「父の軌跡」第1回 幼少時代の思い出 | 乳腺コンシェルジュ かよこのブログ

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乳がんを患いアートセラピーで自分を癒すことができた経験と知識を語ります。約10年の病院勤務で培った「患者さんの心」の理解を大切にします。健康な女性も予防をかねて御覧下さい。


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突然の父の死

 

私の父は、先月この世を去りました。享年87、満86歳でした。自宅で誰にも看取られることなく布団の中で亡くなっていました。しかも私が実家の近くへ引っ越す前日に・・・

 

父は、起業家として昭和と平成を生きました。私は長女としてその生き方をずっと見てきたのです。自分と父との思い出をこのブログに書き綴ることで親孝行をできなかったせめてもの供養とします。

 

さあ、連載のスタートです!記憶を紡いて書いてみたいと思います。

 

 

 

公務員だった父はある日突然退職を

 

公務員の父は私が4歳の頃、母にも相談なく突然退職しました。理由は「朝早いのがつらいから」。

「それだけ?」と思ってしまいます。家族に夢を語ることなど一度もなかった無口な父の本心は今ではもう迷宮入りです。

 

とにかく安定を捨て、チャレンジを選んだのでした。

 

 

ふたりの気分転換

 

公務員を辞めた父は、独学で司法試験を勉強しました。自宅での勉強は大変だったと思います。父が勉強をしている姿は全く覚えていないので、邪魔をするであろう小さな私は立ち入り禁止だったのでしょう。

 

でも、よく私を連れて気分転換に出かけていました。今ではネットでも購入できる本・・・お金が無かったのか古本屋さんを一日に何軒も回りました。「えー!今日も古本屋さんか」といやいや付いて行ったのを覚えています。私にとってはとても退屈なお買い物でした。

 

(今も書斎に生前読んだ数千冊の古本があります。私の数百冊なんて足元にもおよばないのです。)

 

自転車で若草山へも行きました。子供用の椅子もない時代。私は自転車の荷台に乗せられお尻は痛いしスピードが怖くて父の背中にギュッとしがみついていた光景を思い出します。

 

そして家では音楽が好きだった父が、私のためによくギターを弾いたり歌を歌ったりしてくれてその時間は楽しかったものです。

 

チャレンジ精神

 

幼い子どもがいる家庭を持つ身でありながら、すっぱりと仕事を辞め勉強に励んだ父の決断は、本当にあっぱれだと思います。自信もあったのでしょう。1年後には見事試験に合格しました。落ちていたら夢をあきらめ、家族の幸せや今の私もなかったかもしれません。

 

子どもが親のことを認めるのって気恥ずかしいもの。私は特に幼少時代は引っ込み思案で甘え下手でした。

年を重ねるごとに自分も父に似ているな~なんてよく思うことがあります。

 

母から、私は急に物事を始めたりすると言われますが、そういうところがきっと父に似ているのかもしれませんね。

 

 

あとがき

 
このように昔のことを思い出していると、人生はやはり長いな~と感じます。セピア色の記憶がよみがえります。
50年間ひとさまのために働き続けてひとり逝った父、もっと昔の想い出話を一緒にしたらよかったと今更ながら思います。
 
最後の2年ほどは認知症を患い、「足が動かなくなっても這ってでも働く」と言っていたけれど、頭はだんだん仕事ができない状態になっていきました。
 
認知症でも昔話を言ってあげたら喜んだかもしれませんね。
 

 

 

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