人はわたしだけではなかったそうで、事務所の人もほっとしたとのことでした。

 借りた人は四十代くらいの物腰の柔らかい背広姿の男の人で、ごく普通の人に見えたので何の疑いもなくそのスペースを貸したそうなのですが、今となってはあの展示が何だったのかは誰にもわかりません。

 結局あの展示が原因だったのか、件のイベントスペースはその後まったく活用されることもなく、今でもシャッターが閉まったままでいます。