今朝、庭の方から「パタッ」という音が聞こえました。
そのあと、雛のピーピーという鳴き声。
そして、それに応えるような親鳥たちの鳴き声が聞こえてきました。
どうやら、小鳥の雛が飛ぶ練習の途中で、うちの庭に落ちてしまったようでした。
親鳥は近くで鳴き続けていました。
まるで「大丈夫」「もう一度」「こっちだよ」と励ましているようでした。
けれど、うちの庭は猫たちがよく出入りする場所です。
一歩間違えれば、命に関わる状況でした。
私はただ、どうかこのタイミングで猫が来ませんようにと祈りながら、静かに見守ることしかできませんでした。
雛は何度か飛び立つことに挑戦しました。
まだ小さな体で、必死に羽を動かし、少しずつ、少しずつ、庭の外へ向かっていきました。
そしてついに、無事に庭から飛び立ちました。
親鳥たちは、その後を追うようについて飛んでいきました。
その瞬間、胸の奥が静かに熱くなりました。
自然界では、成長することも、生きることも、決して簡単ではありません。
命は、守られるだけでは育ちません。
いつか必ず、自分の羽で飛ばなければならない時が来ます。
親鳥は、雛の代わりに飛ぶことはできません。
ただ近くで声をかけ、励まし、見守ることしかできない。
そして時期が来れば、大変な思いで育てた小鳥を、空へ送り出します。
それは冷たい手放しではなく、命を信じる深い愛なのだと思いました。
人間の世界でも、私たちはつい、守ることだけが愛だと思ってしまいます。
けれど本当の愛は時に、見守ること。
信じること。
そして、飛び立つ相手を止めないことなのかもしれません。
今日、庭で起きた小さな出来事は、自然界が何億年も繰り返してきた、壮大な命のリレーの一場面でした。
生まれ、育ち、挑戦し、飛び立ち、また次の命へとつながっていく。
その流れの中に、私たちも生きています。
小さな雛の羽ばたきから、命の厳しさと美しさを教えてもらった朝でした。
