中年店主の態度物腰問題 | カフェバー|credo|下高井戸駅1分

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バータイム店主による日々雑感


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 3月中旬、店に10代のころからの旧友8人が集まった。大半が同じ生まれ年で今年46歳。れっきとしたおじさんたちの同窓会である。

 

 この会が始まったのは5年ぐらい前。最初のころはまだ30代の気分を残していたから、よーし、今日はじゃんじゃん飲もうぜ、などといきがっていたけど、50歳の大台が「おいでおいで」と手招きしているいま、そんなことを言うやつは誰もいなくなった。

 

 彼らとは年に1回のペースでこうして顔を合わせては酒を飲んでいる。これが25年ぶりの再会ともなれば、お互いの変わった姿にギョッとするかもしれないけど、毎年顔を合わせているせいか、加齢による変化がよくわからない。そもそもみんな見た目が若いのだ。

 

 サラリーマンをずいぶん前に辞めてしまっているやつが数人いて、自由なペースで仕事をしているのも「ふけ方」のスピードに関係しているのかもしれない。フリーの雑誌編集やデザインを生業にしているやつらは仕事中もジーンズ、ヒゲ、サングラスといった軽快なナリでいるようだ。世間一般の40代後半、会社では結構エラくなっている人たちに比べれば、まあそりゃ若く見えるだろうな。そして怪しいおじさんに見えるのだろうなあ。

 

 わが身はどうか。そもそもバーの営みに適正年齢なんてものはないから、「ふけ」についてはどうでもいいし、あらがうつもりもないのだが、それよりも46歳の店主にはどういう態度物腰が求められるのだろうか、ということが気になっている。

 

 店をスタートしたのは38歳。いまの歳になれば、渋く落ち着きのある店主像を想像していたが、どうもそっちの方向には進んでいないようである。お客との会話に年相応の重みなし。身なりも昔とたいして変わらず。青春地代の洋楽を流しては、常連とキャッキャ騒ぐ。うーむ、こんなことで俺の人生はいいのだろうか、とハタと気づく。

 

 そういえば、飲食店主の知り合いは結構いるが、不思議と同じ年齢の人と会ったことがない。ぼくよりずっと若いか、先輩である。彼らのカウンターの中での立ち居振る舞いはとても勉強になるけど、年相応の「あるべき店主像」の指標がいまだに持てないのは、同じ歳の同業者がいないという理由もある。

 

 年齢の話はさておき、店を8年近くやってみて、よくわかってきたのは、小さな店では店主の人間性、知識、経験がもろに問われてくるということだ。それは酒や食べ物についてというより、もっと人間的な部分についてである。

 

 少し気障な言い方をすれば、その人が本来持つやさしさ、強さ、大切にしているルールや矜持。これまでに知ったこころの痛みや悲しみ。ユーモアとか、酒の飲み方とか――。 それらは自分が思っているよりも店の空気に反映されていて、お客にきっちりと伝わっているということがわかってきた。

 

 じゃあ、おまえの店は一体どうなんだ、と聞かれれば、これにはただうつむくしかないのだけれど、46歳になってもまだまだ勉強の身ととらえ、あせらず行けばいいのだと、やや強引に自分で納得している。

 

 

2018年3月27日
バータイム店主

 

 

 

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