機織る女神

 

 

 

 

闇や影が悪しきものの代名詞になってしまったのはいつからだろう。

変化とスピードの陰で置いてけぼりになりがちな、そっと丁寧な反復。

日差しが強く明るいほど、屋内の静かな暗がりと、たんたんと繰り返される生活音にこんなにも癒されるというのに。



時代が変わり、競争が激化し、国境が変わり、概念が変わり、すべてが新しくなっても。

機織の女神たちはたんたんと、一定のリズムで糸を紡ぎ、織る。

 


沈静。

 

不安にせよ喜びにせよ、おしゃべりな頭がすこしのあいだ静まって、
すると、命を紡ぎ、整える、反復する小さな音が聞こえてくる。

 

 


カタン、カタン、

 

コトコトコトコト

 

キュ、キュ、キュ、

 

ぱたぱたぱた

 

とん、とん、とん、とん……

 

 



言葉をしばしお休みして、これを聞く。

すると、今日という日は思っていたよりもうんと素敵なことに気がつく。

 

 

 

___________________
 

 



忘れたくないことも、いつかは忘れてしまう。
何気ないことはとくに。

 


猫の前足
あの小説を初めて読んだ時の感動
ほんの短い時間しか一緒にいられない、いまだけの心持ち。

 

 


心は同じでいられない。決して。

 

 



14歳の頃、
こんなに分かり合える子にはもう出会えないと思うような、友達ができた。


人生で最高の出会いだと、そう思ったことは事実なのに、
わたしは同時に、それがそうじゃないことも分かった。

 

 


何だろう。あの時空を超える感覚。

 


いつか、この子たちの顔も名前も思い出せなくなる。
いなくてもぜんぜん平気になる。

 


今こんなに、なくてはならないと思っているひとたちなのに、
思い出したいとすら思わなくなる日がくると、わたしには分かった。

 

 


必ず滅びると分かって、
それでも出会えたことが嬉しくて苦しかった。

 


泣けるくらい幸せなのに、
絶対に永遠ではないと、ごくあたりまえに納得していることが不思議で、悲しかった。

 

 



退色して行く思い出を惜しんで、
決して取り戻せないものを取り戻そうとして、
記憶の糸は反復する。

 

織機を横行するシャトルのように。

 


そうやって思い出せない無数の記憶が、私たちの心を織り上げている。

 



その、今もまだ編まれている最中の膨大な記憶の布帛の上で、

私たちは変化に富んでいるように見える人生を送るのだけど、

自分の足元に広がるタペストリーの柄には、なかなか認識が及ばない。

 

 


私たちが普段、暗闇と呼んでいるところ。


目を閉じて、闇に黙したときにだけ微かに聞こえる、命を織っている音。
 

 



その音をかき消さないように
沈黙から淡く滲み出すように小さな声で話をし、
そっと静かな所作で物に触れ、
美しく際立つよりも、風景の中に溶け込んで透き通っていたい。

 



押し寄せる膨大な水に慄くときも、
浜に寄せる波にはリズムがあることをわかっているから、大丈夫。

 

 


しばらく耳を傾ければ、
目立ちたい、愛されたい、勝ちたい、急いで変わりたい「私」の結び目が解けて、
機織りのリズムがちゃんと、心に調和してくる。

 

 


だから大丈夫。

 

 

 

 

Crossing

岡崎直子

 

 

 

 

 

 

 

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