花のこと

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新しい年を迎えるといっても喪中の今年。

お飾りも松も豪華な花も飾らずに静かに年を迎えた。

せめてはと庭にある千両の枝を小さな一輪挿しに挿して置いたのだけど

帰省していた息子が「この赤い実は南天?」と聞く。

千両と万両という植物があってこれは千両のほうだと答える。

息子は名前を面白がって さっそくスマホで検索する。

「実の付き方が違うんだ。千両は葉の上に実がついて万両は下なんだって」

植えた覚えがないのでたぶん鳥が運んできたのだと思う。

庭の隅に千両も万両も重なるようにして生えている。

 

息子が大学生だった時に散歩していたら

道端の雑草も見て息子が「踊子草だったっけ?仏の座?」と聞いてきたことがあった。

私の絵画教室では春探しと称して春の花(雑草)を探してはがきに描き家族に送っていた。

小学生のころは息子も私の生徒だったので毎年春の花たちを描いていたのだ。

見つけた小さな花を紙の上に置いて植物図鑑で名前を調べた。

そんなことがどこかに残っているのかもしれない。

何よりも身近な花を愛でる心が育っていることが嬉しい。

 

生きているといくつもの戦いの中に飲み込まれてしまう。

でもそれは人として逞しく生き抜くための闘いであってほしい。

若者を本当に血を流す戦場に送らなくてすむ社会であってほしい。

花を愛し 吹く風を楽しみ 空に想いを載せるそんな心を大切にしたい。

 

9月の雨の日に

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展覧会の予定がぎっしり詰まった今年。

ちゃんとクリア出来るのか不安でした。

 

6月12日(県女流協会展搬入の日でした)静岡市内にいた私のもとに

父入院の知らせが飛び込んできました。

春先から何度か発熱を繰り返してはいたのですが

それなりの処置を受け施設に戻ることができていたのに

ついに入院!!

環境が変わって意識の混乱は見られたものの

食欲もあり一度は退院の予定も組んだのですが・・・・

7月、8月と入院は長引き、そしてだんだん体の動きが悪くなっていきました。

7月末ごろから食事がとれなくなり、点滴だけで持たせているような状態が続きました。

それでも父は治ろうと思っていました。

そして回らなくなった舌でおどけたことを言ってみせるのでした。

こんなに面白がり屋さんだったんだ。それは新鮮な気づきでした。

いつも不機嫌そうな顔をしている父の印象が強かったのです。

父は私が絵を描くことなど望んではいなかったと思います。

学費がかかるばかりで将来が見通せません。

親ならもっと安定した職業をと望むでしょう。

それでも、半ばあきらめていたのかもしれませんが

病床で「今は何を描いているんだ?」「早く帰って描きなさい」と

そう言ってくれました。

最後はやはり心細かったのか「おとうさんかもっといてほしいけど」と言っていたけど。

「暗くなるから気をつけて帰れよ」と。

最後の夜ぐらい一緒にいてあげたかった。

様態が安定していたので帰宅して

その翌朝9時半ごろ電話をもらって病院に駆けつけるともう息はありませんでした。

9月10日、誕生日のちょうど一か月前。86歳でした。

お通夜の日は万野原新田にあるRYU GALLERYでの個展搬入日。

慌ただしくて感情が凍り付いているみたい。

ただただすべきことをこなしてきました。

今日で二週間。ふいに父のことを思い出すようになりました。

 

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