うちの子供が、福祉センターとやらに、

トライらるウィークでいってきたと、ぼそりともらした。



え、もっとおもろいとこあるやん、なんでそんなとこに

したん、と聞くと、そういうところはいつか、

アルバイトとかで、経験できるので、

経験できないところに行きたいと思ったという。



おまえ、すげーな、ええ考えや、やるな~

とこっちも嬉しくなり、ほんでほんで~と話を聞く。



なにやら、なんとか福祉センターとかちゅうのは、

かなり重度の障害をもつ人々がいる場所だった。



そこの人々は、歯が抜けちゃっている人が多いのだという。

え、歯抜けなんか、飯喰われへんやんーと叫ぶと、

だから、センセー、やわらかいものとかを食べさせてあげるといふ。



ほー、そか、でもなー、噛んで食わんと体によくないのになー、

歯抜けのままにしといたらあかんよなー、と子どもに呟いた。



んで、なんで、歯抜けのままにしとくんやろと疑念を抱いていた。



自分も歯の詰め物がとれて、歯医者いかなあかんなー

という時期だったので、行きつけの歯医者さんにいった。



治療が終わった後、センセにその疑念をぶつけてみた。

センセは、言葉を選んでとても慎重に語られた。



そういう人々を治療するさい、

やはり個別的にならざるをえない。



なぜかというと、障害の程度によって、

治療を受けられるかどうか、受けられても、

どの程度なのか、現場サイドでは判断可能だが、

センターでは、不可能でのようだ。



まず、歯科治療の場合、忍耐力がいる。

じっと口を開けて、我慢していられるか。



重度の障害の人の場合、そうはいかないので、

全身麻酔とかはあかんのですかーと聞いた。



これまた、難しく、全身麻酔を行って治療できる

医療施設となると、ほとんどない。



現状では、センターにいる障害者が、

歯の痛みを訴える、職員がやべーとなる、

そして、歯医者さんへその人を連れて駆け込むという寸法。



だからもうそのときは、手遅れで、歯を治療する段階を過ぎ、

抜歯するしか手段は残されていないという

貴重なお話を伺った。



福岡伸一先生の個人的な定義によれば、

人間は食べたものである、といふ。

もっと、いえば「ちくわ」なのだと。



かつて、人間は平均寿命が30年ほどであった。

それが、伸びていったことに、歯科医療の技術の

向上があったことは、容易に想像できる。



自分は、この歯医者の先生を尊敬している。



逆流性食道炎に罹り、歯科医療を受けることができないと

判断し、ほとんど噛むことができない状態まで追い詰められた。



しかし、米国に渡ることを決めた際、

かの国においては、医療全般が高額であるため、

やむなく、日本でせめて歯の治療だけは、

しておかねばならないという、必要性にかられてだった。



逆流性食道炎は、しょっちゅう吐く。

歩いていても、ゲーゲーと、ところかまず吐く。



歯医者となれば、ずっと口を開けていないといけない。

吐かずに口を開けていられることができず、

いくども悩み、悩んでは、歯医者にいくことをやめていた。



しかし、上記のような理由で、必要性に駆られ、

子どもたちに聞いて、評判のよい歯医者さんを探し、

意を決して、おとづれたのだった。



懸命に病状を説明し、嘔吐をもよおしてしまうという

自分のような患者にも、実に親切な対応をしていただき、

治療を止めていただいては、吐き、また、治療をしていただく。



先生の懸命な治療のおかげで、きちんと噛んで食事をすることが

できるようになったことを、いくら感謝してもし足りない。



生物学的に言えば、まず食べる行為は生きるために不可欠で、

その行為を行うにあたって、一番最初の作業が、

口の中で、食物を噛んで、砕くことである。



胃に達する前に、ある程度のサイズにまで、

食物を小さくしておかねば、胃に多大な負担がかかる。

ほかにも、唾液に含まれる消化酵素と絡める作業も重要だ。



人間にとって、歯というものは、生きるために

非常に大切なものなのである。



私は、その認識を強く持っているため、

福祉センターの件についても、疑念を抱いたし、

もっと範囲を広げて、考えていた。



なぜ日本人は、このありがたみが分からないのだろう。

日本の保険制度は、医科歯科両方も、カバーされる。



米国では、医科と歯科は、別である。

H1B型ビザをもらうため、アメリカ領事館を

訪れた私は、医科と歯科の両方の保険の書類だけで、

10センチ以上の束を抱えていた。



米国の医療制度は、非常に問題があるので、

あまり参考にはならないが、被保険者は約5000万人、

総人口が、約3億人の国で、これは異状である。



他に、自身が訪れた国、例えば、マレージアには、

歯抜けの人が多く、ガイドさん自身、前歯が一本なく、

とても男前なのに・・・と噂し、歯抜けのチョンさんと呼んでいた。



タイで、CNNを見ていると、米国軍がアフガニスタンで

行っている戦争を、印象操作しようとして、

現地のアフガニスタンの人々の歯の治療の様子を流していた。



センセとこの問題について語り合ったのだが、

どうやら日本人自体が、この国民皆保険制度の

ありがたさをあまり分かっていないようなのである。



特に、歯科に関しては、厚生労働省が予算を絞りに絞る。

それなら、政治家がいるんじゃないですか、と再度聞くと、

確かに歯科の団体から、政治家は出ているのだが、

数がいかんせん少なく、力にならず、党議拘束に

ふにゃら~んと流されてしまうのが現状だそうだ。



歯医者さんに行くのは、散髪屋さんに行くのと同様、面倒である。
でも、抜歯しなければならない状態になると、

もっとたいへんなことになる。



予防、そして、痛みを感じたら、すぐに評判のいい

歯医者さんに見てもらわなければ、

人間の生きる最初の行為、そのものが毀損してゆく。



食べたものが、私たちなのだということを忘れてはいけない。

現在、当たり前になっている歯科治療が、

TPPによって失われる可能性はきわめて高い。



一本治療してもらって、数十万という最悪の事態だけは、

なんとか避けなければならない。