ここで考察するのは、いわゆるオールドメディア、

つまり、Tvと新聞についてである。



ネット上においては、様々な意見が咲き乱れ、

言論の自由が、保障されているので、

(支那など)共産党のような状態にならなければ、

まったく必要がないだろう。



人間の認識、主観ー客観について、

絶対的主観も、絶対的客観も、存在しない。



もちろん、メディアも人間の行為だから、

そこから逃れることはできない。



そこから現状のメディアの最大の問題点が

表象していて、公正や中立をよそおっているが、

絶対に、そんなことはありえないわけである。



新聞にしろ、Tvにしろ、さかしらげに、我々一般大衆を

常に、啓蒙しようとしていて、それがどんどん

多くの日本人の「幻想的身体」からなる間主観性と

乖離していっているのが現実だ。



よって問題の本質は、メディアの意見が単一性に

なってしまっていることになる。



単一性という危険な状態は、人間の自由に抵触し、

複数性を保つ条件を満たさなければならない。



ならば、両論併記というカタチならいいのかというと、

これもまた、問題がある。



それなら、少なくとも3つの意見を出せばいいのか、

これも間違っている。



なぜならば、化学的にいうとph7という完全な中性は、

不完全な人間の認識では、不可能である。



だから、最低4つの意見を常に担保しておく

ことが、肝要になる。



例えば、原子力発電の問題に関しては、

強硬な反対派、緩やかな反対派、

緩やかな賛成派、強硬な賛成派、

こういうカタチで、コメンテーターを配置しないといけない。



判断を下すのは、一般大衆なのだから、

それぞれの主観を聞くことで、理解することができる。



メディア法を改正するとすれば、

絶対客観などありえないことを念頭において、

法整備をしなければならない。