神が心に働きかけてくるとはじめて感じたのは十二歳のとき、伝道集会でのことだった。

会衆席に座っていた私は、祭壇からの呼びかけが行われている最中に突然、

神に降伏しないと死んでから地獄に行くことになると悟ったのだった。(中略)

 

私は会衆席でぶるぶる震えだした。

私も天国へ昇って救われたかったのに、怖くて体が動かなかった。

私が通っていた教会ではこれを、「罪の自覚」と呼んでいた。

 

 

「迷宮の天使(下)」ダリル・グレゴリイより引用

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ゴールデンウィークを挟みましたが、【完璧主義を乗り越える】シリーズ4回目のお話です。


●完璧主義であればあるほど、絶対に完璧には到達しない。
●人生の目的は「完璧」を目指すことではない。
むしろそれは元々完璧なものを、どんな風に変換させていくかというゲームである。
●ゲームと思えば人生は超・楽になる!
●ゲームを攻略して行動力を手に入れる具体的ステップのその1を紹介


ざっとまとめると、今までそんなお話をしてきました。



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前回までの詳しい内容はこちらから

 

第1回目「行動力を殺す完璧主義を乗り越える
第2回目「天王星のゲームと土星の完璧
第3回目「GAMEと思えば人生は最高に自由になり、楽になる

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さて改めて、もしも自分にもっと行動力があったら。
やる気と元気とポジティブさとめげない心があったら。

人生はもっともっと、ガラッと面白くなるはずだとは思いませんか?



例えば私は最近趣味でバレエを習いはじめましたが、
もしも3年前に、ちょっとだけかじったときに続けていれば、

今頃トウシューズが履けてたかもしれないと思います。

 


あるいは20代の頃、大学生の頃、興味はあったのに
「体もかたいし、お金も時間もないし、スタイルも良くないし、

少女趣味だと思われたくないし、キャラじゃないし、レオタード恥ずかしいし」

・・・云々と考え込んで、結局一歩踏み出さなかった自分を、別に後悔はしていませんが、
でも自分のスイッチの入れ方を自分で知っていたら、展開が違っただろうとは思います。



人生に「もしも」はありませんが、
それでももしも、過去に自分にひとつ、今知っていることを教えてあげられるとしたら、

私はこの、「自分のスイッチを自分で入れる方法」

「完璧主義を乗り越えて、行動を起こす方法」を教えてあげたいと思います。



まあ実際には、別に過去に戻る必要はなく、
「今」の自分がこの方法を知って、行動を起こせるようになるだけで、
全ては変わるんですけどね。


そう。過去も未来も「今」が変わればすべては変わります。
 

 

 


 

 

 


●世界は私の外部装置である


地獄がなければ天国の権威は成立しない。

冒頭の言葉は、SF小説「迷宮の天使」からの引用。

(あるドラッグによって神の存在を知覚出来るようになってしまった人々のお話で、なかなか面白いです)


私たちはひとりひとりの自由意志で物事を決めているようでいて、
周囲の環境や、情報や、食べた物や、匂いや色や、染み付いた常識や、

ホルモンや脳内物質の多層的な影響によって、
ある行動を「選ばされている」


脳の回路は内側で閉じているわけではなくて、
五感や消化吸収を通して外側の世界からの影響を絶え間なく取り込みながら、

私たちの意識に働きかける。



そうなってくると、「私」や「私の意識」は自分の「肉体の内側」だけではなくて、

眼にうつるものの中に、耳に響く音の中に、口にする食べ物の中に、

友達や家族や周囲の環境の中にも置かれているということにならないだろうか。
 


「世界」は、私の「外部装置」であり、
そこから私は、いろいろな記憶や感情、気分、情報や刺激を受け取る。
受け取って、「私」を変化させていく。

 


そして今度は、私がもっている様々な印象や記憶や感覚を、外の世界の中に預けて、保存もする。

 


例えばふと耳にしたピアノジャズのワンフレーズの中に、

バレエレッスンの記憶が預けられていたりする。
それを聞くとほとんど自動的にすっと背筋が伸びて目線が高くなる。
 



自覚している以上に、「周囲の環境」というのは「私自身」です。



だから実は「行動を変えたい」と思うならばまず、
「周囲の何が自分の意志決定や気分、行動力の増減に影響を与えているか」を知ることが大切
なんです。

(前回の天王星のゲームを楽しむ方法STEP1:自分というプレイヤーを知る、はまさにこれです)



自分を変えたい、行動できるようになりたい、と思うのならば、
環境を変えること。整えること。


自分の行動力を削ぐ要素を環境の中から排除していくことが先決です。



気合いと努力だけではどうにもならないのは、
「あなたの外側に置かれているあなたのカケラ」に意識が向いていないからです。

まだ取り組んでいないという方は、ぜひ、前回の記事の「STEP1:プレイヤーについて知る」に取り組んで、何があなたの気分や行動を邪魔しているか分析してみてください。



 

 

 

 

 


●正しいことを選ぶ、という幻想を捨てる



自分の意識を「完璧主義」という檻に閉じ込め、身軽な行動や自由な発想や、

失敗してもいいという寛容さを与えないように制限しているものの元凶は、


「天国と地獄」「善と悪」という思想です。



小説の引用を紐解くまでもなく、神が信徒を集めるためには、

救われたい、助かりたい、罪を許されたいと思う人々がたくさん必要です。


この「神」という概念も文化や宗教によって様々なのですが、

特に一神教的世界観の中における神は、宇宙を創造した絶対的な存在であり、

何物もこの存在に敵うことはない、というのを前提としています。


この「絶対的な神」は、悪に屈せずに自らの元に帰ってくる人々を愛します。
時には人々が本当に悪に屈することがないかどうか、試練を与えて試し、
「正しい選択」をするかどうかを観察し、審判します。


良いことをすれば天国へ。
悪いことをすれば地獄へ。



この感覚は、「常識」として私たちの意識の奥にこびり付いています。


お母さんの言うことを聞かないと
先生の言うことを聞かないと
警察の言うことを聞かないと
あの素敵なお友達の言うことを聞かないと


地獄に落ちる。



しかし、冷静になって思い返してみて頂きたいのですが、
悪いところやズルイところ、ダメなところや恥ずかしいところを一つも持っていない人間なんていますか?


いないですよね?



「悪いことをしたら地獄に落ちますよ。
だから神や、父や、先生の言うことを聞いて、
少しでも良い人間になれるように頑張りなさい」


こういう一神教的な言い回しは、占い師やセールスマンが使う手法と全く同じ、ひっかけです。
誰もが絶対に思い当たることを、さも超能力で見抜いたかのように仰々しく言っているだけ。



非の打ち所のない100%の完璧な善、というのは幻覚です。

もっと言うなら、強迫観念です。


それを信じれば信じるほど、自分の中の、世界の中の、悪がくっきり浮かび上がる。
自分が恥ずかしくなって、何をやっても何かに違反する気がして、何もできなくなる。


自分のやりたいと思うことが、世界にとってなんの役にも立たない、
くだらないことだったらどうしようと、動けなくなる。

 

 

 

 

 

 






●八百万の「いない」神々

 



さて、完璧主義の裏側にあるのが一神教的な善悪の考えだとするならば、
善と悪がもっとなだらかなグラデーションを見せる神話体系もある。


それが神道の神々。


神道を果たして宗教と呼んでもいいものか、微妙な感じもありますが、
例えば古事記の中に唯一無二の創造神が天地を創造した、という話は出てきません。


日本神話に最初に登場する神は、「アメノミナカヌシ」という神ですが、

この神はどこからともなく「成って」、そして何もせずにすぐに消えて行きます。


五代十神の最後にイザナギ・イザナミが登場して、ようやく「国産み」の神話が始まりますが、
それは日本列島という領域を生み出すのであって、天地を生む訳ではありません。


おもしろいことに、日本神話においては「宇宙は創造されていない」のです。


これが何を意味しているか分かるでしょうか?


何も無いところに、絶対的な善としての創造神が全てを創造したとする一神教的な宇宙観と、

何も創造されていない……つまりすべては最初から「あった」とする日本神話的な宇宙観。


そもそもの思考のベースが真逆になっています。



すべてはもともとそこにある。

この考えはなんだか、心に余裕をもたらします。



だからか、日本神話には一神教的宗教が持ついろいろなものが欠けています。


例えば地獄という発想は日本神話にはありません。
同時に、絶対的な天国という発想もありません。


神々の住まう高天原と、人々の住む葦原中国、そして死者の住む黄泉の国は、なんだかとても地続きに描かれています。


キリスト教や仏教に見られる、地獄の詳しい階層や描写、

どんな罪を犯せばどこに行くのかといった説明は一切出てきません。

天国も然り。どんな徳を積めば天国のどんな位階に叙されるといった形式も、持っていません。


だから、罪や苦しみからの「救済」という発想も日本神話にはありません。




神の依代としての鏡や勾玉といった物はありますが、
仏像のような「御本尊」やキリストの磔刑図のような象徴はありません。


神社の本殿の中は主には空洞で、その何も無い「空間自体」を神聖なものとして扱います。

その「神聖な空間」すら、伊勢の式年遷宮にあるように、
時が経てば取り壊され、自在に移動します。



奈良の三輪山は、山自体が霊山として古代より信仰されてきたそうですが、
古代にはそこに社も何もなく、ただ儀式の際に茅の輪を三つ作って大岩に掛け、それを神聖としたようです。



注連縄を張って、その間だけその場を聖域として、
儀式が終わればまた取り外される。



神々が姿形を持たないが故に、「分け御霊」や「合祀」も頻繁に行われる。



空海や最澄、親鸞といった高名な仏僧や、世界的に著名な神父や神学者はいても、
日本の歴史に名前を残す神主というのは聞いたことがありません。

それは日本神話や神道には「教義」というものがないからでしょう。




日本がそもそも持つ「神聖さ」「神々」という意識の中には、
唯一絶対の善に向かって徳を積む、救済を求めるという発想はありません。


中国から輸入された仏教の影響でそうした側面が補完されてきたせいもあるのでしょうが、
日本の精神は、きっともともと完璧主義とは程遠いものだったのだと思います。



様々な文化の影響を受けて、いまはもう誰も「純粋な日本精神100%」で生きている人はいないでしょう。
(というか、その発想自体が日本精神からかけ離れていますが。)


しかしこの、姿形を持たない「八百万の神々」の概念は私たちの意識に深い影響を与え続けてもいて、
だからこそ西洋的な善悪の基準フィルターを通さずに、いろいろな文化を自分ごととして受け入れて、

能天気なくらい自由自在にミックスしてしまえるのでしょう。


日本人は排他的だと思う人もいるかもしれませんが、
と、いうよりも実際には、何事も自分の文化ものとして受け入れてしまうのだと思います。

 


だから海外文化を海外文化のまま味わうというより、カタカナ英語のように、独自のものに変えてしまう。そこが、見る人によっては排他的と感じるのかもしれない、と思っています。

 

 

 

 

 

 


●ゆるりと行こう!


というわけで、本日の総まとめです。


「完璧主義」の背後には、一神教的な「善と悪」の強迫観念が隠れているということ。

失敗できない!こんなんじゃ恥ずかしい!完璧にしないと外に出せない!

そんな意識の裏には、「そんな悪いことをしたら地獄に落ちる」という恐れが根付いています。

 

恐れというのは、自分を守るためのブレーキでもあるわけですから、
まあ、「地獄に落ちるか、行動しないか」の二択になったら、まず行動しない方を選んでしまいます。


しかしそもそも、日本的な精神の中には、地獄の発想もなければ、
完璧な善に向けて救済されていくような思想もありません。

注連縄をかけて、社殿を立てて、
そうだと設定したその瞬間に、「場」を神聖にしてしまえるものすごい柔軟さがあるのです。

古いものは取り壊し、またいつでも新たに甦れるような自由自在さ。


その変転していける軽やかさの背後には、
「もともとなにも創造されていない」
というゆったりとした感覚があります。



もともとすべてはあるのだから、この目の前のなにもない空間すら、神の場になりうる。いつでも。


こちらの感覚を少し思い出すようにすると、完璧主義に飲まれにくくなります!




《完璧主義的に自分をキリキリさせるものは環境から省いていこう》

自分の意識や思考、気分はコントロール可能です。
それには、まず環境の要因をコントロールすること。

例えば仕事中にメールが入ってくると、そっちに返信しなきゃと思って集中が途切れる。
あれもこれも一気に完璧にやろうとしてイライラして混乱してしまう。

とすると、仕事に集中する2時間の間、メールの通知は切っておくこと。

メールは後で、あらかじめ設定した「メール返信時間」にまとめて対応する。


あるいはSNSでキラキラ女子を見ると無性に腹が立つ(笑)。
自分が惨めな気分になってやる気がなくなる。


だったらその子をフォローするのをやめる。
別に友達のSNSだからって常にチェックしなければいけない訳ではありませんよね。

気が向いたときにまとめてチェックすることにして、
やるべきことに集中できる環境を作っていきます。


「やるべきことだけに集中できる環境を整えること」


行動できない、自分は完璧主義だと思うときほど、
私たちは今なにを行動すべきかがそもそも絞り込まれていません。

優先順位が無くて脳が混乱し、一気に全部を片付けようとして、フリーズしています。


あなたを罰する怖い神様はここにはいません。
全部一気に完璧になんてやらなくて大丈夫です。


だから、「今いちばんやるべきこと」だけに安心して没頭してください。





さて、その「今いちばんやるべきこと」を明らかにするために、
今日のワークステップがあります。

 

 

 





天王星に聞いてみよう!「人生ゲーム」攻略法
STEP2:ゲームのゴールを設定しよう

 

 


さて、前回人生ゲームのプレイヤーとしての自分自身について分析したのに続き、

STEP2はこの人生ゲームのゴールを設定することです。


「今やるべきこと」

を問われた時に、どのくらいの広いタイムスパンから見てそれを設定できているか?


「今やるべきことが明快になっている」という状況には2種類あって、

すごく切羽詰まっていることがあって追い詰められている。

もしくは

長い目で見たゴールがはっきりしていて、行動の優先順位がきちんとついている。

のどちらかです。



今目の前でこれ乗らなきゃ遅刻する電車のドアが閉まりそうだったら、急いで乗りますよね?

迷う余地はありませんし、さっと行動できます。



逆にこんな場合もあるかもしれません。
お気に入りのお弁当屋に行ったら残り一個のスペシャル弁当が20パーセントオフ!
すると、本当は違うのを買おうと思っていたのに、ついスペシャル弁当を買ってしまう。



切羽詰まって追い詰められると、行動は簡単に絞り込まれていきます。


◎どこへ向かって行動するのかが明確
◎自分の行動が確実にそのゴールに繋がっている


この二つが揃うと、私たちは行動できます。



ですから、長い目で見たゴールを設定する時にも、この法則を活用していきます!



できれば休日に1時間くらい時間をとって、下記の要領でゴール設定に取り組んで見てください。




《まず、長期目標を設定する》

長期目標は、あなたの人生ゲームそのものの大きなゴールのことです。
これは言い方を変えるなら、あなたの「価値観」と言ってもいいでしょう。

どんな人間として生きていきたいのか。
具体的じゃなくても構わないので書き出して見てください。


例えば……


伝統的で上質な美意識を生き様で体現する、文化と芸術に精通したエレガントな女性として生きる

常に時代の最先端で自分自身に一切の嘘をつくことなく新しい可能性にチャレンジする

爆発的に健康な心身を持ち、アクティブに世界中を飛び回り、自然のエネルギーと協調して生きる

知的好奇心を追求し、書物、人との会話などから様々なジャンルの知識を常に学んで拡大する


などなど。


この「長期目標」は、ニューヨークに住む!とか、結婚する!とか、年収◯千万になる!といった具体的なことではなく、自分の生き様の核になるような「価値観」について書き出してください。


この長期目標は、自分の思い描く、人生の生き方の一つの最高の形。
あなたの判断の基準になるものです。


日々の小さな行動や選択で迷った時には、「どちらの行動が自分の長期目標(価値観)に沿っているだろうか?」と考えると答えが出しやすくなります。





《長期目標に連動する中期目標を設定する》

中期目標は7年から10年を目安に達成したい、より具体的な内容を書き出していきます。
そしてその目標が、自分の設定した「長期目標」に沿っているように、よく確認してください。


例えば

(文化と芸術に精通するために)7年以内に着物の着付けの資格をとって独立開業し、日本文化に関する本を出版する。

学校に変わる新しい教育システムの構想をまとめて、10年以内に試作品をリリースする。

7年以内に世界7箇所のパワースポットをめぐり、ツアーガイドの仕事を始める。

などなど。


複数書いても構いませんが、メインとなるものは一つか二つにまとめましょう。




《中期目標に連動する短期目標を設定する》

さて、その中期目標を達成するためにここ2・3年で達成しておきたいステップを、より具体的にまとめます。


たとえば

来年までに着付け教室の◯◯資格を取得し、小さなお茶会形式で着付けを教え始める。

2年以内に100万円お金を貯めて起業して、メンバーを集める。

英語教室に通って2年以内に一人で海外にいけるようにマスターする。

などなど。


より具体的にしていきます。




《短期目標に連動する超短期目標を設定する》

超短期目標は、ここ半年から1年以内に達成したいゴールです。


たとえば

半年後までに着物文化と美意識に関するブログを開設し、週一更新する

起業の仕方を調べて、貯金を始める。1年で50万円貯める。

近くで通える英会話教室の資料を取り寄せ、決める。英語の勉強を始める。


などなど。





《超短期目標に連動する、明日の目標を設定する》


さて、そして最後に、半年や一年の短い目標に貢献する、「明日の行動」を決めます。

本当を言うと、ひと月、1週間の目標なども立てると良いのですが、
最初はそこまで細かく設定しなくてもいいかと思います。

まず大切なのは、「自分の行動がどこへ向かうための行動なのか」をはっきり自覚すること。

どこへ向かっているのかを明確に設定していないと、
目先に次々と現れる出来事やセールスや誘惑に、どんどん優先順位を奪われてしまいます。


1日の行動目標を立てる上でのポイントは、達成すべきものは3つくらいに絞ること。

To Doリストに10個も20個も書いてある「今日やるべきこと」を、とりあえず片っ端から片付けていくのではなく、
それらの中から優先度の高い、明日やっておくべき3つを絞り込んでください。

そして、その3つを行動すれば、その日は「合格!」ということにします。

3つ達成したら、あとは遊んでください。

体力や時間に余裕があれば、To Do リストの他のことに手を付けても構いませんが、
それはあくまで、やってもやらなくてもどっちでもいいことだと覚えておいてください。


そして、1日の終わりには、明日の達成目標3つを決めておくことをお忘れなく!


小さな達成感を積み上げていくことで、

「自分自身をコントロールしている」
「人生を思い通りにプレイしている」


という実感をしっかり感じましょう。








さて、本日のブログはここまでになります。


この記事の補足を無料のメルマガにて配信いたします(明日配信予定)。


内容は、「負の感情をきれいサッパリ浄化する」

目標を決めて取り組んでいくと、今度はその予定がプレッシャーになってしまいそう、
という完璧主義のこまったさん(笑)のために、
ストレスを発散して、負の感情を溜め込まないようにする方法をお伝えします。

 

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さて、ゆっくーりと続けてきた連載記事ですが、

次回第5回が最終回の総まとめとなる予定です。


気がつけば牡牛座のシーズンも半ばを過ぎて、いよいよ天王星が牡牛座ゾーンへと近づいてきましたね。

最終回はそのあたりの星のお話を交えてお届けしたいと思います。





Crossing
岡崎直子

 

 

 

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参考文献

「DEEP WORK 大事なことに集中する」カル・ニューポート

「迷宮の天使」ダリル・グレゴリイ

「神道はなぜ教えがないのか」島田裕巳


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NEW!

2018年8月4日(土)・5日(日)

大人気クラス「創造時代の占星術」を久しぶりにプチリニューアルしてお届けします。

 



星の世界を読み解き、知る事は、私たち自身の魂の故郷を知ることに他なりません。

この二日間の「創造的」占星術のクラスでは、
ホロスコープの基礎的な読み方や星のエネルギーを解説しながら、
占星術的知識を自分自身の人生の「創造」に活用するためのマジックをレクチャーしていきます。
自分自身の出自を知り、その真価に触れた時、
私たちは本当の意味で能動的になることができます。

壮大な「わたし」を知って、自分自身を大好きになるために。