#11「話し合い」のルールを学んでいない? | あら50の心理カウンセラーでございます

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(つづきfrom#10

 

 2人で(あるいは集団で)何かについて話し合っているとき、あなたは自分の考えを言葉にすることができているでしょうか? その場では自分の考えを言えず、後で誰かに愚痴をこぼすようなことはないでしょうか?

 自分の考えを言えない(言わない)関係があることは、自分が思っている以上に心身へのダメージを残します。また、その不誠実な行動が互いの関係性を悪くさせてしまう面もあります。

 ではなぜ、自分の考えを率直に伝えられないのでしょう? いろいろな理由が考えられますが、ここでは「話し合いのルールを学んでいない」ことに焦点をあてて考えていきましょう。

 

「ヒトとコトを分ける」ができていない?

 誰かが何か失敗したとき、「何やってもダメだね」など声をかける人がいます。たぶん前にも失敗があったのを知ってて言ったのだと思いますが、この世に「何をやってもダメな人」はいません。論理が飛躍して、失敗の非難ではなく、失敗した人の人格や存在自体の否定になってしまっています。

 この例のように、何かの失敗をした「ヒト」の存在や人格を否定することと、失敗という「コト」自体を非難することの区別ができていない場面は、誰もが経験していると思います。

 人には、いくつかの出来事から一般論を導き出す性質があります。それが極端だと「一事が万事、こんなことするヤツは、全てにおいて××なんだ」という考えが、1ミリも間違っていないと思うようです。それが人格を否定につながっていていても、「私は間違っていない」と確信している人もいます。

 世の中には、

 ●人権や人権侵害についての考え

 ●ヒトとコトを分けることの大切さ

この2つを学んでいない、または、知っているけど身についていない人が、だいぶ多いのではないでしょうか。

 

誰かと「話し合う」とき

 人と話し合うとき、人は自分と違う考えに出会うでしょう(考えがまったく同じ人はいませんね)。そのときに、「私には違う考えがあります」と伝えるコトは、相手のヒトを否定・非難・攻撃するのとは違います。このようにヒトコトが分けられていれば、「相手(ヒト)」を互いに尊重しながら、「考えの違い(コト)」について話し合うことができます。

 

 ヒトとコトを分けられない場合、考えが違うコトは、考えを否定するコトであり、それは相手のヒトを否定するのと同じ意味に受け取られてしまいます。このような思考回路では、「相手のヒトを否定したくない」ときには「(相手と違う)自分の考えは言えない」ことになるでしょう。立場を入れ替えたときも「自分と違う考えを言われたコト」が「私というヒトが否定されたこと」になるので、「考えの違い」についての話し合いができません。

 

 さて、みなさん(まわりの人)は「ヒト」と「コト」を分けて人と関わることができているでしょうか? 頭では理解できても、実践することはなかなか難しいと思います。「あなたを否定したいのではなく、出来事や考えについて意見を述べただけですよ。あなたを大切に思っているから、言っているんですよ」と言葉にしても、まったく通じないこともあります。

 ディベートのトレーニングを受けた人たちは、激しい論争をしていても、議論が終われば一緒に楽しく飲みに行けると聞きます。日本だと、先生が期待する答え以外の発言は、先生に否定されちゃうイメージがあります。考えを互いに自由に表明できる社会になっていくは、やっぱり教育が大事なんだろうなと……。

 

(つづくto#12

 

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