noteにて連載中の、岡崎直子公式占い【満月の占い・新月の占い】。

9月25日の牡羊座満月にUPした記事を、こちらにも一部転載します。

 

 

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12星座別の占いは、noteの連載の方に載っています。

岡崎直子公式占い【満月の占い・新月の占い】

https://note.mu/naokookazaki/n/n33b523f1f0c2

 

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2018年9月25日、牡羊座の満月です。

 

23日に秋分を迎え、占星術の上では正式に、2018年が半分終わったことになります。

 

今回の満月は、トラウマと癒しの星「キロン」がコンジャンクション(重なり合うこと)し、
人によっては「見たくない自分の本心」を見せつけられるような体験をするかもしれません。

 

 

しかし、キロンは自分の一番の苦手・弱みを象徴すると同時に、
それを癒し乗り越えたなら、最大の強みに変わる星でもあります。

 

 

この時期、自分の本心の奥の奥まで向き合うことは、
天秤座シーズンのテーマである「社会的にも必要とされる私」を

確立するための大切なステップということになります。

 

それでなくても、そもそも満月というのは、

あなたの本心・本音を隅々まで明るく照らし出します。

 

 

よく「やりたいことはなんだろう?」と思うとき、
私たちはそれを、自分の外側、今目の前にないことの中に探そうとします。

 

まだ手をつけていないこと。
挑戦し始めてもいないこと。
他の誰かが象徴的に行っていることの中に。

 

 

しかし本当に見るべきは、「自分の内側」。

すでにやっていること、行っていること、挑戦していることの方に、
それも「一番の苦手・弱み」、「見たくない自分の本心」の方にあるのだと牡羊座の満月は言います。

 

 

失敗を受け入れられない時。
困難にぶつかって自分に足りないものを自覚させられそうな時。

 

「本当にやりたいことはなんなんだろう?」

という問いかけは、別ルートへの逃走にも使われるし、
本当に見るべき本質を見えなくさせている「自意識」との闘争にも使われます。

 

 

神秘学の世界では、「失敗」つまり、最初の期待やアイディアが一旦「死ぬ」ことを、全く悪いことだとはとらえません。

死こそ生命の究極の姿だからです。

 

 

牡羊座の満月は、春分の日・

つまり占星術上での2018年のスタートの日に新しく生まれた、

「今年の精神」を、あらためて蘇らせます。

 

 

神秘学の世界では、生と死のリズムは私たちが通常考えるよりもとても頻繁に、
日常的に繰り返されていると考えています。

 

一生というスパンだけでなく、
私たちは一日ごとに、夜寝て朝起きるたびに死んで生まれ変わっているのだし、

月が満ちてまた欠けるごとにも生まれたり死んだりしているのだし、

1年というスパンで、春分の太陽が12星座をめぐるごとにも生死を繰り返している。

 

 

春分から夏至までは、生まれた命が盛りへと成長していく時期。

そして夏至から秋分は、その命が少しずつ衰えていく時期。

 

この「衰え」のことを、神秘学では決して悪い意味にはとりません。

 

 

「生」の力が衰えるということは、「死」の力が蘇ることと表裏だからです。

 

「死」の力とは、この世の現実を超えて、個体を超えて生きる「精神的生命」の力でもあるからです。

 

ですから、秋分から冬至に向けては、

今度はこの「死」の力が増大していく時期、ということになります。

 

秋分から始まる「天秤座の季節」。

 

私たちは「個人的な私」と「人類社会のピースとしての私」を結び合わせ、

バランスさせていくことを学びます。

毎年毎年、あらためて学びます。

 

 

その季節の端緒に輝く「牡羊座の満月」(=「個人的な私」の象徴そのもの)は、

私たちにこんなメッセージを投げかけるのです。

 

 

「【私】に一切嘘をつくことなく、【公】としても生きる、

その唯一の道を開拓するには、自分の内側をこそ見るべきだ」と。

 

 

 

「個人的な私」が持つ欲望を、純粋にしておくこと。

(自分の求めるものに嘘をつかないこと)

 

そうでないと、社会に関われば関わるほど、メンタルにダメージを負うことになってしまいます。

 

 

自分ではない、他の誰かになることを求めてしまってはいないだろうか?

 

いますでにやっていて、できることを、あまりに過小評価してしまってはいないだろうか?

 

何もかもが勝手にうまくいく幻想の前に、本当に現在地点の自分から、道を開拓しているだろうか?

 

夢を持って、達成している自分をイメージすることは大切です。
だけどその夢と現在地点の自分を結ぶステップが見えていないのだとしたら、それは幻と同じです。

 

 

だからまず、大前提として自分に問うべきです。

 

本当に、それは本心からのあなたのやりたいことなんだろうか?

 

私と公を結ぶはずのあなたの本物の美徳は、もうとっくにあなたが持っていて、
あなたがどんなにふてくされて悪ぶっているときにも、消えることのない資質だ。

 

 

「誰かに評価されたい」という惑いを思い切って完全に除外してみたとき、

あなたはこの世をどんな風に見ているだろう?

 

超越的な宇宙の法則に魅せられているだろうか?

人と人がつながる温かさと楽しさに微笑んでいるだろうか?

自分らしく生きる日の穏やかさと、愛した誰かを味方する喜びに満ちているだろうか?

いかなる困難も乗り越える、ポジティブな勇敢さを誇らしく感じているだろうか?

どんな日々にあっても生きているという恵みに深い感謝を感じているだろうか?

 

たとえ気が合わなくても、同じ目的を持てばチームとして事を成せる、その面白さにゾクゾクしているだろうか?

 

 

あなたの「本当にやりたい事」は、こうした方向性の中にあるはずだ。

 

その本心を忘れて、「形を成すこと」だけにとらわれると、

いくら能力が上がっても本質を見失って迷い続けることになる。

 

こんな質問を自分自身に投げかけてみてください。

 

Question:
誰の評価もお金も必要ないとしたら、

能動的な行動や遊びの中で、

何をしていることが好きだろう?

 

ここから2018年も後半戦。

 

経験を踏まえた上で、上記の質問にどう答えが出るか、

自分の偽らざる今の本音と対話してみましょう。

 

 

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Message

 

あるはずもない場所でそれは見つかった。

 

私の目の前、すぐそばで。

 

だからきっといるはずのない場所にあなたはいて、

私はそれに気がついていないんだろう。

 

目の前に掲げられた「立ち入り禁止」のサインすら
見逃してしまうくらいなんだ。

 

私の注意力に期待しろっていう方が無理だ。

 

だから目の前のあなたの言葉すら、多分誤解しているんだ。

 

 

随分道を進んで、散々いろいろ試してようやくそこが行き止まりだと分かる。

 

その時の気持ちをどう表現したらいい?

 

私はがっかりしたんじゃなく、「やっぱりね」と思ったんだ。

 

 

あきらめてしまいたくて、あきらめられる理由をずっと探していた。

 

あきらめるために、がんばってきた。

 

じゅうぶんにやったんだというポーズのために、努力してきた。

 

 

ここでドラマチックに、夢が破れてしまったと嘆くことは……
私は最初から大根役者だけど、流石にクサくて笑ってしまうよ。

 

 

ハートから歌ったこの歌も、誰かにとっては凡庸なんだって。

 

どうして、私はそれに傷つくんだろう?

 

いつも誰かになりたくて傷ついている。

 

楽しいだけでは、どうして足りないんだろう?

 

 

スペシャルになりたくて生きてきたのかな。

 

王冠を被せて賞賛してくれるなら、すべてを犠牲にしてもいいと、

本気で思ってきたのかな。

 

私は……

 

 

 

あるはずもない場所でそれは見つかった。

 

私の目の前、すぐそばで。

 

だからきっといるはずのない場所にあなたはいて、

私はそれに気がついていないんだろう。

 

 

あなたと話がしたい。

 

悪口や恨み言でも構わないよ。

 

「愛してる」じゃなくていい。

 

あなたの声が聞きたい。

それだけが最初から、本当に存在しているリアルだったから。

 

美しい嘘の中では、生きているのかどうかも分からなくなったよ。

 

 

ほんとうのことを聞きたい。

 

今度こそ正面から受け止められると思うんだ。

 

だから、あなたと話がしたい。

 

 

 

 

Crossing

岡崎直子