〜Crossing〜岡崎直子の新時代スピリチュアリズム&フィロソフィア

タロットや星、カバラ、アルケミーなどの伝統神秘学は、ただ吉凶を占うためのものではなく、意識的にあなたの現実を豊かに・幸せに・ロマンティックに創造するためのツール。
あなたの幸せが世界を輝かせる、新しい時代のためのスピリチュアリズムをお伝えします。


テーマ:


 
 
本日の記事は、「水瓶座の精神」。
 
 
 
古い身分制度や専制君主制に終幕をもたらし、
民主主義や自由主義の萌芽をもたらした水瓶座のエネルギー。
 
 
 
占星術に詳しい方や、他の情報で聞いたことのある方はご存知かもしれません。
 
 
実は現代は「水瓶座の時代」と呼ばれているタイムピリオド。(諸説ありますが)



 
 


「既存の価値観を超えていく」というテーマを持つ水瓶座のもと、
国、宗教、社会、家庭、ジェンダー、世代、職業などなど、
人間が歴史を通して作り上げて来た様々な概念の枠組みが
今まさに、激しく変わっていこうとしています。
 
 
 
 
 今日はそんな、現代を生きるすべての人にとって重要な、
「水瓶座の精神」について書いてみたいと思います。






 
 

 
 

 

♦︎俯瞰する水瓶座

 
 
 
水瓶座は言います。
宇宙から見たら、国境なんてどこにも引かれていない、と。


 
 
何年も前に、月の土地を販売するアメリカの会社が話題になったことがありました。


 
ビジネスとしては目ざといですし、一瞬ロマンチックな気もしますが、
 

人間の所有欲の果てしなさ、誰のものでもない場所に
「とにかく早い者勝ち」精神で所有権を主張し、
あまつさえ販売しようなんて、心の底からバカバカしい
と思った人もいるのではないでしょうか。



 
 
しかし、地上の土地の所有権だって、多分全く同じように始まったのです。
 
 
 
一つの出来事から、
ひるがえって自分たちにとっての「当たり前」を疑う。
 
 
水瓶座の精神はそのように常に、
自分たちの置かれている「思考の枠組み」の
外側へ外側へと向かおうと働きます。

 
 
 
 
水瓶座エネルギーのいちばんのコアとも呼べるのが、
この「俯瞰する」という働き。
 
 
 
 


地上レベルではわからなかった階層の違いや、
意外な盲点や抜け道を、
巨大迷路を上からみるようにナビゲーションできる。
 


これが水瓶座の特徴であり、水瓶座的知性の源です。
 
 
 



地上の諸問題を宇宙的俯瞰から見下ろして、
水瓶座の精神はそれらを成立させている「前提条件」そのものに、
革命を起こそうと働きます。
 
 
 
 
水瓶座が博愛の星座、公平の星座とも呼ばれるのは、
こうした「全体にとってより良いこと」を自然と追求する姿勢から見て取ることができます。
 


 
 



この俯瞰する水瓶座のエネルギーをもっと身近な例で考えてみると、
現代がまさに「水瓶座の時代」であることを実感できると思います。

 
 

 
 
 
もはやそれが無かった時代を思い出すことすら難しいほど
私たちの生活に浸透しているインターネットやスマートフォンですが、
かつては「情報を知る」ということは、それだけで特権階級の証だったのです。
 
 




誰もが、いつでもどこでも、必要な情報にアクセスすることができる。
 

Google Earthをちょっといじれば、
鳥の視点から、宇宙飛行士の視点から、
世界中のあらゆる場所を俯瞰することができる。
 
 

こうした「世界を上から睥睨(へいげい)する」視点というのは、
古代世界で言われていた「神の目」まさにそのものです。


 
 
太陽系の惑星が土星までだった頃。

土星の向こう側の外宇宙は、まさに神々と星の精霊たちの世界でした。
 


地動説が唱えられた時、ローマ教皇庁は「精霊の住まう天球を汚し、神が創りし神聖な地上をただの土塊にした」と言って弾劾したのです。

 
 
そうした超越的な「神の目」を人間の理性が獲得し、
当たり前に小さなデバイスの中に持ち運んでいるという現代は、
古代人から見ればまさに気の狂った世界なのかもしれません。
 
 
 
 
 
スマホの登場は、まさにこのエネルギーの極みですが、
ちょうど天王星が発見された18世紀末ごろから
この「近代人間理性の発達」は顕著化しています。
 
 

 
 
 
歴史的に見て、そうした水瓶座的な変化の筆頭に挙げられるのが
「Human Rights」つまり「人権」の発明でしょう。


 
人は生まれながらに平等であり、すべての命には生き、幸福を追求する権利がある。
 
 


一般常識と思うようなこの「人権」という発想は、古典の世界にはありません。
 
 


身分や血筋、人種や宗教などで、人の命の重さには当然のように差がありましたし、人間とすら見なされない人々もたくさんいました。


奴隷制度や人身売買は近代社会では許されざる悪ですが、
それ以前の世界では日常の風景の一部だったわけです。
 
 

 
 
「人権」という概念は、もとからあったものではなく、人間が獲得してきたもの、人為的につくってきた「共通の約束」なのです。





 
 
 
 
 
 

♦︎神々の時代から、人間の時代への移行

 
 
天には偉大な神がいて、
人間の世界を静かに、時に厳しく、時に慈愛に満ちた眼差しで見守っている。


そしてその神から統治権を委任されたものとして、
世俗の世界では「王侯貴族」が、
信仰の世界では「教皇」や「神官」が、
ささやかな人生を送る民を導いて統治する。
 
 



この古典世界は「神」の創った世界の中に生きる、
「受動的存在」としての人間、という構図でできています。

 
 
 


「神」という言い方に違和感がある方は、
「自然の摂理」と言っても「世界の仕組み」と言ってもいいでしょう。
 
 


私たちはあらかじめセットされた世界に生まれてきて、
後天的に学んだ「出来上がった世界」の中で、
許された選択肢の中から人生の方向を選びます。
 
 
 
容赦無く日常を破壊する自然災害や戦争、
政変といった「巨大な出来事」に対して、
私たち一人一人のちっぽけな人生や喜怒哀楽はあまりに無力です。

できることといえば祈り、慈悲を乞い、
大きな流れに巻き込まれながら必死に生きるのみ。
 
 



ちょうど先日公開された、映画「沈黙」も、このテーマを力強く扱っています。
 
 
江戸初期の日本、隠れキリシタンへの凄惨な迫害。
信徒たちがあまりにもむごく拷問され、
殺されていくのを目の当たりにしながら、
極限の状態にあって信仰とは何かを自らに問い続ける主人公の外国人宣教師。
 
 


そして物語のメインタイトルであり、要として描かれているのが、神の「沈黙」
 


あまりにも惨たらしい現実を前にして、
祈りにも、文字通りの決死の嘆願にも、
一切の沈黙を貫き通す、圧倒的な神の不在感
 
 




何かを信じ、救いを求め、哀願する。
 



人生においてこれを経験したことがない人はいないでしょう。
 



例えば身近な誰かが死に瀕したり、
友人や家族が住んでいる町を大きな災害が襲ったと聞いたときに。
 



もっと小さな出来事でいうなら、財布を落としたときでも、
どうしても合格したい試験の結果を待っているときにでも、
好きな人に自分の想いを受け入れて欲しいと願うときにでも。



 
それとも人生の孤独に絶望して、
他の誰もが簡単に持っていそうな、
些細な幸せさえ私に与えてくれないのはどうしてなのかと嘆くときに。
 
 


「どうかお願いだから、神様」と、
祈ってみたことがない人はいないでしょう。
 
 




「もう苦しませないで欲しい」というこの感覚の裏側には、
「世界」という動かしがたい現実に対して翻弄される
あまりにちっぽけな自分という基本設定
があります。



 
 
 
 

 

 

 

人間がこんなに哀しいのに
主よ
海があまりに碧いのです


 
遠藤周作



 





 
 「沈黙」の有名なこの一節の中には、

神の鮮やかな創造のみわざに対しあまりにも「ちっぽけな存在」としての人間の哀切が美しく描き取られていて、胸に迫ります。
 
 
 

 

人間社会の愚かで酷い現実に一切関わりなく

海は青く、太陽は輝き、森は覆い繁る。
 

 

 

 

 

神の創りし調和の世界にあって

人間ばかりが愚かしく哀しい生き物のように思えます。
 

 

 

 

 

 

 
 
しかし、歴史はそんな「あまりにも愚かでちっぽけな人間」という思考の枠組みそのものに対して鮮烈に叛逆していく精神を呼び覚まします。

 

 

 

 

 

 
そう。それが、未来的知性を備えた革命家・「水瓶座の精神」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 

♦︎「人」であることを誇れ

 

 
人間の知性の歴史の中に潜伏していた水瓶座の精神は、

近代、天王星の発見ごろを皮切りにいよいよ真価を発揮しだします。
 
 
 
 
実際、天王星の発見が古典的「神の時代」概念に与えた打撃は凄まじいものだったでしょう。

 

 

 

 
 
聖書にも、古典占星術の言い伝えにも書かれていない惑星を、人間の科学技術が発見する
 

 

 

 

それは、絶対王政が否定され、

アメリカ独立宣言、フランス革命に沸き立つ時代の空気もあいまって、

特権階級によって象徴されてきた「支配する神」の概念を揺るがしたでしょう。
 
 

 

 

 

「人間には理性があり、従来の権威から自由であり、自己決定権を持つ」

という自由主義の台頭は、アメリカ独立の契機になりました。 


 

 

 


それが「王」であれ「神」であれ、

自分よりも偉大であり、導き、罰し、正しい答えを教える存在を、

自分の「外部」に置かないということ。
 
 

 

神という存在に対して徹底的に受動的であった人間が、

自らの理性を頼みにし、立ち上がり、

「授けられるもの」ではない自らの幸福を追求しだす。


 
 
つまりは「個」と「人間理性」が重要性を持つ時代の始まりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 
 

 
 

 

♦︎「友達」という純粋な人間関係

 
 
水瓶座的な「平等」の意識にたどり着いた精神にとって、

人と人が繋がる至高の関係性は、「友情」です。

 

 

 
 
考えてみれば、「友達」という関係ほど、

その定義において平等で純粋な人間関係はありません。

 

 

 

 

お互いの距離感と時間的・空間的領域を尊重し、奪い取りも寄りかかりもしない。
 
 

 

 

 

 

なんの契約にも縛られず、自由意志と自立した精神、ささやかな思いやりで成り立つ関係性。
 
 

 

 

これこそ、水瓶座の精神が理念に掲げる、自由と調和が両立する世界の礎です。
 
 

 

 

 

 

 

 

「友人関係だって執着したり、面倒なタイプから依存されたりするケースだってある」という方もいるかもしれません。
 
 

 

結論から言うと、それは水瓶座の精神において「友達」ではありません。
 

 
 

 

 

 
神」や「王」や「国家」と言った「体制・組織・集団」の概念の元、

「友情」と言うエネルギーは常に犠牲になり虐げられ、あっけなく負けてきました。
 
 

 

 

大親友が住んでいる国であっても戦争になれば戦わざるを得ず、
誠実に生きる市井の人であっても宗教が違うと言うだけで交流できない。

 

 

 
自分は何者かと言う「個」の生命としての意識を忘れ、「日本人だ」と思った瞬間に、「外国人」と相手にもレッテルを貼り、個と個で繋がる友情を忘れる。

 

 

 
会社に命じられた残業は必死でこなすのに、楽しみにしていた友達との約束は、平気で反故にする。「ごめん、仕事が入っちゃったんだ」
 
 

 

 

 

 

そういう時、私たちの意識は現代を生きる生命としての「個」を忘れて、
第二次世界大戦や、19世紀や、絶対王政時代や、中世にタイムスリップしているのです。
 
 

 

意識がタイムスリップしてしまっている時。
そこには真の友情は成立できません。

 
 

 

 

 

反対に、だからこそ私たちは

 

例えば戦争の最中に敵国の兵士との間に生まれた友情や、

 

宗教や、民族や、自分の所属する社会の常識を打ち破って、

人と人がシンプルに助け合う姿や、

 

トモダチだから、と言って遠くに住んでいる人たちが、大きな災害に見舞われた私たちのところへ駆けつけてくれることに、感動するのです。
 
 

 

 

 

それは、尊くも孤独な、

幸せを追求して生きるひとつの生命である私たち人間が、

「社会」や「国」や「自然」といった

「何か強大な力」に飲み込まれそうになった時に、

 

 

いざとなれば協力し合うことができるということ、

 

 

そしてそうした「強大な力」に巻かれるものとしてのレッテルや、ボーダーを、

剥がせば剥がすほど、強く純粋になれるのだということを力強く証明しているから。
 
 

 

 

それぞれの置かれた状況や、時代性や、所属集団の理屈を鮮やかに飛び越えて、友愛は私たちを懐かしい、生まれる前の宇宙へ運び去ってくれるのです。
 

 

 


 
「友達」と言うエネルギーは、
組織に生きる精神や、利害と執着に生きる精神からはるかに遠い、水瓶座的星々の世界にある、とても純粋で宇宙の本質に根ざしたエネルギー。
 
 
それは、私たちに貼られた全てのレッテルを剥がす力があり、人々をとてもシンプルな生命の本質に立ち返らせる魔法があります。
 
 

 
 
 
 

 

 

 

 
 

 

 

 

♦︎人為と自然

 

 

生まれたままであること、自然のままであること、あるがままに、そのままに、全ての出来事を受け入れて、与えられた場所で精一杯に生きること・・・。
 
 

 

 

 

一見美しいそんな言葉を、水瓶座は否定します。
 
 

 

 

それだけではないのだ。この世界は。

 

 

 

美しく善良な受動的魂だけで宇宙が巡るのなら、

ここに知性を持つ「人間」と言う不確定要素の種が撒かれる必要はなかった。
 
 

 

 

しかし、私たちは世界に撒かれた。
 

 

 

自らの存在に疑問を持ち、生まれた意味を悩み、全能の神に傲慢にも挑み掛かる。
 
 

 

 

 

自らが愚かで何も知らない、

ちっぽけな存在であることを、歴史を通して、

ことごとくに痛感させられながらも、

その知性の営みを決してあきらめず、
 

 

 

果ては世界を破壊しうるほどの兵器まで生み出し、

過ちを繰り返し、自らの存在そのものさえ危険に晒しながら、
 

 

 

しかし、それでも、前へ前へと歴史を進んできた。
 

 

 

誰も奪わず、誰にも奪われない未来を信じて。

 
 
 
 
神なる精神と人の心。
銀河の調和と地上の混沌。
未来の希望と今日の孤独。
 
 

 

 

 

その果てない距離を、しかし水瓶座の精神はつなぐ。
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

崇高な理想は、胸に宿れば素晴らしい情熱の源にもなりますが、
同時に恐怖も生み出します。
 

 

 

理想が美しいほど、今の自分の現状から程遠いと思えるからです。

 

 

言うなればそれは「嘘をついている」ような気分です。
 
 

 

 

 

 

 

こうした感覚の根底にあるのは、
 「自然のまま、あるがままの状態を偽ることは「悪」である」

という刷り込みのような無意識の認識です。
 

 

 

 

 

 
これは人類の集合意識に根付いた「古典意識」と呼んでもいいものですが、

 

科学主義の否定やナチュラル志向と結びついて

なんだか説得力を持ちやすいので厄介です。
 
 


 
 
自然と調和するのは大切ですが、

それが「人工物の全否定」になってしまうのは

時代逆行しているのと同じです。
 
 
 
繰り返しますが、私たちもまた、世界に撒かれたのです。
 
 

 

 

創造された世界の中で、受動的であり、調和的である、

他の自然の中で、たった一つ、

その自然に逆らい得る知性を持たされた精神として。
 

 

 
唯一、他の被造物とは逆方向のベクトルを持たされたものとして。
 
 

 

 

 

私たちはこの2017年に至ってようやく、
なぜ私たちだけが世界に調和できなかったのか、

その真相にたどり着こうとしています。
 
 

 

 

 

つまり、私たちはやがて新しい創造者に生まれ変わるために、

撒かれた種だったのだということに。
 
 

 

 

ここに至って創造とは、

 

 

与えられたものを、

天与の現状を、

あるがままに受け止める状態から一歩脱して、

「自然状態に手を加える」

「改変する」ということに他ならないことに気がつきます。
 
 

 

 

そこには「意志」があり、「人為」があります。
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

♦︎水瓶座のメッセージ

 

 

創造とはある意味で、与えられた現状を斜めに見て、

否定していくということだ。
 

 

 

 

 

勝負は配られたカードでするしかないというが、

ならばそのゲームのルールそのものにも疑いの目を向け、

否定していく。
 

 

 

 

 
「存在するもの」は完璧ではあり得ない。
この世が「在る」ものならば、それは必ず過ちを含む。


 
 
地上から見上げれば理想郷でしかない

星々の次元にさえ過ちがあるのだから、

人間の世界については改めて述べるまでもない。

 

 
 

 

 

理念をはっきり見る視力を持つものにとっては、現状は惨劇でしかない。
 
 

 

 

 

ならば、否定しよう。

 

手を加えよう。

 

配られたカードで勝てそうもないなら、

裏技を使おう。

 

ルールをひっくり返そう。
 
 

 

 

 

戦ってはいけない?
あるがままに、現状を受け入れろ?
自分の実力にふさわしい振る舞いをしろ?
 
 

 

それは「システム」の外に出る気がないものの物言いだ。
 

 
 

 
現状を受け入れ、実力にふさわしい振る舞いをして幸せになれるのは、「システム」の中で生きていけるものだけだ。
 
 
 

 

戦地で生まれた子供に
両親から虐待される子に
友達にいじめられて、自ら命を絶つ子に

そして星の精神を持って生まれた新しい子供達に 

 

 

すでに初めから自分がこの「システム」の中で、

居場所をもらえなかったと知っているものに、

そんな言葉は届かない。
 
 
 
 

 

だから私は現状を否定する。
ルールを見直し、世界を書き換える。
 
 
 

 

生まれてきた時には、すでにぐちゃぐちゃで、大人も途方に暮れていたこの世界。
 

 

 

 

いきなり大変なバトンを渡された私たちに、

唯一、与えられた有効なカードは、この叛逆する知性だ。
 
 

 

 
だから、知恵を絞る。
 
 
 
今できないことが、将来に渡ってずっとできないとは限らない。
だからちょっとばかり先取りして「できる」と大風呂敷を広げる。
 
 

 

 

それを嘘と呼ぶなら、まあ、嘘ということにしてもいい。
 
 

一世一代の大嘘。それを誠にしていくのが人生だ。
 
 
 

 

 

すべてのクリエーションは真似から始まる。
 
神の作りしこの世界に人為を加えていこうなんて、

そもそも人間なんて傲慢な存在なんだから。
 

 

 

それでいいじゃないか。
 
 
 
自分を輝かしく素晴らしい存在だなんて、

信じられないなら信じなくてもいい。
 

 

 

実際、聞かされるほど素敵じゃないことは自分が一番よく知ってる。
 
 

 

 

 

でもさ。
 
だからこそ思う。
 
 
 

 

 

人が誰しも神聖で、

すべての命が素晴らしく、

生きる価値があると言うのは、

 

 

何も私やあなたの人格が優れているとか、

行動が模範的だとか、

善良であるとか、

やればできるはず!とか
そういうことを言っているんじゃなくて、
 
 

 

生まれたということ、

生きてるということだけで、

もうその基準は満たしてしまっているんだということ。
 
 

 

 

「基本的人権」とはつまり、「生まれただけですごい」だ。
 
 

 

 

それだけで

「神が認めた認定シール」はみんな持ってるわけだから、
これ以上他の人の発行する「シール」を集める必要はない。
 
 

それはつまり、

私たちは嫌な奴になったり、

ダメな奴になったりしても構わないってことだ。
 
 
 

 

 

 

だから徹底的に否定しよう。
 

 

 

嘘くさい笑顔も。

とにかく怒るな・戦うな・仲良くしろと、

一切のネガティビティを無かったことのように消しゴムで消そうとする、

お題目だけの平和主義も。
 

 

 

 

そんなイイコじゃないだろう。私たちは。
ダサくてくだらないところが、多分チャームポイントなんだ。
 
 

 

 

出来上がった世界の現状に、何かを求めたりはもうしない。
それよりももっとシンプルで、自明の真理がのびのびと羽を伸ばせる、新しい世界を創ろう。世界を書き換えよう。
 
 

 

 

わたしは「日本人」じゃなくてわたしで、
あなたも「韓国人」じゃなくてあなたで、
 

 

 

 

そういう簡単なところから対話しよう。

 

 

まあ、お互いさして頭が良くもなく、いい人でもなく、

自分の人生を生きるのに精一杯だけど。

 

 

どうやらお互い「生きててスゴイ」っていう認定シールを持って、

同じ時代にいるみたいだ。

 

 
そして、そのことには多分意味がある。
 
 

 

 

 

道ですれ違ったとか、たまたま隣に座ったとか、Facebookでつながったとか。
そういう偶然みたいなことに、本当は一番奇跡があるんだ。
 
 

 

人と人が出会って、対話することで世界は動いているんだから。
 
 

 

そのシンプルな対話を邪魔してるものが何か分かる?
余計な「シール」だよ。その「タイトル」。
 
 

 

 

自分の定義が増えるほど、人と繋がれなくなっていく。
 
 

 

余計なシールを量産して、

それをたくさん持ってないと出来損ないみたいに扱ってくる、

呪いみたいなシステムを、だから全否定しよう。
 
 

 

 

 

時はついに2017年。
速いインターネットと無料で学べる良質な情報と創造のツールが揃ってる。
 
 

 

水瓶座のアイオーン。
私たちは、有史以来初めて、真の意味で「システム」から脱出しようとしている。
 

 

 

 

 

肩書きではなく友愛で。
戦争ではなく対話で。

 

 

命の「あたりまえの奇跡」を生きる時代。

 

 

 
 
 

肩書きが全部消えた世界を想像してごらんよ。

 

世界には友達しかいなくなるんだ。

 

 

 

 

 

 

岡崎直子

 

 

 

 

 

 

 

_________________

INFORMATION

 

 

 

 

【岡崎直子の公式メルマガ】無料配信中

http://www.reservestock.jp/subscribe/40612

 

 

 

【岡崎直子の公式占い】満月&新月の日に無料更新中

https://note.mu/naokookazaki

 

 

 

 

 

 

●ライティング講座「言の葉の魔法」前編:スピリチュアル編 動画レクチャー

https://vimeo.com/ondemand/kotonohanomahou1

 

2017年2月と5月に二度開催された大人気のクラスが
動画レクチャーとしてリニューアル発売。

自分の思いと言葉を一致させるとは?


森羅万象を創るロゴスのエネルギーとは?


あまりに美しく、奥深い、

特異な日本語という言語について。

言葉を知り、言霊を知ることは、自分の人生を自由自在に創造すること。

この動画では、言霊の概念の基礎から日本語に宿る魔法まで、
たっぷり90分間のレクチャーでお届けします。
 

 

 

 

いいね!した人  |  リブログ(2)

テーマ:

 

さて、昨日は水瓶座満月でしたね!

革命の星座でもあるこの水瓶座フルムーン、

強烈な顔ぶれの多い今年の満月の中でも、かなりパワフルな満月だったのではないでしょうか。

 

 

私も個人的に、とても水瓶座らしいテーマの出来事が勃発いたしました^^;

 

 

仕事関係の目上の方と、男と女についてというテーマで、ちょっとした議論になってしまいました(汗)。

 

 

とても水瓶座らしい、いいテーマなので少し取り上げますと、

 

「男と女」という次元と、

「男性性と女性性」という次元は、

全くエネルギーの領域が違う、別次元です。

 

 

 

男と女というのは、肉体的な性別を持ってこの世界を生きている、物質的な次元の男女のお話。

 

よく言われる話ですが、男として生まれても、女として生まれても、

100%全部男、あるいは女、という人は存在しません。

 

 

男性の中にも「女性性」があるし、

女性の中にも「男性性」が存在します。

 

 

 

一方で、男性性・女性性、といったときには、

純粋なエネルギーのことを指します。

 

 

 

男性性のエネルギーは、目的に向かって一直線に進んで行くパワー、

挑戦し、目標を達成する力、戦って勝ち抜いていくパワーなどを表します。

 

女性性のエネルギーは、今この瞬間を感じて味わう力、

受容し育むパワー、あるがままそのままを肯定する力などを表します。

 

 

 

 

さて、現代が男性社会と呼ばれて久しいですが、

こうした状況を「男が支配的で高圧出来なのが悪い!」などど、

肉体的な性別である「男性」に責任として投げてしまうのは、

実は的外れなことなのです。

 

 

あるいは、結婚したくてもできない女性が多くいる現状に対して、

「女が強くなりすぎて、男の仕事を奪っている」などと、

「女性」一般に責任を投げてしまうのも、

的外れなことです。

 

 

 

 

「男の責任だ」

「女の責任だ」

という次元で話をしても、こうした社会問題は解決しません。

 

 

 

ではどうすればいいのでしょうか?

 

 

 

答えは、次元を上げてみること。

 

 

 

今回の話で言えば、

「男」「女」という物質レベルの話から、

「男性性」「女性性」というエネルギーレベルの話に次元上昇するということです。

 

 

 

社会問題として物質世界に現象化している出来事というのは、

実は、すべて私たち一人一人の人間の内面で起きていることの反映です。

 

 

 

 

男と女のバランスに歪みが出ているということは、

私たちの内なる「男性性」「女性性」のバランスが崩れているという証なのです。

 

 

 

 

さて、このお話は深めていくとなかなか難しいテーマなので、

詳しい解説はまた次回に譲るとして、

 

 

なぜこうした出来事が水瓶座に関係しているのかということを少し、説明しますね。

 

 

 

水瓶座は革命の星座と呼ばれますが、

それは既存の枠組みや、当たり前に認識されている前提条件から飛び出して、

大胆な高みから物事の全体像を俯瞰するという性質から来ています。

 

 

男と女の問題は、私たち人間が男か女かという性別に分類される、

いわば「問題の当事者」であるために、

客観視するのがとても難しい問題なのです。

 

 

このテーマについて語ろうとすると、

自分の人生の経験や、感情的な傷にどうしても触れるため、

どうしても感情的な男VS女の構図になってしまいます。

 

 

 

水瓶座のエネルギーは、こうした当たり前の対立構造から

大胆に次元上昇をしてみせます。

 

 

つまり、すべての男女は、男性性と女性性の混合であるという次元に。

 

 

そうすると、

男の問題と思っていたことは自分の中の男性性の問題であり、

女の問題と思っていたことは、自分の中の女性性の問題ということになり、

男対女という対立構造は消滅してしまいます。

 

 

 

そうすると、自分の内なる男性性と女性性の問題を、

現象の次元の男と女で客観視していたにすぎないという、新たな事実が浮かび上がってくるわけです。

 

 

 

こうした性質から、水瓶座には「中性」「中性的」という意味合いもあるんです^^

 

 

 

 

私も一連の出来事を通して、

世間の問題だと思っていたことが実は自分自身の問題だったということに

改めて気づかされました。

 

 

(なんどもなんども、改めて気付かされるんですけどね〜)

 

 

 

 

さて、皆様は水瓶座の満月、いかが過ごされましたか?

 

 

 

社会的な上下関係、

男女のバランス、

自分の人生にとって当たり前の前提になっていたこと、

どうしてもNOを言えなかった人間関係、

 

 

などなど、、、

 

一人一人の人生にとっての「あたりまえ」から鮮やかに飛び出る水瓶座フルムーンのパワーは、

満月を過ぎても数日はしばらくは作用します。

 

 

解決困難に思える問題も、このパワーの中ならひっくり返しやすくなっています。

水瓶座パワーを利用して、是非是非、生きざまにパラダイムシフトを起こしてみてください^^

 

 

 

 

______________________

 

【岡崎直子の公式メルマガ】無料配信中

http://www.reservestock.jp/subscribe/40612

 

______________________
 


 

いいね!した人  |  リブログ(0)