カフェバー|credo|下高井戸駅1分

カフェバー|credo|下高井戸駅1分

バータイム店主による日々雑感

 店は引き続きコロナ休業、仕事をもらっている出版社からも「家にいろよ。会社には来んなよ。わかったな」と在宅業務命令が続いている。

 なもんで、休校中の子どもと毎日一緒に過ごしている。学校に通う子を持つ日本中の父親たちが感じていることだろうけど、こんなに濃密に家族と過ごした日々は二度とないなと思っている。

 小学3年生の次男坊は、先週からようやく分散型の登校が始まったところだ。「俺は今のジシュク生活がそんなにいやじゃないんだよ。みんなと居られるからだ」などと、うれしいけれど、なんだか複雑な気持ちになることを言っていた彼だったが、このあたりが年貢の納め時かという残念顔でしぶしぶ登校していった。

 わが子が通う小学校の登校は出席番号の偶数と奇数で、午前・午後に分散させている。登校のない日には自宅授業という名の宿題が与えられている。

 この宿題を見てあげるのが目下の僕の重要業務となっている。算数や漢字プリントだけでなく、「家の周りに咲いている花をスケッチしよう」とか「わたしたちの町の起伏を知ろう」とか、屋外モノのワークもあって、面倒だけどそれに同行したりしている。

 毎日きちんとあるのが「読書タイム」と「運動タイム」だ。近所にある三省堂はずっと休業していたし、図書館も休みだったので、本は家にあるもので済ましていた。とはいっても、奴は「文字だけの本はきらいだ」という主張をゆずらないため、絵がたっぷり入った本ばかりとなる。

 今は高校生の長男も「文字ばっかの本」と言って嫌っていたので、小学生向けのちょうどいい児童書が家にはない。しようがないから昔買ってあげた古い絵本を引っ張り出してくる。
 

 

 

 残しておいたのは、いずれもお気に入りの絵本だが、これらをパラパラやることを「読書タイム」と言っているのではないだろうなと思う。『アンジュール』にいたっては文字がひとつ出てこないのだった……。

 「運動タイム」は、家の前の道でやるキャッチボールである。もちろん軟球であるが、通行人の頭に当たったり、どこかの家の窓ガラスにぶつかったりしたら一大事なので、エラーの許されない緊張感のあるキャッチボールとなる。

 10年前から、わが家での呼び名はキャッチだ。「オトーサン、キャッチやろうぜ」が合言葉である。

 



 長男ともよくやっていた。長男のころは平日の昼間っからキャッチなんかしていると、仕事にあぶれたか、遊び人みたいな父親と見られていただろうけど、今なら息子との時間も大切にしているテレワーク中の良きお父さんに見えるかもしれないなあ。堂々とできるからなかなかいいなあ、とマスクの中で少しにやけたりしている。


2020年6月8日
バータイム店主
※6月現在も店は休業中です。

 

  いやはや困った。新型コロナのやつである。当店も4月に入ってからずっと休業中。店の収入はないのに、請求書だけはきちんとやってくる。通帳を見ながら、アタマの中では「休業」の2文字が「廃業」にじわじわと変換されていくような日々が続いている。

 休業に入ってほどなく、なじみ客のA夫妻から電話があった。「店を仕事場として使わせてもらえないか」と言う。お互いによく知った仲である。あれから店はなにも使ってないので二つ返事で承知した。

 この夫妻はそろって書籍編集者で、保育園に通う2人の小さな子どもがいる。会社からは在宅勤務命令があり、保育園はよほどの事情がない限りしばらくは登園できないそうだ。だから家の中に4人がずっといる。遊んでもらえないから退屈でぐずり出す子どもたち。それでも締め切りに追われる編集業務。喫茶店やファミリーレストランなどで仕事をする手もあるけど、ウイルス感染の心配もある。

 そこで浮かんだのが当店だったという。

 ある夜、店内に明かりが点いているので、近所の店主はうちがモグリで営業しているのかと思ったらしいけど、そうじゃないんだ。その明かりは共働き夫婦が子守りを交代しながら、遅くまで懸命にがんばっている印なのだ。約1カ月間、彼らには店を自由に使ってもらう。

 

 このまま指をくわえていたら、たちまち金は底をつくだろう。売り上げを得るため、オリジナルドレッシングなどを販売している分店の「GESSO」でハンバーグ弁当のテイクアウトを始めた。木曜と金曜だけ販売を始めてから3週目、ありがたいことに用意した数はいつも完売している。

 「GESSO」でも販売しているオリジナルドレッシングは、ネット通販でも展開している。これもひとつの「巣ごもり消費」なのだろうか、外出自粛要請が発令されてからネット注文件数が増えている。

 数日前の注文の備考欄には「うちの子どもがとても気に入っています。届くのを楽しみにしています」と書かれてあった。ここにも自宅内での子育てと仕事にがんばっている家庭の様子が透けて見えた。



 店の経営の一方で、サラリーマン時代に長く勤めた会社から仕事をもらって、給料を得ていることをたびたび書いてきた。それは今も続いている。この会社は新聞や雑誌など紙媒体を発行しているので完全なテレワーク体制にはできないが、交代勤務で人数を減らして対応しているそうだ。

 主に原稿チェックや校正仕事をもらっている業務委託者のぼくは自宅作業を命じられている。自分の部屋はおろか、机さえも持っていないので、仕事にはもっぱら次男の学習机を借りているところだ。

 散らかったおもちゃや道具箱をはじに寄せて、パソコンを置くと今日の仕事の始まり。自分の机の貸し賃を要求する小学生の次男に、毎回30円をなぜか支払っている。


2020年4月20日
バータイム店主

 

◆2月12日

 

 九州旅行から帰ってきたという友人でなじみ客のY子さんからおみやげをもらう。鯛茶漬けなどに使うタレと、九州特有の甘めのしょう油であった。

 

 約20年前、サラリーマン時代に出張で出かけた博多の居酒屋で初めて「ごまさば」を食べ、そのうまさにびっくりしたという話を、彼女は覚えていたのだった。「このタレを使えばきっと再現できるよ」と、飲食業に長く携わるY子は力強く言ったのだった。

 

 ごまさばと言っても鯖の種類のことではないよ。生の鯖の刺身に、すりごまなどをまぜた甘いしょう油ダレを付け、いろんな薬味といっしょに食べる料理で、たいていの居酒屋ではレギュラー入りしている人気者であると後に知った=写真。それ以来、福岡出張の際は酒といっしょに必ず頼むようにしていた。

 

 焼いたり、酢でしめた鯖しか食べたことのなかった僕は、新鮮な生の鯖と独特なタレによるうまみに満ちた味に幸せを感じ、どの店に行っても唸って食べたものだった。東京の居酒屋は一体なにをやっておるのかと、うすら悲しくなったほどである。

 

 生で食べられる鯖がこちらでは手に入らないので、もらったタレのラベルに書いてある説明どおり、鯛の刺身を使ってみた。薬味には青ネギ、ノリ、大葉、カイワレを使った。焼酎を飲みながら食べた。翌日の昼にはあつあつごはんに乗っけて勝負した。なかなかやるな、という味だった。

 

 

 

◆2月21日 

 

 この日から長らく休んでいたランチの営業を部分的に再開した。

 

 当面は木曜と金曜だけの営業とし、これまでのように「玄米定食」の一本メニューの提供としていきます=写真。とてもありがたいことに、再開を望む声が複数届いていました。お待たせしました。

 

 定食を作っている妻は当店のランチ営業が終わると、分店の「松原GESSO」に向かうというダブル営業のあわただしい日々を過ごしている。応援してやってください。

 

 

 

◆3月2日

 

 長男が高校の合格発表に新宿のほうまで電車で出かけていった。

 

 今じゃインターネットで合否が確認できる学校が多く、このウイルス禍でネット掲示板はさらに増えたらしいけど、息子が志望しているこの都立高校は、僕らにもなじみのある掲示板発表スタイルを貫いているようだった。なかなかいいではないか。

 

 届いたLINEで結果を知る。

 

 よおし。こぶしを握り締めるなんて何年ぶりだろう。

 


2020年3月18 日
下高井戸credo
バータイム店主

 

◆1月14日

 

 幼なじみのユキノリと経堂で酒を飲む。お互いに父親の介護に向き合っている身なので、話題はやっぱりそちらにいくのだが、この日は意外な提案がやつからあった。

 

 「店を手伝いたい」と言う。日頃は美容師として働いているが、出勤のない火曜か水曜にバイトをしたいとの話だった。ともにうちの定休日なので、二つ返事で承知した。

 

 問題は1人で店を回してほしいこと。2人でカウンターに立ってバイト代を払えるほどの余裕はない。美容師も同じ客商売であるから、接客はお手の物だろうけど、いきなり1人で店に立つのは本人も不安そうだった。

 

 ならば、2人で何回か店に立ってみて、春ぐらいから1人でやってみようぜ、という話にまとまった。火・水営業のスケジュール開始が決まったらお知らせします。

 

◆2月3日

 

 近所に住んでいるらしい男が何年かぶりに店にやってきた。一見してだいぶ酔っているなと思った。「どうも久しぶりですね」と言うと、男は「なんで覚えてるんだよ」と言った。

 

 カウンター席に座るなり、うちや近所の店の文句ばかり言っている。なにが気に食わないのか、皆目わからない。1杯飲んだら帰っていった。どうしたんだろ、あの人。

 

◆2月6日

 

 古い仲間で、約20年前から中国に住んでいるノブとメールで連絡をとった。中国で所帯を持ち、家族4人で上海に住んでいる。新型ウイルスの影響を聞くと、「家族みんなで家の中に閉じこもっている。子どもたちは2月いっぱい休校だ。退屈で精神的に参っているよ」と書かれていた。

 

 家に閉じこもっているのは、感染を防ぐことはもちろんだが、「隔離」がなによりもこわいからだという。ええいかまうものかと不用意に外に出れば、その姿をドローンが発見し、検温されて少しでも熱があろうものなら、すぐに「隔離」である。

 

 隔離先は病院ではなく、設備のないホテルや施設。隔離された状態が長く続くと、みんな精神がやられてしまうのだとノブは言っていた。今の状況は「SARSの時と全く同じだ」とも。

 

◆2月10日

 

 長男の高校受験が始まった。

 


2020年2月11日
下高井戸credo
バータイム店主

 

◆1月3日

 

 保釈中だったカルロス・ゴーンが海外にフケて、その逃亡経路や手段が明らかになってきた、というニュースを正月のテレビ番組で見ていたら、途中で「ぎゃっ」となってチャンネルを変えてしまった。

 

 自宅からホテル、空港に移動する際、やつは部分的に音響機材を入れる箱の中に入って移動していたという。キャスター付きの大きな機材入れをサンプルとして紹介していた。いかにも頑丈そうな真っ黒なものに、バチンバチンと鳴りそうなしっかりした留め具が光る。空気穴も開けられていたという。

 

 内側から空けることはできないだろう。ゴーンがどれぐらいの間、この中に入っていたのかは分からない。真っ暗な中で息を殺し、一味が留め具を開けるのをじっと待つ。もしも自分がそんな状況に置かれたら、数分で発狂してしまうだろうなと思った。

 

 番組ではスタッフが実際にその機材入れに入ったりして、「思ったよりも中は~」などと感想を言っていたけれど、どうでもいい。これ以上は見ていられなかった。ぼくのような日本全国の閉所恐怖症たちは息苦しくなって、この瞬間にテレビの前から逃げ出したことだろう。

 

***

 

 自分が閉所の恐怖を初めて感じたのは20年以上前、社員旅行でグアムに行った時のことだ。

 

 潜水艦に乗って海中探索するアトラクションがあると聞き、同僚と2人で乗った。どんどん潜っていき、水深40メートルあたりでとまった。いつものコースらしい。「しばらくこうしているから、海中の様子を楽しんでね」などと英語のアナウンスがあった。エンジンも止まり、静かになった艦内から海中をしばらく見ていたら、身の危険を知らせるような、ぞわぞわとした感覚が体と脳にきた。

 

 不快感はたちまち強まり、息苦しくて背中にたくさんの汗をかいた。小さなバスほどのサイズの潜水艦に、数十人の人間が押し込まれて、海の深い場所でじっとしている――いま置かれているこんな異常な状況に意識が向かうと、気がどうにかなりそうだった。横に座ってのんきな顔をしている同僚が救いだった。彼に無関係なことをたくさん話しかけて必死に気を紛らわせた。

 

 やがて潜水艦が動き出し、海上に出て少しするとハッチが開いた。すぐさまデッキに出た。外の空気と太陽がありがたかった。

 

 自分はきっと、せまい場所や身動きのできない状況などに息苦しさを感じてしまうタチなんだろう。そんな風に単純に考えてきたのだが、その数年後、まだ小さかった息子といっしょに観覧車に乗った際、この恐怖症が自分の中に根深く育っていることを自覚した。年を取るにつれて高い場所も苦手になっていたので、この時の観覧車はまさしく恐怖であった。

 

 閉所への恐怖感は、さらに後年、ぼくを困らせることになるパニック発作につながっていくのだが、その話はまたいつか。

 

***

 

本年は1月9日より営業を開始します。
よろしくお願いします。

 

2020年1月7日
下高井戸credo
バータイム店主