怒っても、全然違う | 脳や身体と対話して、重い頭と心と体を軽くする。生きづらさ・悩みを解決。/心体カウンセラー™️・セラピー 武田美紀

脳や身体と対話して、重い頭と心と体を軽くする。生きづらさ・悩みを解決。/心体カウンセラー™️・セラピー 武田美紀

心・精神・体の安定は、与えられるのでは無くて自分の中に生まれるものです。
心の安らぎや健康を手に入れるサポートを心体カウンセリング™️・セラピーで行なっています。
不安や恐怖から解放されるサポートをしています。


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私には怒りもあって
隠してるわけではなく、怒るような事があれば出てくるときは出て来る。


しかし、
あんまり表立ってプリプリと怒る機会もないから何か達観してるように思われる事があるのかも知れないけど
自分自身でも「恐ろしい怒った風情」は自覚しているんですよね。


私を『怒らない人』と思ってくださる方が居たら、ただの思い違いです。
顔に出やすいので、別に隠しても居ませんし、隠せません。笑




怒りにも大小があり
昔は「怒る」という事自体がそれが小さな怒りでも  「=(イコール)未熟な人間」という決めつけがあり
怒った後は理由が正当であれ、未熟であれ、凹んで反省していました。

怒ると自分の罪悪感が刺激されまくりでした。笑


世の中には 
人を怒らせるのが上手な人がいるもんです。


そう、
自分の至らなさだけではなくて
関係性というものがある。


そんなイライラする様な事をする人とは距離を置けばいいのでしょうが
距離を置いても ちょっかい?というか、面倒な接触がやまない場合もある。

身内などはその1つの対象になります。

人によっては勤め先にそんな関係の方がいたり、
恋人や友達(なの?本当に)にいるかも知れませんね。



八つ当たりしたいばかりの人は
やっぱり逃げても追ってくる。なんてこともありますね。
まさにその八つ当たりが依存、甘えの時もあるわけです。


文句ばかりを言うなら別れる手もあるのに、文句を言いながらも別れるのは怖い、文句を言われる方は心を殺して しかし添い遂げる。
こんなケースもあります。

文句を言いながらの人生。
文句を聞き続けての人生。
虐待されながらの人生。
自立して連鎖から抜け出た後の人生。
いろいろありますね。


こんな事を書いているのも、
私は久しぶりに怒ったのですが、ただ怒っていては勿体無いので
「人を怒らせるのが上手な人」の行動を見てみた。


それをコミュニケーションと書くのは
私はしたくないのですが、
このねじれた様に感じる この方法をコミュニケーションとして利用してるんだと気がついた。


相手がどう捉えようと
「私はこれを普通の会話と呼びます」という認知。
素直になれなくてこの様にしかできない。としたら、それがその方の会話術なんですね。
ただ、自分の不安や不満や怒りをぶつけるしかない。という会話術。
(有益な何かが生まれるとか生まれないとかは今は話題にしません。)


そう言えば、過去に
折り合うのではなく、「言い負かしたら勝ち」「痛い目に合わせた方が勝ち」「その場で相手が嫌がる最大の言葉を使って痛めつけたら勝ち」という根底からの信念を持っているのだろう感じる方も居ました。
信念というか性質なのかも。

先のことではなくて
目の前の「勝ち」を好むタイプも。
もちろん、長い関係などは私は続きませんけれど、やはり気の合う仲間はいた様です。


面白いのは、そんな「勝ち」方が好きな人も、長く続きたい仲間の前ではそれをしない。(が、いつか我慢できなくなって爆発)
ということは、やっぱり相手を選んでいたのでしょうね。



私にはあまり理解できないけど、そう思ってるだろうと思える節があったんですね。


負けるが勝ち。なんて言葉は、多分理解できないのだろうと思う様な出来事もありました。
思考は無し、反射のみ。
感情の反射のみ。
 


生き方としては
まさに これも「今を生きる」でしょう。


毎回相手が怒っても
なぜ、どうしていつもそうなるのか? という事は考えない。
おそらく、考えが及ばないというのが近そう。
考えられない。
思考にないなら考えられまさんよね。
または、相手を選んで、それを気にすることなんてない。という判断をしている。




今を生きる。と言ったり書いたりしても
決して同一の意味では無いので、
このタイプで今を生きて居たら、
その先のための反省も必要ないし
過去を違う視点で見直すことも少ない様です。
なぜなら、長い目で 通して物事を考えないからだと思います。


感情のまま、
人間脳は鍛えず長く生き過ぎると
軌道修正ができなくなるのでは?とも思ったことがありました。
本人が「変える」という事に意識がいかないのだから。


ですから、
思考と行動のタイプが全く違うことはわかっているつもりでも
それでも お門違いの絡まれ方をした時に話が通じなくて私が怒るという事は
私の考え方は伝わらないということに対して「認知不足」なんですね。


もう全くの認知不足。

世界観が違うのですね。


なるほど、自分の改善点はここだなと思うのとは別に、
腹の立つ事をされたら腹が立てれば良いんだけど
昔の私と全然違うのは怒った後でした。


モヤモヤもしない。
じゅくじゅくとした後引く反省も無し。
なぜが刺激されていた罪悪感もなし。


自分の目に、自分でかけていたフィルターに気がついて
「ありのままを見る」だけの事でした。


今でも どんどん 自分の中の「良かれ」という価値観に気がつくし
それに対しての執着にも気がつきますが
その有様は数年前とは全く違います。


気がつくだけでOK。
足りなければバランス調整をしたら良い。
必要なら行動に移す。

こんなのが身についてきたのか
身体にもこたえない口笛
軽いラブラブ

本当にこの変化はひたすら嬉しいルンルン


ベシャッと不快なものを投げられた様な気持ちになっても、
テレビショッピングの強力洗剤のデモンストレーションの如く
「あっという間に、あら不思議キラキラハート
取れちゃいました口笛ルンルン
こんな感じです。


後を引かないことが、こんなに楽だというとを皆さんにも体験して欲しいです。
一度で良い。

一度でも体験すると、それはまた取り出せる体験記憶になる。


今はかえって、
いやぁ〜久しぶりに きっちり怒ったな。などと清々しい感じです。


細かい変化や大きな変化は
日々は自覚がないかも知れないけど
いざ何かが起こった時に 
あら!?  前と変わったわルンルン  と認識できるものですね。


ポジティブもネガティヴもなく
そのままを捉える。という事は
なかなか楽しい作業ですな。

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楽しいと言えば
facebookで上がってきた5年前の
キネシオロジー体験講座の模様です。

この時着ていた服は全部変わらず持ってて
もちろん着る機会もあります。

この時も楽しかったなニコニコ

那覇や名古屋で体験講座をやっています。
ご利用下さいませニコニコ

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