カフェバー|credo|下高井戸駅1分

カフェバー|credo|下高井戸駅1分

バータイム店主による日々雑感

◆1月14日

 

 幼なじみのユキノリと経堂で酒を飲む。お互いに父親の介護に向き合っている身なので、話題はやっぱりそちらにいくのだが、この日は意外な提案がやつからあった。

 

 「店を手伝いたい」と言う。日頃は美容師として働いているが、出勤のない火曜か水曜にバイトをしたいとの話だった。ともにうちの定休日なので、二つ返事で承知した。

 

 問題は1人で店を回してほしいこと。2人でカウンターに立ってバイト代を払えるほどの余裕はない。美容師も同じ客商売であるから、接客はお手の物だろうけど、いきなり1人で店に立つのは本人も不安そうだった。

 

 ならば、2人で何回か店に立ってみて、春ぐらいから1人でやってみようぜ、という話にまとまった。火・水営業のスケジュール開始が決まったらお知らせします。

 

◆2月3日

 

 近所に住んでいるらしい男が何年かぶりに店にやってきた。一見してだいぶ酔っているなと思った。「どうも久しぶりですね」と言うと、男は「なんで覚えてるんだよ」と言った。

 

 カウンター席に座るなり、うちや近所の店の文句ばかり言っている。なにが気に食わないのか、皆目わからない。1杯飲んだら帰っていった。どうしたんだろ、あの人。

 

◆2月6日

 

 古い仲間で、約20年前から中国に住んでいるノブとメールで連絡をとった。中国で所帯を持ち、家族4人で上海に住んでいる。新型ウイルスの影響を聞くと、「家族みんなで家の中に閉じこもっている。子どもたちは2月いっぱい休校だ。退屈で精神的に参っているよ」と書かれていた。

 

 家に閉じこもっているのは、感染を防ぐことはもちろんだが、「隔離」がなによりもこわいからだという。ええいかまうものかと不用意に外に出れば、その姿をドローンが発見し、検温されて少しでも熱があろうものなら、すぐに「隔離」である。

 

 隔離先は病院ではなく、設備のないホテルや施設。隔離された状態が長く続くと、みんな精神がやられてしまうのだとノブは言っていた。今の状況は「SARSの時と全く同じだ」とも。

 

◆2月10日

 

 長男の高校受験が始まった。

 


2020年2月11日
下高井戸credo
バータイム店主

 

◆1月3日

 

 保釈中だったカルロス・ゴーンが海外にフケて、その逃亡経路や手段が明らかになってきた、というニュースを正月のテレビ番組で見ていたら、途中で「ぎゃっ」となってチャンネルを変えてしまった。

 

 自宅からホテル、空港に移動する際、やつは部分的に音響機材を入れる箱の中に入って移動していたという。キャスター付きの大きな機材入れをサンプルとして紹介していた。いかにも頑丈そうな真っ黒なものに、バチンバチンと鳴りそうなしっかりした留め具が光る。空気穴も開けられていたという。

 

 内側から空けることはできないだろう。ゴーンがどれぐらいの間、この中に入っていたのかは分からない。真っ暗な中で息を殺し、一味が留め具を開けるのをじっと待つ。もしも自分がそんな状況に置かれたら、数分で発狂してしまうだろうなと思った。

 

 番組ではスタッフが実際にその機材入れに入ったりして、「思ったよりも中は~」などと感想を言っていたけれど、どうでもいい。これ以上は見ていられなかった。ぼくのような日本全国の閉所恐怖症たちは息苦しくなって、この瞬間にテレビの前から逃げ出したことだろう。

 

***

 

 自分が閉所の恐怖を初めて感じたのは20年以上前、社員旅行でグアムに行った時のことだ。

 

 潜水艦に乗って海中探索するアトラクションがあると聞き、同僚と2人で乗った。どんどん潜っていき、水深40メートルあたりでとまった。いつものコースらしい。「しばらくこうしているから、海中の様子を楽しんでね」などと英語のアナウンスがあった。エンジンも止まり、静かになった艦内から海中をしばらく見ていたら、身の危険を知らせるような、ぞわぞわとした感覚が体と脳にきた。

 

 不快感はたちまち強まり、息苦しくて背中にたくさんの汗をかいた。小さなバスほどのサイズの潜水艦に、数十人の人間が押し込まれて、海の深い場所でじっとしている――いま置かれているこんな異常な状況に意識が向かうと、気がどうにかなりそうだった。横に座ってのんきな顔をしている同僚が救いだった。彼に無関係なことをたくさん話しかけて必死に気を紛らわせた。

 

 やがて潜水艦が動き出し、海上に出て少しするとハッチが開いた。すぐさまデッキに出た。外の空気と太陽がありがたかった。

 

 自分はきっと、せまい場所や身動きのできない状況などに息苦しさを感じてしまうタチなんだろう。そんな風に単純に考えてきたのだが、その数年後、まだ小さかった息子といっしょに観覧車に乗った際、この恐怖症が自分の中に根深く育っていることを自覚した。年を取るにつれて高い場所も苦手になっていたので、この時の観覧車はまさしく恐怖であった。

 

 閉所への恐怖感は、さらに後年、ぼくを困らせることになるパニック発作につながっていくのだが、その話はまたいつか。

 

***

 

本年は1月9日より営業を開始します。
よろしくお願いします。

 

2020年1月7日
下高井戸credo
バータイム店主

 

 

◆11月中旬

 この11月で、わが店が開店から丸9年となった。周年イベントと称し、気の置けない親しいお客を集めて一緒に酒を飲んだ。

 

 懐かしい顔ぶれもたくさん集まった。開店当初に一番若かったお客が「もう30歳になりましたよ」と落ち着いた口調で言った。その頃、20代だった連中もみんな30代後半になっているという。当たり前な話だけど、長い時間が経ったんだな、としみじみ思った。

 

 飲み会は2回に分けて行った。代わり映えのしない少しくたびれた満9歳の店内が一瞬だけ華やいだ2日間だった。

 


◆11月下旬

 お祝いされて調子に乗って飲んでしまったからか、インフルエンザにかかってしまった。仕事は店も会社ももちろん休んだ。

 

 しかしまあ4日間よく眠った。起きても家の中を極力ふらふら歩かず、ふとんの中で「新宿鮫」の8年ぶりの新刊『暗約領域』をずっと読んでいた。スマホは気持ちが疲れるのであまり見ないようにした。

 

 熱が下がっても酒は欲しくなかった。酒は飲まずにミネラル水を飲み、炊きたての白米、みそ汁などをきちんと食べた。昨年、満員電車の中で突然発症し、妙なクセがついてしまったパニック発作を抑えるための抗不安薬も睡眠導入剤も、この間は一切飲まなかった。

 

 風邪によるだるさは続いたけれど、なんだか体が芯のあたりからどんどん健康になっていく感じがした。たまには寝込むのもいいもんだなと思った。

 


2019年12月3日
下高井戸credo
バータイム店主

 

 

◆8月20日 

 ここで前回、この店を閉めようかと考えているという話を書いたら、お客の数人にその件について声をかけられた。「辞めちゃうのか」と。店の経営は好転していないし、台所事情も変わっていないので、悩みは続いているよ、と正直に答えた。


◆8月23日 

 食品衛生責任者の講習を受けに朝から町田駅へ。長い講習を受けた後、夕方になってようやく資格証の交付を受ける。

 

 と、さらりと書いちゃったが、実は資格を持ってなかったのである。妻が資格者なので営業許可に問題はないのだけれど、無資格の分際で、約9年間も店に立っていたと考えると、われながらまあ図々しいやつだなと思う。

 

 じゃあなぜ、資格を取ったかというと、資格者である妻が新店舗「松原GESSO」に責任の対象を移したからだ。1人の責任者が2店舗にまたがることはできないため、こちら「下高井戸credo」にも責任者の配置が急務となっていた。重い腰を上げてようやく取得したわけである。


◆8月26日

 義父が他界。


◆9月10日

 業務委託スタッフとして席を置いている古巣の会社に2週ぶりに出社。9月の辞令で、昔の同僚と後輩が出世したと聞いた。小さな会社だが、きちんと株主総会が行われ、そこで承認を受けて役員に就いたという。

 

 やつらとは20年も前から、酒場でくだを巻いたりしていた仕事仲間であるから、たとえ役員になったといっても、その付き合い方は変わらない。週に1度だけ会社にやってくる変な中年男(ぼくのことね)が新任役員になれなれしくしていると、若手社員が「なんだなんだ」となっているのが分かる。おもしろいからもう少し続けていこうと思う。


◆9月24日

 消費税率がアップするという。近所の店がどうするか、様子見してから決めようと思っていたけど、増税まであと1週間になってしまったではないか。

 

 うちみたいな小さな店はもちろん消費税の納税対象者ではないけれど、酒が売り物だと、仕入れ額の高騰が今後響いてくることになる。これをそのまま販売価格に転嫁するか、別な経費を圧縮して価格を据え置くか、このへんが悩みどころである。

 

 さてどうしたものか。いっぱしに電卓をはじいたりして、腕組みなんかしてみたけれど、もとより低空飛行のわが店である。今さら数十円値上げしたところで、焼け石に水なのであった。よおしきやがれ消費増税。
 
 ということで、10月からも店内メニューは従来価格で提供していきます。

 

 


2019年10月2日
下高井戸credo
バータイム店主

 

 転勤、結婚、出産、体調不良、あいつとは二度と会いたくない、などさまざまな理由で店にすっかり来なくなった常連客が数多くいる。ここ最近も長く付き合ってきた客たちが下高井戸を離れて行った。

 

 9年近くも店をやっていれば客の新陳代謝は世の常と人は思うかもしれないが、地元密着、一店勝負のわが店などはどうしたって近所に住むなじみの客に頼らなくてはならない。去っていった客の落ち込み分を補ってくれる新規客があればいいが、そうは思うようにいってくれず、たいへん苦しい数カ月が続いていることを隠さずに記しておきたい。

 

 わが店の分店で、現在、妻が切り盛りしている新店舗「GESSO」の開店に伴い、7月の状況によっては10月末の契約更新時期をもって店をたたむつもりでいた。

 

 その後は、ずっと続けているもう一方の昼間の仕事を増やし、ドレッシングの通販事業も強化し、あとは「GESSO」の裏方サポートに回ろうという考えだった。売り上げは減るだろうが、店関連の支出も減るから、まあ食ってはいけるだろう。そして、生活も再び昼型に戻って健康的な毎日を送れることだろう――という算段だ。

 

 そんな考えに気持ちが傾いていたころ、とんと姿を見せなくなったなつかしい客や意外な客が示し合わせたように店にやってきた。

 

 数年前からアメリカに赴任していたI夫妻が一時的に帰国し、その間、友人を連れて毎夜やってきた。同じ週にはドイツに赴任していた商社マンのY氏も近所の仲間を連れだってやってきた。それらの会合に集まった人の中では久しぶりの再会となったベテラン俳優のMさんやBさんの顔もあった。

 

 翌週は、高校の同級生だったS君が突然やってきて約30年ぶりに再会。「このブログは匿名だけど、以前に書いてあった母校が甲子園に出場したという話を読んで、これは同級生に違いないとピンときたんだ。で、来てみたらやっぱり君だったか」と言って笑っていた。

 

 マルサのIさんも約2年ぶりに来店。「実は少し前に結婚したんだよ」と言って、一緒に来た奥さんを紹介してくれた。また、前職時代から世話になり、店にも飲みにきていたKさんは、本人ではなく20歳になった息子が1人でやってきた。「父からこの店の話はよく聞いてました」などときちんと言った。彼は小学校の入学祝いに僕がプレゼントした品を覚えてくれていた。

 

 再会した人たちは、住んでいる場所や生活環境に変化はあれど、みんなあの頃と同じ仕事に打ち込んでいた。いずれも20年以上の勤務。ある人は「ただ長くいるだけだ」と自嘲気味に言ったが、しかしひとつの仕事を一途にやり続けている人との会話は、しみじみ胸を打つところがあり、会社勤めを途中で逃げ出したクチの自分にはまぶしく見えた。

 

 海外へ帰っていく客たちとは、「また次に戻ったら店で会いましょう」と約束してしまったけれど、さてどうしたものか。久しぶりに会った彼らとの気持ちのいいやり取りのおかげで、やっぱり店はいいもんだよなあ、などと思い直している。

 

 


2019年7月30日
下高井戸credoバータイム店主