父の軌跡 第2回 大阪万博の思い出 | 乳腺コンシェルジュ かよこのブログ

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父と大阪万博へ

 

 

大阪万博の頃は、私は幼稚園児でした。ちょうど母のお腹には妹がいたので、私はいつも父と過ごしていました。私の通っていた幼稚園が、万博に鼓笛隊として出場することとなり、その日も父に連れられて参加しました。京都に住んでいたので、幼稚園児にとって大阪万博までは遠かったのです。

 

幼稚園でどの楽器で出場するか決める日に、身体が小さかった私は、ベルを希望したのですが、希望者多数のため違う楽器にまわされたのです。小太鼓でした。太鼓を腰に付けるのが重くてなかなか練習が思うようにできなかったことを覚えています。

 

写真では右側の白い色の太鼓が私です。↓

 

 

 

大阪万博日本万国博覧会(にっぽんばんこくはくらんかい、英:Japan World Exposition, Osaka 1970)は、1970年3月15日から9月13日までの183日間、大阪府吹田市の千里丘陵で開催された国際博覧会。 アジア初かつ日本で最初の国際博覧会(General category:一般博、現・登録博)であり、当時史上最大の規模を誇った。略称は開催地・開催年から大阪万博あるいは70年万博、一般的な英語表記としてはEXPO'70が用いられた。また、日本国内において単に万博あるいは万国博とも略される(本項の記述にも用いる)。主催は、財団法人 日本万国博覧会協会。博覧会の名誉総裁は当時の皇太子明仁親王、名誉会長は当時の内閣総理大臣:佐藤栄作(ウイキペディアより)

 

 

 

たったふたつの思い出

 

 

 

 

今でも当日のことをふたつ覚えています。

 

ひとつ目は、大きなホールを鼓笛隊で演奏しながら園児たちみんなで練り歩いているところ。

坂本九さんがテーマソングを熱唱されている時でした。

 

大勢の観客が私たちの方を見ていました。一生懸命太鼓をたたきました。

 

ふたつ目は、帰りのバスの中です。

真っ暗になった深夜12時に帰りの観光バスに乗っている風景を覚えています。

大勢の人の前に出たことと、夜中にバスに乗るという体験は幼い私にとっては大変な出来事だったことでしょう。

 

でも、父がそばにいたことはなぜか覚えていません。

 

生前、この頃の事を一緒に話したことはなかったですが、父にとっても良い思い出になったことでしょう。

どんなことを感じたか、聞いてみたかったものです。

 

 

 

あとがき

 

 

大きくなって、たまに友達同士で「万博行ったことある?」などと話題になることがあります。友達は家族で色んなパビリオンを回ったり食事をして楽しんだと言います。でも、私は全然パビリオンは見れなかったし、食事をした記憶もありません。きっと、鼓笛隊の練習や本番で忙しかったのだと思います。

 

すこし残念ではありますが、人とは違った思い出ができて良かったのかもしれません。

 

この場を借りて、当時の幼稚園の先生や父に感謝します。

 

そして今度は、半世紀後の2025年に行われる大阪万博に、自分の子ども達と参加できるよう身体に気を付けて過ごしたいと思います。そして、父の分も楽しめたらと思います(^^♪

 

 

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