タクシンは、バンコクによらず、北部を回って、

オレが帰国のために、空港に向かう頃には、

すでに彼は、タイを離れていた。



未だ、タクシンは都市部において、

不人気であると考えていたのだが、

あっさりと到着早々、覆されてしまった。


2年ほど前には、ダーティーな政治家と、

都市部の国民から、忌み嫌われていた、

このオトコは、評価が一変してしまっていた。



選挙という政治的なプロセスで、彼を権力の中枢から、

追い落とすことが出来なかったために、

軍部と手を結んで、クーデターを起こし、

現国王もそれを承認したのだが、

現在はどうもうまくいっていないようだ。



一体、なぜなのだろうか、と具合が悪いために、

ホテルに引きこもって考えていたが、

一番は、タイ経済にあると思う。


タイは、東南アジアの経済の中心地であるが、

日本企業を中心として進出し、

その日本企業は、大手であればあるほど、

うまくいくとされている。


しかし、多くのタイ国民は、貧しい。


恐ろしいほどの金持ちと、

大多数の貧しき人々に大別される。


それは、タイ国内の物価がそれを示していて、

ごく普通のタイ人のための消費財の価格は、

極めて安くなっている。


それが、ヨーロッパやアラブ、東アジアといった人々を

引き付けて、かの国の旅行客は、タイ経済の主軸に成っている。


その外国人旅行客にとって、一番大切なのは、

安全だということである。


それは、表向きであってもいい。

治安がいいというもの評判だけであってもいい。


しかし、クーデターが起きたために、

様相は一変した。


軍隊が絡んできたことは、

この時代には、とても大きなマイナス要因になる。


それで、観光客が激減し、タクシーの運転手は、

金が稼げないと怒っていた。

だから、タクシンでないとダメなんだと。



相続税がないこの国にとって、

階層の流動化が起きることは、まずない。


富裕層だけが、教育を独占でき、

それによってまた、より富を拡大させる。


庶民の間で回る金は、基本的に、

海外旅行客が落としていっているものなのかもしれない。


日本は内需がダメだというが、

タイは、旅行客が訪れないと、

国民の底辺層に金が回らない。


アンダーグランドな階層にも回らない。


このことが、タクシンの返り咲きの

大きな要因になるかもしれない。

おそらくは、院政をしくことになるだろうが。



もう一つ、現政権については、

情報がきちんと整理できてないのでよくわからない。


ただ、理念が先走って、うまくいっていないのはわかる。


人は、新政権に対し、過剰な期待を持ってしまうものだ。

その過剰な期待は、すぐに満たされることはないので、

あっというまに、手のひらを返される。



それと、クーデターという行為は、あまり成功例がない。

暗殺という行為も、有効でないことが多い。


なぜなら、以後のことを慎重に討議し、

大多数を味方につける提案を備えていることが、

稀であるからだ。


2年ほど前のクーデターにしろ、国王が収めたために、

混乱らしき混乱が起きなかったが、

そんなものがなくっても、みなが納得してくれる形でなければ、

到底、成功は望めない。


全ての人間の欲望を満たすことは、

原理的に不可能なのだから、

いくつかターゲットを絞り、

その欲望を満たす行為でなければならない。


いくら錦の御旗がついているとはいえ、

家計が逼迫すれば、不人気になるのは当然なのだから。



一旦、事を起こすならば、一気呵成にやらねばならない。


何をすればよかったのか。


タクシン一族の私財を没収し、

それに関与したものの私財も、国家が預かる。


タクシン支持派のものたちも、同罪で、

全て、国家権力の名の下に没収すればいい。


なぜなら、権力の中枢にいて、

富と権勢に魅了されて、国家の舵取りを誤ったのが理由となる。


また、強力な累進的な相続税を導入し、

親の財産で飯を食えるのは、2代目までにすればいい。


これがないから、富裕層と権力は一体となってしまう。


権力があれば、富は生み出せるし、

富があれば、権力が買える、

これでは、階層の流動化は起こりえない。


階層の流動化、これがある程度、担保されていない社会は、

その生命力を絶たれていると同意である。



そんなことを言っても、じぶんとこの国も、

手酷い有様だから、情けないというか悲しくなる。