Blooming words 言葉と文化を通して人と繋がり、世界を広げる
  • 23Sep
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      「ママ、けー」と「けっぱれ」 津軽弁がしみる映画「いとみち」

      9月も後半になりましたが、あなたは今年、映画館で映画を見ましたか?コロナ禍では、映画館に行くことをためらう方もいらっしゃるでしょう。わたしも、しばらくは控えていました。今でも、家から歩いていける、1箇所の映画館にしかいきません。 その映画館で、今日まで上映されていた「いとみち」は、絶対に見たいと思っていた映画でした。越谷オサムさんの原作も人気だそうですが、わたしはこの映画で初めてこの「いとみち」に出会いました。 「いとみち=糸道」とは、日本国語大辞典によると「1)常に三味線を弾く人に、弦の摩擦によってできる、左の人差し指のつま先のくぼみ。2)三味線などを弾く技能。三味線の年期や巧拙の程度。多く「糸道がつく」の形で、三味線の技術が身につく意で用いられる。」とのこと。 この映画の主人公・相馬いとは筋金入りの濃厚な津軽弁を話す高校生。 津軽三味線の名手の祖母、母から受け継いだ三味線の才能を持つ、話すことがあまり得意ではない女の子です。 (いとが小さい頃に、母は他界しています) もちろん、この映画の中で津軽三味線の存在感も大きいのですが、何と言っても、人の関わり方があたたかい。 いとの祖母役の西川洋子さんは高橋竹山さんの最初のお弟子さんなのだとか。 津軽三味線の名手であることはもちろんなのですが、これが初めてのお芝居とは思えないほど、本当に自然なおばあちゃんでした。 いとの手を触るさま、あまりベタベタせずに愛情を示すところなど、しみじみとおばあちゃんの暖かさが伝わってきました。このおばあちゃんもバリバリのネイティブ津軽弁で話すのですが、とにかく映画全篇がオール津軽弁なのです。 ところどころわからない言葉もあるのですが、何度も出てきて「ああ、いいな」と思ったのは、いとの祖母がいう「ママ、けー」という言葉。 「ご飯を食べなさい」ということなのですが、このおばあちゃん、いとの父(大学教授)の学生が来ても「ママ、けー」とせっせとご飯を出し、孫のいとにも「ママ、けー」と声をかけます。 いとが出かけようとすると玄関脇に置いてある干し餅を「け」といって持たせます。 うちの母もそうですが、ある程度以上の年齢の女性たちはどうも人に食べさせようとする人が多い気がします。 家族だけでなく、若い者が来ればお腹が空いているだろうとご飯を出し、娘の友達が遊びに来ていればおやつを出したり、自分が出かけるときにも「冷蔵庫に●●が入っているから」と言い、娘が出かけようとすれば食べるものを持たせようとする。 実際に、わたしも友達のお母さんや年長の女性にしていただいたことがたくさんあるのですが、おばさまたちは落ち込んでいる人がいれば「これを食べなさい」と甘いものを差し出したり、「これ、持って帰りなさい」と持たせたりする。 それは思いやりであり、愛情なのですよね。 この映画の中でも、いとの祖母だけでなく、やはりそんな女性たちが出て来ます。 主人公・いとは言葉にして気持ちを伝えることが上手ではないのですが、胸の中には様々な思いがあり、メイドカフェのアルバイトや友人の出会いを通じて成長し、父とも向き合えるようになります。 豊川悦司さん演じるいとの父が、初めて娘が働くメイドカフェを訪れた時、いとは店長に頼んで父のために自分でコーヒーを淹れ、お店の自慢のアップルパイと一緒に父の前に並べます。 そんな娘に父がかけた言葉は「けっぱれ。」 父が帰った後のテーブルには、綺麗に完食したお皿の脇に「め」と書いた紙ナプキンが。 「め=うまい」。なんだか泣けてきてしまいました。映画の中で「おらんどみんな不確かだ。生きるってそういうことだべ・みんなで頑張るべや」というセリフがあります。 本当に、今、みんなが不確かな中でもがいている。 でも、「ママ、けー」とあたたかい気持ちをかけてくれる人、いつもは言葉にしなくても「けっぱれ」とそっと応援してくれる人は、必ずいる。 だからこそ、自分のためにも、周囲の人のためにも、がんばって生きたいですよね。 この映画、しみじみと良い映画でした。 俳優さんたちも素晴らしかったし、いとと祖母が弾く津軽三味線も本当に素敵だったし、ところどころ意味がわからなくても、津軽弁のあたたかさは心地よかったし、どーんと存在感のある岩木山もいとの家の近くのリンゴ園も、「ああ、青森に行ってみたい」と思わせてくれたし・・・。 夢中になって見ました。 吉祥寺での上映期間は短かったけれど、この映画に今出会えて、本当に良かったです。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

  • 21Sep
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      待ちに待った展覧会と台湾マンゴー

      昨日は朝から秋晴れでしたね。暦通りにお休みだったので、(23日の祝日は仕事ですが)久々に上野の美術館に向かいました。というのは、9月18日から東京都美術館でずっと楽しみにしていた「ゴッホ展響きあう魂 へレーネとフィンセント」が始まったため。普段電車に乗らなくなっているわたしには上野に行くこと自体もちょっとどきどきしていたのですが、この展覧会はどうしても見たかったのです。以前のように、うかうかしている間に緊急事態宣言の影響で展示期間途中にも展示が早期終了される、という可能性もあり、思い切って出かけてきました。やはり、行ってよかったです!へレーネというのはゴッホをはじめとする絵画の収集家でクレラー=ミュラー美術館をゼロから作り上げ、初代艦長となったへレーネ・クレラー=ミュラーのこと。彼女はゴッホの死後に彼の作品に出会い世界最大の個人収集家となるのですが、彼女がなぜ絵画収集を始めるようになったかもしっかり説明されていて、それも興味深かったです。そして、ゴッホの絵!「黄色い家」や「糸杉」の傑作と言われる「夜のプロヴァンスの田舎道」は16年ぶりの来日だそうで、「前に見たのは大阪の展覧会だったな…」と思い出したりもしました。 考えてみると、今回はひまわりの絵もゴッホの自画像もなく、初めて出会う作品もたくさんありました。色鮮やかな「レモンの籠と瓶」や愛らしい「レストランの内部」、神々しい「種まく人」も素晴らしかったですが、黒チョークで書かれた人物像もしみじみとした存在感がありました。以前なら人気の展覧会は入るまでに2時間待ち、とか入ってからも人でぎっしり、ということもありましたよね。今は日時指定券のおかげで、休日でもあまり混まずに作品を楽しめるのがとてもありがたいです。見終わって早々に帰りましたが、休日の昼間なのに山手線はびっくりするほど空いていて、「やはり皆さん、外出を控えているのかな」とも感じました。行くかどうするか悩みましたが、やはり行ってよかったです(^^)また、上野公園の広場で台湾フェスが開催されていて、展示の指定の時間になる前に、マンゴーたっぷりのフローズンマンゴーをいただきました。 本当に、台湾に行った時に食べたマンゴーを思い出しました。また台湾にも行けるといいなあ、と思いつつ美味しくいただきました(^^)あなたはどんなお休みを過ごされましたか?今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。(絵画の写真は東京都美術館の展覧会チラシの写真です)*中秋の名月兼満月、は今晩ですが、昨日のお月さまも、とても綺麗でした🌕

  • 18Sep
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      気をつけて、お過ごしください。

      月曜日は敬老の日でこの週末は3連休のお休みですが、台風14号が上陸していますね。まだ東京には到達していないものの、東京でもすでに雨が降っています。(関西でいう「ざざぶり」状態になったり、小雨になったりの繰り返しです)電車や飛行機が止まったり遅れているというニュースも聞きました。わたしは台風が近づくと気圧が変わるためにおこる「台風頭痛」が出ます。 そのこともあり、珍しくUberEatsのお世話になりました。 (配達員さん、ありがとうございます!)他にも何かと症状が出る方もいらっしゃるでしょう。みなさま、どうぞ気をつけてお過ごしくださいね。敬老の日、と言ってもわたしの祖父母は父方・母方ともに亡くなっているので、少し早めに両親にお菓子を送りました。 (母の好きなお菓子なので、早速お礼のメールが届きました(^^))早いかな?と思いましたが、台風にかかっていたら配送も遅れたでしょうから早めに送っておいてよかったです。それにしても、札幌の兄もようやくコロナワクチンの予約ができてよかった、と思っていたら、今度はインフルエンザワクチンのお話も聞くようになってきました。5−6年前から毎年打つようにしていますが、やはり、今年もうっておこうと思います。インフルエンザもコロナも、自分だけの問題ではなく、人に感染させるリスクも避けたいですしね。三連休も自宅で過ごす方が多いと思います。 心穏やかなお時間になりますように。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *武田砂鉄氏の「日本の気配 増補版」(サインは意外と可愛らしい)を読んでいるのですが、「予測された混迷ーただ解体が進んだ国立競技場」として、あの国立競技場をめぐる問題が書かれていました。  (先日ご紹介した映画「東京オリンピック2017 都営霞ケ丘アパート」のこと、覚えていらっしゃいますか?) 武田さんは競技場近くの出版社にお勤めだったこともあり、競技場周辺の地域住民への取材を続けていたのです。 解体する必要がなかった国立競技場がいかに力づくのやり方で進められていったか。 「数週間のイベントのために、そもそも建て替えは本当に必要なのか?」ということがきちんと検討されることなく進められたことをわたしたちは忘れてはいけないと思います。 最近、NHK ETVで武田さん担当の「群集心理」を見ていることもあり、「安全安心」「どうせやるんだから」など、漠然としているのに一見良さそうに聞こえる言葉、わかりやすい単純化した(細部の思考のない)言葉に無意識に絡め取られる危険を強く感じています。

  • 14Sep
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      「もったいない」や「思いやり」はどこへ

      月曜日、吉祥寺で映画「東京オリンピック2017 都営霞ケ丘アパート」をみた後、青山真也監督の舞台挨拶がありました。 また、作家の森まゆみさんなどとともに「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」の共同代表を務める建築家の大橋智子さんも少しお話されました。(大橋さんはこの映画の中にも登場しています) 建築家の大橋さんは新国立競技場の案としてのちに白紙となるザハ案が選ばれた時、「あの地域にこんな大きなものが建つはずがない」と思ったそうです。 そして、それをきっかけに、「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」の活動を進めることになったのです。 この会は国立競技場を建て替えるのではなく、元の国立競技場を改修・リデザインして、「風致地区とその景観を守るとともに、日本の誇る『もったいない』 という物を大事にする美風、江戸からのリサイクル・リユースの伝統を世界にアピールする、環境にローインパクトな国立競技場計画」を要望していました。 ですが、ザハ案は撤回されたものの、結局は国立競技場は建て替えられることになり、都営霞ヶ関アパートも解体されることになったのです。映画の中で、忘れられないシーンがありました。アパートの住人の中に、片手がなく、もう片方の手にも障害がある男性がいました。この方は手を借りられる部分は借りたかもしれませんが、基本的には一人で荷物を箱詰めし、エレベーターのないアパートで箱を一つずつ、一人で階段を引きずるように運びます。 男性が箱ごと階段から転がり落ちるのではと見ていてハラハラしました。 そして、1階まで下ろした箱を一人で荷物用のリヤカーに苦労して積み、一人でそれを引いて移転先まで運ぶのです。 唖然としました。 障害がある人に移転期限までに引っ越せというなら、それを可能にするサポートをしてしかるべきなのに、都からは何のサポートもなかったのです。 男性が一人でリヤカーを引いて歩いていると後ろから、野球部員らしき男子高校生たちが20人以上はいそうな集団でランニングをして来ました。 「これだけの若い子たちが手伝ってくれたら、このおじさんも助かるだろう」と思って見ていたのですが、高校生は誰一人としておじさんに声をかけず手も貸しませんでした。 あれだけの人数がいたら、おじさんの肩からぶら下がる服の袖を見ておじさんには片腕がないことに気がつく子が一人くらいはいそうなのに。 おじさんも、自分からは高校生に声をかけませんでした。もしかしたら、おじさんはこれまでも簡単に人に助けを借りることをせずに極力一人でなんとかしてきたのかもしれません。 でも、もし誰か一人でも「おじさん、僕たち、手伝おうか?」と聞いていたら、おじさんも頼めたかもしれないのに。 自分自身も肝に命じなくてはいけませんが、 障害を持つ方や高齢の方、誰かの助けを必要とする方に当たり前に配慮できる人でいたいですね。 そして個人だけではなく、国・社会も人に配慮をすることを忘れないでほしいです。霞ヶ関アパートの移転期限は1月末で、住人たちはいちばん寒い時期に引越しすることになり、高齢者にはそのことも体にこたえるようでした。 それだけではなく、故郷のようなコミュニティを離れる寂しさ、散らかっているように見えても暮らしなれた家を離れて慣れない住まいで暮らす不安、引越そのものの大変さ、数十年暮らすうちに溜まった懐かしい物も捨てなくてはいけない悲しさ。 引越しを控えた女性が電話を受けて 「すごく大変なことやってる。泣きたくなる。やだねえ。」と話しているのを聞き、わたしまで泣きたくなりました。 この映画には、2度の東京オリンピックで2度の立ち退きを迫られた男性も出てきます。 この方は東京新聞の記事の中で(2021.8.8付「五輪が奪った私の暮らし国立競技場工事で2度立ち退き」)このように話していました。「地域の催しで交流を育み、年を取れば同じ高齢者の相談相手になった。『だんなの愚痴を聞いたり、終活の相談を受けたりね、いろいろお付き合いさせてもらった。人生の宝です』」 アパートの住人の方達は引越し後に亡くなった方も多く、この男性の奥様も2年前に亡くなり、映画の冒頭で「私たちがどいてオリンピックが開催できるんだから招待チケットくらい欲しいわ」と話していた女性は、移転後まもなく脳梗塞を起こし、亡くなったそうです。 映像の中の人々の様子はたんたんとしているのですが、だからこそ、胸に迫ってくるものがありました。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *上演後の監督舞台挨拶の後、ロビーで青山監督と大橋智子さんに映画パンフにサインをいただきました。お二人と少し映画のお話ができたこともありがたかったです。

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      オリンピックに奪われた「終の住処」

      しばらく映画館行きを我慢していたのですが、この前見たかった映画を見逃して激しく後悔したので、行きつけの映画館で今週上映が終わる映画を思い切って見に行ってきました。 映画「東京オリンピック2017 都営霞ケ丘アパート」はオリンピックに伴う再開発のために解体される霞ケ丘アパートを去ることを余儀なくされた住人たちの様子を淡々と追って行きます。 もともと、1964年の東京オリンピックの前に国立競技場周辺が整備され、長屋などが解体されて建設されたのが都営霞ケ丘アパートでした。 (つまり、この時もオリンピックのためにそれまでの住まいからの立ち退きを迫られた人たちがいたのです)  10棟・300世帯が暮らす都営霞ケ丘アパートは、そこだけで1つのコミュニティになっていました。  次第に住民の高齢化は進みましたが、住民たちはこのアパートをふるさとのように思いお互いに助け合いながら暮らしていたのです。 それなのに、2012年になって、東京都から一方的な移転要請が。 詳細を書くと長くなるので省略しますが、東京都は一度も住民の意見をきちんと聞く場を設けないまま、移転を「国策により決まったこと」として推進します。 若い人たちなど、早期に移転要請に応じて引越す人もいましたが、単身の高齢者や、障害や病気がある方、経済的に余裕がない方などにとっては移転は簡単なことではありません。 「このアパートだから安心して暮らせた、引っ越したくない」「引っ越したくてもできない」と移転に反対する方たちもたくさんいたのです。 東京都の一方的なやり方に納得できない方達がいたのも当然のことでした。  それでも、2017年にはこのアパートは住民すべてが退去し、全棟解体されたのです。 この映画ではそのような経緯とともに、このアパートを離れる前の住人たちの暮らしが静かに描かれるのですが、わたしにも高齢の両親がいるので、見ていて胸が痛みました。 慣れ親しんだご近所さんとの「ほら、あそこの朝顔があんなに綺麗に咲いて」などという話も、それぞれの場所に引っ越していったら、もうできないのです。 アパートの中には昔ながらの小さなスーパーがあるのですが、やはり足が不自由な方、重いものを持つのが大変な方もいるので、店主夫妻が品物を届けることもあります。 そして、品物を届ける時は配達するだけでなく、お客さんの家族の話を聞いて励ましてあげたりもしているのです。 本当に、ここの人たちはお互いに助け合って暮らしていたのです。そして、引っ越し自体も、70−90代の高齢者にはそれも大仕事です。 おばあちゃん二人でエアコンの室外機を動かしているところなど、見ていて手伝いに行きたくなりました。 住人の中には障害のある方もいますが、移転にも特別配慮はまるでなく、全て一人で手配しなくてはいけないのです。 東京都からは移転料として17万円余りが支払われることになっていましたが、それは前払いではなく、支払いは引越完了確認後。 たとえ一時的にでも高額な引越費用を立替払いすることは、経済的に余裕のない方にとっては大きな負担になったのでは。 また、特別な配慮が必要な方へのサポートもなかったのです。 長くなりましたので、続きはまた次回に。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *今回の上映後は青山真也監督の舞台挨拶がありました。 また、この映画にも登場する「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」共同代表の建築家、大橋智子さんもお話を聞かせてくださいました。 

  • 12Sep
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      少しずつ、秋は深まって。

      わたしの職場では9月から新年度。 その第1週の慌ただしさも落ち着き、仕事の後に資格の勉強をしたりしつつ、日々ひっそりと過ごしています。 まだ暑い日もありますが、昼間は蝉が鳴いていても、日の落ちるのも早くなりましたね。 夜には秋の虫の声が聞こえるようになりました。 昨日、一昨日とほぼ家にこもって過ごしたので昨日の夕方に吉祥寺まで散歩がてら、買い出しに。 久しぶりにマクドナルドに寄って「月見パイ」を食べていると、近くの席にわたしと同じ資格の勉強をしているらしい女性が。  (問題集でわかりました^ - ^) 「がんばりましょうね」と心の中で声をかけ、お店を出ました。 帰り道、暗くなった井の頭公園ではまだ花火を楽しんでいる人もいて、暗闇に浮かび上がる光と花火の匂いに夏の名残を感じました *今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *この絵は、先日立ち寄った高橋だいちさんの個展で入手した「織りなす旅人たちへ」。 なんとなく、秋の雰囲気を感じます。 子供時代、祖父母の家のあった道東の遠軽の空気を思い出しました^ - ^

  • 06Sep
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      ひっそりと一人で暮らしていると。

      今年の夏はすいかを堪能しましたが、9月に入り、秋の果物もたくさんで回るようになりましたね。 わたしはリンゴが好きなのでいざという時にも備えてメルカリでリンゴを箱買いしました🍎そのままでも美味しいですが、果物を切らした時のために加熱して冷凍したりもしています。 一人暮らしのリモート勤務を続けていると、やはり万一コロナ感染した時のことを考えて用意してしまいます。 まだ遠出できないので、週末も家で勉強や読書をしたり、散歩がてら近所で買い物をしたりするくらいで終わるのですが、昨日、買い物帰りに近所のギャラリーをのぞいてみました。 「たかはしだいち個展City 〜僕らの街に〜」というタイトルで、画家さんご本人もいらっしゃいました。 このポストカードに描かれているのは、井の頭自然文化園の正門近くの歩道橋のよう。(「画家さんに聞けばよかった」と、後になってから思いました)  可愛らしいな、と思い、ポストカードを数枚購入したのですが、「今日は特別に、もう1枚選んでください。差し上げますよ」 と言っていただき、ありがたくもう1枚選ばせていただきました(^^) (買い物先の店員さん以外)今はほとんど直接人と話すこともないのでそのお心遣い、ひときわ嬉しく感じました。いろいろと世の中の動きもある中で人の心の温かさに触れると、ほっとしますね。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *今日からETVで武田砂鉄さん担当の「100分de名著」が始まります。取り上げられるのはル・ボンの「群集心理」。 まさに、今、ぴったりのお題では。しっかり学べそうで、楽しみです。

  • 02Sep
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      ジョーも、アンも、ハイジも、ローラも。斎藤美奈子さんの「挑発する少女小説」

      文芸評論家・斎藤美奈子さんの本はいつ読んでも刺激的。  わたしがかつて持っていた「文芸評論」という言葉のイメージは斎藤さんの本でガラリと変わりました。 その作品を時代背景や女性から見た視点も含め、詳細に、でも歯切れよく書いていく。 毒もユーモアも含んだ文章そのものもとても魅力的で、20代の頃からファンでした。 斎藤さんの本で紹介されていたので読んだ本もたくさんあります。 そして、今回の新刊「挑発する少女小説」(河出新書)で取り上げられているのは「若草物語」「赤毛のアン」「あしながおじさん」など、本好きの女性なら(男性も?)一度は読んだことのある本ばかり。   ちなみに、「少女小説」と言えば日本では古いところでは吉屋信子さんなどの作品を思い出す方もいらっしゃるかもしれません(いや、さすがにあまりいないかな)。 この本で扱われているのは19-20世紀に書かれた欧米の翻訳物の作品で、女性の作家が少女向けに書いた「家庭小説」とも呼ばれるジャンルの作品。 当時は家庭小説は、斎藤さん曰く、「宗教教育や家政教育を含めて、よき家庭婦人を育てるための良妻賢母の製造装置」だったのです。 そのような欧米の少女小説が戦後の日本で親しまれるようになったのは自然の流れたったのかと思いきや、その背景には「GHQの民主化政策が関係していた」のだとか。 なぜなら、それは「欧米型の望ましい家庭生活を女子に学ばせるツール」だったから。 でも、「赤毛のアン」や「若草物語」のジョーはいわゆる良妻賢母型の女性ではありません。 斎藤さん曰く、もっと見本になるようなお嬢さんを描いた作品はもっとたくさんあったはず。 でも、その中で時代を超えて現代もなお愛され、読み継がれているのは型通りの模範的な少女を描いたものではなく、むしろそこにNoを叩きつけたり、一見良妻賢母パターンをたどっているように見えても、実はその枠組みの中で自分らしい人生を選びとっていった女性たちの物語なのです。 自分が子供の頃に読んだお話を改めて斎藤さんの視点で解説していただくともう一度あの本たちを読み直したくなりました。 そして、斎藤さんといえばわたしは「文字の世界の人」(=テレビ・ラジオなどのメディアには出ない人)のイメージがあったのですが、昨日TBSラジオ「アフター6ジャンクション」に生出演されていてこの本のお話をされていました。斎藤さんらしいキャッチフレーズで取り上げている作品を紹介してくださったのですが、「恋愛や結婚がなんぼのもんじゃい!『若草物語』」「本当は戦う少女の就活小説だった『赤毛のアン』」「スイス観光キャンペーンガールが見た資本主義の光と影『ハイジ』」 ‥ね、面白そうでしょ?話しっぷりも文章同様、歯切れが良くて、もっともっとお話が聞きたくなりました。なお、斎藤さんは東京新聞「本音のコラム」にもコラムを連載されています。9月1日のコラムは「震災前夜の感染症」。1923年9月1日の関東大震災では多くの方が被害にあい、死者・行方不明者は10万5000人と言われていますが、その前の1918-1921年に猛威を振るっていた流行性感冒(スペイン風邪)で亡くなった方は38万8000人。 3年にわたる流行性感冒でそんなに多くの方が亡くなっていたのですね。当時の感冒への対策は現在のコロナ対策と同じようなものだったとか。(マスク、多人数の集合の回避など)斎藤さんのコラムを抜粋します(行替えも)。  「だが政府の施策は徹底性を欠き、与謝野晶子は横浜の新聞に激烈な批判を寄せた。 『盗人を見てから縄を綯うと云うような日本人の便宜主義がこう云う場合にも目に附きます。どの幼稚園も、どの小学や女学校も、生徒が七八分通り風邪に罹って仕舞つて後に、漸く相談会などを開いて幾日かの休校を決しました』 『予防と治療とに人為の可能を用ひないで流行感冒に暗殺的の死を強制されてはなりません』」 (2021.9.1東京新聞朝刊・本音のコラムより)  与謝野晶子がこれを書いてから100年たっても、政府の対応があまり変わっていないことに愕然とします。   今回も読んでいただき、ありがとうございました。

  • 30Aug
    • 手紙を書く楽しみ、受け取る楽しみ。の画像

      手紙を書く楽しみ、受け取る楽しみ。

      鈴木敏史さんという方の「手紙」という詩があります。 「ゆうびんやさんが こない日でもあなたに とどけられる手紙はあるのです ゆっくりすぎる 雲のかげ庭にまいおりるたんぽぽのわた毛おなかをすかしたのらねこの声もごみ集めをしている人のひたいの汗も… みんな 手紙なのです読もうとさえすれば」  確かに、自然が届けてくれる季節の便りもありますが、やはりポストにことんと配達される手紙も嬉しいもの。 最近うちに届いたのは、札幌の母からの絵葉書、「英国のお母さん」ジルからの手紙とカード、そして妹からは北海道観光PRキャラクター「キュンちゃん」の便箋の手紙と北海道らしいプレゼント。それぞれの手紙からはそれぞれの送り主の気持ちが感じられてとても嬉しいものです(^^) 手紙を受け取るのも好きですが、カードや絵葉書を選んで書くことも大好き^ - ^ メールやチャットの方がすぐに連絡は取れますが、アナログに届く手紙の楽しみもわたしは好きなのです。 最近は悲しいニュースも少なくない毎日ですが、やはり人の心の温かさに触れるとほっとします。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 まだ残暑は厳しいですが、夕方の日差しは少しずつ秋らしくなってきましたね。

  • 24Aug
    • 1枚のCDの意外な楽しみ。の画像

      1枚のCDの意外な楽しみ。

      先日、面白いCDを見つけて聞いてみました。 昭和のスター、「ザ・ピーナッツ」のトリビュートアルバム、「The Peanuts Tribute Songs」。収録曲は昭和歌謡にあまり詳しくないわたしでも知っているようなヒット曲ばかり。 そんな曲たちを、最後の「スターダスト」以外は様々な人気歌手の皆さんが歌っています。 例えば、「恋のバカンス」はFUNK THE PEANUTS(ドリカムの吉田美和さんと浦嶋りんこさん)。 「ふりむかないで」はLittle Glee Monsterのアサヒさんとmanakaさん。 「モスラの歌」は中川翔子さんと平野綾さん。 アレンジも現代風で面白いなあ、と思いつつ聞いていました。 そして、これらの代表曲の作詞・作曲を手がけたのはやはり錚々たる方達。 岩谷時子さん、なかにし礼さん、宮川泰さん、安井かずみさん、古関裕而さん、 などなど。 (「モスラの歌」って、古関裕而さん作曲だったんですね。 あの摩訶不思議な歌詞がインドネシア語だったことも初めて知りました。) そして、このアルバムには華原朋美さんとmisonoさんが歌う
「銀色の道」も収録されています。 (わたしはダークダックスのバージョンが印象に残っていたのですが、ザ・ピーナッツのヒット曲でもあったのですね) この「銀色の道」は、北海道の鴻之舞という町と繋がりがあることをご存知ですか? 鴻之舞(こうのまい)という町のことは、北海道民でも知っている人は少ないかもしれません。 というのは、それはもう、40年以上前に住人がいなくなってしまった町だから。 わたしが鴻之舞のことを知っているのは、わたしの母が子供時代を過ごした町だからです。 道東の紋別町には、1915-1973年に鴻之舞鉱山という鉱山があり、金銀銅を産出していました。 わたしの母方の祖父が戦後そこで事務の仕事をしていたので母も子供の頃は鴻之舞に住んでいたのです。 片田舎の鉱山といっても、住友金属の鉱山で、一時は街も賑わい、会社の催しで子供向けの映画が上映されたこともあったそうです。 でも、次第に資源が枯渇して1973年に閉山し、その後住人もいなくなってしまいました。 「その話と「銀色の道」に一体なんの関係が?」と聞かれそうですが、実は「銀色の道」の作曲者、宮川泰さんは子供の頃、鴻之舞に住んでいたことがあったのです。 と言うのは、お父様が土木技術者で、鴻之舞・紋別間を結ぶ専用軌道(鴻紋軌道)の建設に関わっていたため。 のちに宮川さんはその「鴻紋軌道」のレール跡の水たまりに月の光が映る姿を見て「これこそが銀色のみとだと確信した」のだとか。 また、「銀色の道」の歌詞を作詞家の塚田茂氏から受け取った時も、「遠い遠い はるかな道は冬の嵐が 吹いてるが谷間の春は 花が咲いてる」という、少年期を過ごした鴻之舞に重なる内容に懐かしさを感じたのだそうです。 2003年には鴻之舞鉱山閉山30周年を記念して鴻之舞鉱山跡地と紋別駅跡地に「銀色の道」の歌碑が立てられました。 記念碑の除幕式には宮川さんも参加し、宮川さんの指揮で市民合唱団が「銀色の道」を合唱したのだとか。 今回、このアルバムを聴いた後、「わたしよりもうちの両親の方がこのアルバムを楽しんでくれるのでは」と思い、実家に送りました。 同封した手紙にも鴻之舞のことを書いたので、母は数年前に鴻之舞の記念碑を訪ねた時の写真を送ってくれました。ちなみに、父が少年時代を過ごしたのは夕張市。 夕張も炭鉱閉山・市の財政破綻という道をたどっており、母が少女時代を過ごした鴻之舞はもう町ですらなくなっている。 同じ北海道でも全く違う場所で生まれ育った両親の故郷がそれぞれにそのような運命をたどっていることがなんだか不思議な気がします。 1枚のCDは音楽を楽しませてくれただけでなく、 家族の思い出まで振り返らせてくれました。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *昨日は十六夜。冴え冴えと輝くお月様がとてもきれいでした

  • 22Aug
    • 吉祥寺で、わさおに会う。の画像

      吉祥寺で、わさおに会う。

      コロナ感染が急速に広がる中、最近はできるだけ歩ける範囲で生活しているので行きたかった展覧会もいくつか諦めていました。 でも、昨日歩いて買い物に行く途中、楽しみにしていた展覧会に立ち寄りました。 武蔵野市立吉祥寺美術館の「はしもとみお木彫展いきものたちの交差点」。昨日8月21日(土)が初日だったんです。 はしもとみおさんは「情熱大陸」でも取り上げられたそうなので(わたしは見逃していたのですが)ご存知の方も多いかもしれません。 はしもとさんは元々は獣医を目指していましたが阪神淡路大震災で被災し、震災で亡くなった動物たちを目の当たりにしたことで「命とは何か」を考え、失った命の形や今生きている動物たちを美しい姿をありのままに残すため美術の道へ進み、「動物の命」をテーマに制作を続けていらっしゃるとのこと。 展覧会ちらしに「あるがままの命をそのまま楠から掘り出された彫刻たちは、ただの型取りではなく、温もりと愛らしさ、そして今にも動き出しそうなほどの生命感に溢れています。」とあります。 まさに、はしもとさんの作品を見ているとあまりに自然で、木材を電気ノコやのみで加工した彫刻というよりも、化石を発掘するように、木の中にいた動物たちがそのままの形で掘り出されたように感じるのです。 展示スペースはあまり広くはないのですが昨日は初日で時間が早かったこともあって意外と空いていて、一つ一つの作品をゆっくりと拝見することができました。それぞれの彫刻にはモデルとなった動物のスケッチが添えられているのですが、そこには動物の名前や性格、エピソードなどが書かれています。 例えば、こんな感じ。 「南極へ行った三毛猫のタケシ。「三毛猫の男の子はめずらしいということで観測隊のいやしとなるべく同行した。」 「マー君 マレーグマ 東山動物園頭がしわしわでいつも困り顔。ぬいぐるみみたいだけど、つめはめっちゃ長い。木の形から思いついて肖像にしました。」 本当によく動物たちを見ているからこそ生きているような温もりのある作品を作ることができるのだろうと思います。 ひと通り作品を拝見してから、展示室の入口の手前のモニターで流れていたわさおくんの肖像の制作過程の映像を見ましたが楠の木材を電気ノコで削り、何枚ものわさおくんの写真を並べたボード(?)を眺め、わさおくんの細部を確認しながら、耳の丸みや目元、ふんわりした毛などをのみを振るって仕上げていきます。 その後、もう一度わさおくんの像を見ると「あの木材からこんなに柔らかいわさおくんの表情と佇まいを生み出せるなんて、すごい!」と改めて感じました。 わさおくんに限らず、どの動物も全身が作られていて、その姿勢もとても自然なのです。 受付で「写真撮影OK」と伺ったのでわたしも写真をたくさん撮りましたが、他の方達も角度を変えながらあちこちで写真を撮っていました。 昨日はお子さんは一人しかいませんでしたが、親子で楽しめる展覧会だと思います。 (もちろん、この状況なので、あまり強くはおすすめできませんが,10月まで会期があるので、感染状況を見ながらご検討くださいませ)殺伐とした毎日の中で、本当に心があたたかくなる、ほっとする展覧会でした。「はしもとみお木彫展いきものたちの交差点」武蔵野市立吉祥寺美術館8月21日—10月3日吉祥寺駅徒歩3分、コピス吉祥寺A館7階http://www.musashino-culture.or.jp/a_museum/感染状況によっては、展示期間や時間も変更される可能性がありますので、お出かけの前には必ず最新の情報を確認なさってくださいね。 この美術館の後に向かった行きつけのスーパーも意外と空いていましたが、吉祥寺にはやはりある程度の人出があり用事を済ませて急いで帰宅しました。 今日は一日自宅で過ごします。 どうぞ今日も気をつけてお過ごしくださいね。今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。チケットもわさおくんでした(^^)

  • 20Aug
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      悲しいニュース

      昨日の柏の妊婦さんのニュースは、本当に悲しくてたまりませんでした。 たとえコロナ禍でも、コロナ感染した方も、それ以外の病気の方も、必要な治療が当たり前に受けられる状態であってほしい。 今日8月20日の東京新聞の一面には「都内のコロナ救急要請6割搬送せず」。何らかの症状を感じて救急搬送を希望しても60%の人が搬送されていないのです。 搬送されなかった人には「症状が比較的軽い人や不安から入院を望む人も含まれ保健所の判断で自宅療養を継続する」 とのことですが、救急車を呼ぶのはやはりある程度以上の症状がある方のはず。 仮に自分がその立場だったら、やむなく自宅療養をしていても、不安は大きいと思います。 一人暮らしなら、なおさらです。全国の医療従事者の方も、保健所の方も、力を振り絞って戦ってくださっていることに心から感謝します。 でも、やはり政治の力が正しく動かないとこの状況は変えられないのだと思います。 そして、やはり今は自分で自分の身を守るしかありません。 最後に、最近の新聞記事の中で少しだけ笑ってしまった記事を一つ。 「読むと涼しくなる文章」(8月18日付東京新聞)と言うタイトルのコラムで、夏目漱石が37歳の時に門下生に送ったと言う手紙が紹介されていました。 「不相変(あいかわらず)金ほしく金なく涼を欲して涼を得ず涼しい処で美人の御給仕で甘い(うまい)物を食べてそして一日遊んで只で帰りたく候 以上」「もしかしたら、漱石先生は学生の気持ちになってわざとこんなことを書いて見せたのかな?」と思いつつ読みました。 頭の中で、言葉の世界でなら何を空想するのも自由ですから、こんなちゃっかりしたことを考えて「なーんてね」とふざけるのも、時にはいいかもしれませんね。 暑さも戻ってまいりましたので、くれぐれもご自愛くださいね。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *最近の大雨で井の頭公園の池も、見たことがないくらい水位が上がっていました。 いつもはちょろちょろ流れている神田川の源流も普通の小川くらいの勢いで流れていました。 まだ不安定なお天気が続くので、油断できませんね。 *満月が近く、昨日のお月様も綺麗でした。煌々と輝くお月様を見ると、ほっとします。

  • 15Aug
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      お互いを思いあう、家族の絆

      コロナだけでも大変なことになっているのに、記録的な雨の被害。被害を受けている地域の皆様の無事をお祈りしています。この週末は勉強したり、本を読んだりして過ごしています。鎌田實先生の「『がんばらない』を生きる」(鎌田實、中央公論新社)は鎌田先生が人生を振り返った新聞の連載記事が加筆・書籍化された本です。鎌田先生のご家族のお話や諏訪中央病院での医師としてのお仕事、「日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)」の設立と活動など、読みながら様々なことを考えさせられます。 特に印象深かったのは、ご家族のこと。 鎌田先生のお母様のお母様は若い頃からある大病をされていて先生が小さい頃も長く入院されていたのですが、名医との出会いもあり、次第に日常生活が送れるようになっていました。 そんなお母様が東京から鎌田先生が医師として働く長野に遊びに来ていた時に脳梗塞で突然倒れてしまいます。 倒れた時から重症で、鎌田先生のお父様も東京から駆けつけます。 鎌田先生の大学時代からのお友達が主治医となり、先生も一緒に治療をしますが、2週間後にはお母様は脳死の一歩手前の状態に。 主治医からも「もうだめだぞ」と言われ、鎌田先生もお父様にそのことを伝えるとお父様も一度は「そうか、お前がそう言うなら仕方ない」と受け入れるのですが、延命治療についての考え方は親子で全く異なったのです。 どうしたら良いか迷いに迷った末に、大好きなお母さんだからこそ、人工呼吸器は装着せず、せめて楽に送ってあげたい、と考えた鎌田先生。 「人工呼吸器につなげば、1週間は生きられるかもしれない。でも、もう終わりにしてあげようよ」 それを聞いたお父様はこう叫びます。 「母さんが助からないことは、素人の俺にだってわかる。でも、お前のいちばん大事な人だろ!1秒でも長く生きてもらいたいじゃないか!少しでも長く生きられる方法があるなら、なぜやらない!俺は、そんなつもりでお前を医者にしたんじゃないぞ!母さんにできるだけのことをしてやってくれ!全力でやってくれないか!」 鎌田先生はお母様には申し訳ないと思いつつ、これまで必死に働いてお母様を支えてきたお父様の思いを遂げさせてあげることに。 もしお母様に意識があれば「助からないのに、そんな痛いことはやめておくれよ」と言うことも、それでも「お父さんがそう言うなら、ミノルちゃん、そうしてあげよう」と言うのでは、ということもわかっていたからです。  お母様に人工呼吸器を装着してからの1週間、お父様はお母様につきっきりで過ごします。 そして、お母様が亡くなった時、お父様は「よくやった。母さんも満足だと思うけど、俺も満足だ。」と鎌田先生をはじめてほめたのだとか。 その言葉を聞いて、鎌田先生は号泣されたといいます。 父の妻に対する愛と、息子の母に対する愛。  お母様の延命治療についての考え方の違いは、異なる形でのお母様への愛情の現れでした。 「死」、そして「延命治療」(ほぼ脳死となった状態で)についての考え方は、人によっても、立場によっても違い、お医者さまが患者さんの最期に関わる時にはどうしたら良いかは患者さん一人一人違うのでしょう。 「多様な人生観を受け止めて、最良の答えを相手といっしょに探す努力をしなさい。それが、母からぼくへの遺言だったのかもしれません。」 そして、ご両親と強い絆で結ばれた鎌田先生は、実は「もらい子」でした。 その事実を知ったのは、お母様が亡くなって数年後。 たまたまそのことを知ってしまった鎌田先生は奥様がその事実を知っていたことにさらに驚きます。 実は、奥様は結婚する前に鎌田先生のお父様に呼ばれ、そのことを知らされていました。 「本人にはわからないようにしてくれ」と言われて、奥様は市役所の手続きなどはいつも自分でしていたのです。 (結婚前は戸籍に関わる手続きは全てお父様がされていました) そして、鎌田先生に「岩さん(お父様のこと)、秘密を守ろうとして必死なの。岩さんの気持ちをわかってあげて。 ミノくんのことがなによりも大切なの。芝居でいいから知らないふりをして。それが岩さんのためだから!」 お父様は最期まで、鎌田先生に事実を告げず、晩年を鎌田先生ご一家と過ごされます。  亡くなった時には忙しい鎌田先生を気遣ってか、遺影も、お墓も、お寺も、戒名も、亡くなった時の新聞に載せる自分の略歴まで全て自分で準備されていたとか。 鎌田先生が養子となった経緯はわからないままだったそうですが、この本を読んでいてお互いを思いあう温かい家族の絆を何度も感じました。 今日はお盆の最終日。 お墓参りに行けなくても、手を合わせて感謝の気持ちを伝えると、思いは届くと言います。 「ご先祖様、いつも守ってくださって、ありがとうございます。」 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。  *今日は終戦の日。  今朝の新聞には「裏口を開けて子を待つ敗戦忌」と言う読者の俳句が。 この句の作者の叔母さまは、特攻隊員だった息子さんの戦死の知らせの後、戦争が終わってからも何年もの間、夜も鍵をかけずに息子さんを待ち続けていたそうです。 *昨日、実家の両親からわたしの好きな六花亭のお菓子が届きました。東京がこんな状況になっているので、心配して送ってくれたようです。 幾つになっても、親心はありがたいです。

  • 12Aug
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      もし、自宅療養することになったら。

      わたしは東京で一人で暮らしていて、仕事も自宅でリモート勤務。 今、これだけコロナウィルスの感染拡大が急激に進んでいる中では一人で自宅で過ごすことはいちばん安全なことかもしれません。  でも、皆さんもご存知のように、政府が方針を変えたため、もしコロナウィルスに感染しても、軽症者は自宅療養が基本。 東京で自宅療養中に自宅で亡くなった一人暮らしの男性のニュースを聞き、他人事ではないと感じました。 この方は亡くなる前日までは微熱はあったものの、特に異常はなかったとのこと。 もし病状が変わっても、意識があれば、(一人暮らしでなければご家族の方が)救急車を呼ぶことも以前ならできました。 でも、今はすでに東京では消防車を呼んでも来てもらえないかもしれない。 「いやいや、そんなことないでしょう」と思われるかもしれませんが、実際に、8月10日の時点で東京消防庁では「非常編成した隊を含め、ほぼ全救急隊が出場」という事態に至ったとの情報も。  つまり、「救急車が出払っていて、来てほしくても来てもらえない」状態なのです。また、運よく来てもらえたとしても、どこの病院もすでに満床で、搬送先が見つかるまでに何時間もかかるかもしれません。 8月12日付けの東京新聞の記事には「ある60代の男性は58回断られ、救急隊は4時間以上滞在した。 理由の大半は『満床』。59回目でやっと搬送先が決まった。」とありました。 同じ記事内の「今後は待機中の救急車内で亡くなる恐れもある」という言葉が、現実のものになっているのです。 自分自身が健康でいるためにも、命を守るために必死で頑張ってくださっている方達にこれ以上の負担をかけない為にもこれまで以上に気をつけて過ごさなくては、と思っています。 様々な医療関係者の方が医療現場の様子やワクチンの情報を(職域接種で確保されていた分が一般住民に解放される、など)twitter上に公開されていますが、万一自宅療養する場合の注意点について、ある医師の方が書かれていました。 わたしは万一ひとりで自宅療養することになった場合を想定して、じっくり読みました。他の方にも参考になるかもしれませんので、ポイントのみ抜粋します。 元の情報はこちらをご覧ください。https://twitter.com/dr_shinpaku/status/1424545037010886658(かなり詳しく書かれています) *自宅療養中の方への注意 ・自宅療養中は、外出をしない。・鼻をかんだティッシュなどはビニール袋に入れしっかりとしばってから部屋の外へもちだす。 *一人暮らしではなく、同居する方がおられる場合・同居する方とは生活空間を分け、極力個室から出ないようにする。・部屋を出るときは、手をアルコールで消毒し、マスクを着用する。・1時間に1回程度、窓を5 -10 分ぐらい開け、部屋の換気を行う。一人暮らしの方は、部屋の消毒は基本的には不要だが、日常的な清掃を行い、清潔な環境で過ごす。  *家族が新型コロナウイルス感染症あるいはその疑いがある場合 まず、ご本人は外出を避ける。ご家族、同居されている方も熱を測るなど健康観察をし、不要不急の外出を避け、特に咳や発熱などの症状があるときには、職場などには行かないようにする。 *自宅での感染予防8つのポイント  1.部屋などの空間を分けましょう2.なるべく限られた方がお世話をしましょう。3.お互いにマスクをつけましょう4.こまめに手を石鹸で洗いましょう。5.こまめに換気をしましょう6.手で触れる共有部分を掃除・消毒しましょう7.汚れた寝具や衣服を洗濯しましょう8.ゴミは密閉して捨てましょう 今年のお盆も帰省を我慢している方が多いと思います。 わたしも帰省を控えています。 今の感染状況が収まったときに離れて暮らす家族や友人とまた元気に会うためにも今、一人一人ができることをしていきたいですね。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *「ワクチンを接種したいけど、まだ予約もできない」という方、ぜひtwitterでワクチン情報をチェックしてみてください。 企業でも職域接種分のワクチンを一般の方に解放している場合もありますし、市町村の医師会などでも次のような情報を掲載している場合があります。(こちらは小金井市医師会の情報です)  「【緊急通知】保健センターでの新型コロナワクチン集団接種について今週11日(水)、12日(木)、15日(日)は、13時までに会場にお越しいただければ、予約なしでも接種が受けられます。小金井市民の皆さま、是非ご活用ください!https://twitter.com/koganei.../status/1425038494611644420」

  • 09Aug
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      やはり気になるのは・・・

      本日8月9日は長崎原爆の日。 11時2分、三鷹市でも黙祷を呼びかける放送が流れわたしも黙祷しました。 あの長崎の平和祈念像は長崎出身の北村西望氏が井の頭自然文化園のアトリエで作ったもの。 今もこのアトリエには長崎の「平和祈念像」の原型が展示されています。 思い出して、以前アトリエに行った時の 「北村西望と井の頭自然文化園の彫刻」のパンフを取り出してみました。(写真はその表紙) 「人間のすることは人間の幸福の為にあらねばならぬと私は思う」 という、北村西望氏の言葉が心に響きました。 さて、今気になるのは、オリンピック閉会式、よりもやはりコロナの感染状況。  新聞や医療関係者の方の情報発信を見ていると(お名前も病院も明記している方たちのもの)現場の緊迫した様子が伝わってきます。(写真の新聞は今日ではなく昨日の東京新聞です。) 「医療が必要な人にも医療提供ができない」「コロナ患者を優先せざるを得ず、一般患者を制限」という苦渋の選択、必死で治療にあたってくださっている医療従事者の方たちの悲鳴のような声。 一人一人ができることはやはり基本的な感染対策を取りながらできるだけ感染機会を減らすこと。 それにしても、一人で暮らしていると、やはり万一の時の不安がないとは言えません。 軽傷で自宅療養中に病状が・・・という話も、すでに珍しくなくなってしまいました。 昨日の朝、珍しく具合が悪くて、ちょっとどきどきしながら「夏風邪かも」と自分に言い聞かせつつ風邪薬を飲んで横になったら、目が覚めた時にはお昼をとうに過ぎていてびっくりしました(笑)   でも、体をしっかり休めたのがよかったのか今日の休日出勤もいつも通りの体調。 ほっとしながら、「今は少しでも体調がおかしいと思ったら、いつもより自分を甘やかして体力を温存しておかないと」と思ったりもしました。 最近、台風の影響もあって気温の変化も激しいですよね。 様々な見えないストレスも、いつの間にか体に蓄積していそうです。 どうぞ無理をせずに、ごゆるりとお過ごしくださいね。 今回も読んでいただき、ありがとうございました。 *今年の9月から12月にかけて東京都美術館でゴッホ展が予定されているようです。 その頃には感染状況ももう少し収まっていますように。 *先週、仕事の後に散歩に行った時の井の頭公園で、まるで木々の向こうで炎が燃え盛っているような夕日にどきりとしました。

  • 04Aug
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      やっぱり、選挙に行こう。「パンケーキを毒味する」

      映画「パンケーキを毒味する」では菅総理の政治姿勢を「バクチ打ち」として、「義偉バクチ打ち伝説」と銘打って菅首相がこれまで打ってきた「GOTO Travel」やそれ以前の「大バクチ」を紹介。今回のオリンピック開催の決断も、コロナ感染者の軽傷・中等症患者も自宅療養を基本とする方針も、菅首相の「大バクチ」なのでしょうか。 「安倍晋三を命をかけて勝たせようという人はいた。 でも、菅さんにはそんな人はいない。」 「菅さんをリスペクトしている人はほどんどいない。本心から怖がっているわけではない」 映画に登場する人たちからはそんな声もあがっているのに、なぜ菅総理にはそんなに強い権力が? 自民党の村上誠一郎氏や石破茂氏は「圧倒的な支持率」で選挙で勝っていることをあげます。 それを変えるには、まずは選挙の投票率をあげなくては。 映画の中でも、「国民が怒らなくなっている」と言う石破氏に、「どうしたらもっと国民が選挙にいくようになるのか」という率直な質問が。 石破氏曰く、「投票を義務化すること。法律上はできる。でも、自民党は嫌がるでしょうね。」 日々の菅総理の発言を聞く時、「前もって十分な準備もできていないのに、なぜさも手を打っているかのように『安全・安心』と言い続けるのか」などと不思議に思うことがよくあります。 でも、それも戦時中の「大本営発表」と同じ役割を果たしているとしたら?評論家・近現代史研究者の辻田雅佐憲氏は戦時中の大本営発表についてのご著書もおありの方。戦時中の日本の軍部にも、正しい情報を掴み、分析し、日本軍の被害を正しく報告する報道部はあったのだそうです。 でも、詳細に分析した報道部の正確な数字よりも大幅に都合よく水増ししたり減らしたりした作戦部の出す不正確な数字の方が都合が良く、作戦部の方が大きな権力を持っていました。 そのため、捏造された情報が「大本営発表」を通じて国民にさも事実であるかのように伝えられていたのです。 そして、毎日新聞が「勝利か滅亡か 戦局はここまで来た」「竹槍では間に合わぬ 飛行機だ、海洋航空機だ」という見出しで戦局解説記事を掲載すると、当時の東條首相の逆鱗に触れ、「竹槍事件」と呼ばれる言論弾圧事件に発展するのです。 「戦時中のような言論統制は今はない」と思いたいですが、 この映画で証言した人たちの経験談の通り、今でも政府にとって都合の悪い発言をする人たちには実際に官邸から圧力がかかることもあるのです。 わたしたちが知るべきなのに、知らされていないことが実はたくさんあるのかもしれません。 今の日本は戦時中とは違って、集めようとすれば日本国内からだけでなく海外からも情報を集めることができます。 でも、それをせずに、なんとなく目にするテレビや繰り返し耳にする言葉に何も疑問を抱かずに鵜呑みにしていたら?知らず知らずに、政府に都合の良い、真実とは異なる「大本営発表」をそのまま受け入れてしまうかもしれません。「批判がないと堕落する。腐敗の原因になる。」「ジャーナリズムの批判機能がダメなとこになると、こんなに世の中がデタラメになる」という言葉が心に重く残りました。 最後の方で若者と政治の距離を近づけようと活動している学生団体のメンバーたちも発言しているのですが、「テレビのニュースで自民党がいっぱい出ているから選挙でも自民党に投票してしまうのでは」などという意見もあり、ショックでした。 でも、それは若い人に限ったことではないのかもしれません。 少なくとも、「若者と政治の距離を近づけよう」という活動をしている若い人たちがいることは一つの希望ではあるのです。 わたしがこんな風に書くと硬い映画のように見えてしまうかもしれませんが、この映画は若い人たちにも今の政治に興味や関心を持ってもらえるようにわかりやすい「政治バラエティ映画」。 取り扱われていることは笑えない事実ですが、「バラエティ映画」として作られているので、ぐいぐい引き込まれてしまいました。 お近くの映画館で上映されていたら、ぜひご覧になってみてくださいね。 今回も読んでいただき、ありがとうございました。 *8月4日付の東京新聞のコラムで文芸評論家の斎藤美奈子さんが「自宅療養の真意」と題してこんな風に書かれています。 「撤退を転進、全滅を玉砕といいかえて、国民の目をあざむいたこの国の過去を思い出す。 政府は二日、新型コロナ感染症の診療方針を転換すると発表した。 『重症患者や重症リスクの高い方以外は自宅療養を基本とし、症状が悪くなれば入院できる体制を整備する』なんてこったい。 (中略) また、政府が方針転換したのは医療崩壊寸前だからだし、自宅療養は事実上の放置に近い。 以上を勘案すると、先の発表は次のように変換できる。 『危篤に近い状態にある方以外は、死ぬほど苦しくても自宅放置。症状が悪くなっても入院できるとは限りません』」

  • 03Aug
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      自助・共助・公助? 映画「パンケーキを毒味する」

      「官邸の圧力」と聞いても具体的なイメージがわきませんが、映画「パンケーキを毒味する」では実際に官邸から圧力をかけた方たちが実体験を語っています。  (映画「パンケーキを毒味する」については前回の投稿をご覧ください。) 加計学園問題で国会証言をした前川喜平氏はいつ、官邸の誰から、どんな風に圧力をかけられたかをはっきりと話します。 そして、「本当にスキャンダルを握られて黙らされている人がいっぱいいるのでは。」「報道ステーション」のコメンテーターだった古賀茂明氏も当時官房長官だった菅総理から受けた圧力について話し、「自分の国でそんなことが起こっているのか」と暗澹たる気持ちになりました。 そんな中でも、思いがけず笑ってしまったのは、法政大学の上西充子教授が国会審議について解説する場面。 テレビのニュースで見る国会答弁は質問とそれに対する答弁がコンパクトに切り取られて編集されていますよね。 でも、実際には総理がたった一つの質問にもきちんと答えないため、数十分かかっていたりするのです。  総理が聞いたことに答えず、まともな日本語のやりとりになっていない… そのうちに加藤官房長官が出てきて、質問した共産党の小池晃氏が「なんで加藤さんが出てくるんですか?」と改めて総理の答弁を促すと、総理が答えたのは「今、官房長官が答えたことと同じです。」 (しょ、小学生か。) 小池氏の「自分で答弁できない総理が自助をとくんじゃない!」と言うツッコミに膝を打ちました。 さらに「自分の言葉で答えてください」というと、秘書官が手書きで原稿を書き出し、総理はその「即席答弁書」をそのまま読み上げます。正直、笑うところではないのですが、あまりにあんまりで、笑ってしまいました。 テレビのニュースで短く編集されたやりとりだけを見ていると、総理が何十分もかけてこんなにどうしようもない答弁(というか、答弁になっていない答弁)をしていることは、わからないですよね。 自民党の石破茂氏が現在の国会について「初めて見る言論空間。議論がかみ合っていない」と話していましたが、「もしかして、見るものをうんざりさせて政治に関心を失わせる手法なのか?」と思わずにはいられないくらいでした。 そして、上西先生の解説はやはり面白くて、もし自分一人で見ても気がつかないことに気付かされます。 たとえば、学術会議の任命拒否についての質問に総理が答えないのは、「答えられないようなことをしているから、答えられないんですよ。」 (なるほど、そうか・・・。) 上西先生の国会答弁の解説はこの映画のためだけに行われたわけではなく、「国会パブリックビューイング」という活動で継続して行っていらっしゃるとのこと。 また先生の解説を聞いてみたくなりました。そして、数カ所に差し込まれてるアニメの部分にも、多分に風刺や毒が仕込まれています。 特に記憶に残っているアニメは2つ。 地獄で鬼たちが嘘をついた人の舌を抜いているのですが「霞が関から来たやつは二枚舌ばっかりだ!」「こいつは針の筵でも平気なのか!」と鬼たちも驚愕。 そして、抜いても抜いてもまだ舌がある人を前に「こいつ、118枚目だ!」と鬼までドン引き。 (もし枚数が違っていたら、ごめんなさい) 閻魔様までそれを見て「さすがのワシも舌を巻く・・・」。 (ちなみに、118枚舌を抜かれてもニヤリと笑う人物がA元総理に似ているように見えたのは気のせいでしょうか・・・) もう一つのアニメは、たくさんの羊を飼う農場が舞台。 農場主は暖かい部屋で従業員と豪華な食事を楽しんでいるのですが、寒空の下、静かに佇む羊たちは、あちらでばたり、こちらでばたり、と無言のまま倒れていきます。 従業員が羊を不憫に思い、「隣の農場では設備を改善したらしい」と言っても、農場主は「もうすぐ大きな村祭りがあるんだからそんな金使うわけないだろ」と即座に却下。 羊にはいかにも思いやりがありそうに優しい言葉をかけながら粗末な餌を与え、自分たちは部屋で美味しいご馳走を食べ、従業員が抗議すると「嫌なら出て行け」。 室内でペットとして飼われていた猿は、そんな目にあっても大人しく従順な羊に真実を知らせようとするのですが、農場主はその猿を射落として殺してしまいます。 わたしは騙されたままばたりばたりと倒れていく羊たちが今の日本の国民そのままのように見えて辛くて仕方がありませんでした。 そして、そのアニメの最後には、二つの言葉が映し出されます。 「羊の国家は狼の政府を生む」(アメリカ人ジャーナリスト、エドワード・R・マロー) 「問題に沈黙するようになった時、我々の命は終わりへと向かう。」(キング牧師) まさに、今の日本の姿を映し出しているようで、ぞっとしました。 ・・・2回に分けたら書き切れるかなと思ったのですが、やはり書ききれず。 続きはまた次回に。 今回も読んでいただき、ありがとうございました。 *オリンピックの熱戦が続いている、ようですが、正直言って、その高揚感に浸る気分にもなれず。 特に、昨日の「コロナ感染しても、軽症・中等症の場合は原則自宅療養」というニュースを聞いてからは映画の中のばたりばたりと倒れていく羊の姿が、なんども頭に浮かぶのです。感染情報が気になると、twitterで医師の方の投稿やニュースの速報を見たりしているのですが、社会学者・国際政治学者でもある内藤正典先生の投稿にとても共感しました。 「感染力の強いデルタ型だから、五輪がなくても蔓延しただろう。しかし、五輪に割いた人的資源、マスコミが五輪に割いた時間、自粛疲れとお祭り気分を考えれば、この時期にやるべきでなかったことは明らか。それ以上に、五輪開催を優先して厳しい対策をとらなかった政府の責任は重い。」

  • 02Aug
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      笑いながらもぞっとする 「パンケーキを毒味する」

      8月1日(日)は「映画の日」でしたね。でも、日曜日の「映画の日」で外は暑いとなると、映画館が混んでいるのが目に見えるようで、昨日は映画館行きを諦めました。 これからしばらくは映画館行きも控えるしかなさそうですが、 数日前に平日のお休みが取れた時、封切られたばかりの映画「パンケーキを毒味する」を見てきました。 思わず笑いながらも、ぞっとする映画でした。 主役?は菅総理。  「パンケーキ」はもちろん、総理が就任直後に行った「パンケーキ懇談会」からきています。 この映画は政治家やジャーナリストなどのインタビューや国会答弁の画像にうまくアニメなどを挟んでいて、政治に疎い人でも菅総理の人物や社会全体の現在の状態まで理解しやすいように作られています。 この映画を作る中で、取材をしたくてもとにかくことごとく断られ、最初は好意的だったホテルやパンケーキ店の態度が途中で変わるなど、「オーバーディフェンス」に感じられる態度を感じつつの制作だったとのこと。  それでも自民党の石破茂氏や立憲民主党の江田憲司氏などの現役政治家や、加計学園問題で国会証言をした元文部科学事務次官の前川喜平氏、元官僚で政治経済評論家の古賀成彬氏、元朝日新聞記者の鮫島浩氏などが登場。 みなさん、もちろん相当気をつけて発言していると思いますが、かなり歯に絹着せぬ発言をされていて、「今の香港でこう言うレベルの映画を作ったら、上映できないどころか、製作者が逮捕・投獄されそうだ・・・」とひやりとするくらい。 例えば、菅総理が日本学術会議の6名の任命拒否問題について、自民党の村上誠一郎氏(元行革担当相)は「(菅総理は)彼らの論文を読んだのか?学問へのリスペクトがない」「今までの総理には上に立つものとしての見識があったが、菅さんにはない」とバッサリ。 また、どなたの発言だったか忘れてしまったのですが「菅さんをリスペクトしている人はほとんどいない。 安倍元総理のために命をかけると言う人はいたが、菅さんのために命をかける人はほとんどいない。本心から怖がっているわけではない」と言う発言も。 (映画の中では、もちろん顔も名前も出して発言されています)そして、びっくりしたのがジャーナリストの森功氏の「(菅氏は)苦学して成り上がってきたと思っていたが、実は名家の子供」という話。 (菅総理に詳しい方には周知の事実なのかもしれませんが)わたしはなんとなく「秋田の貧しい農家出身で、集団就職で上京した苦学生」のイメージがあったのです。実はそうではありませんでした。  菅氏の父は確かに秋田のいちご農家ではありましたが、ブランドいちごで財を成し、いちご生産出荷組合組合長や、雄勝町議会議員を歴任した人物。 そして、総理の子供時代には「冒険王」と言う雑誌を定期購読して友達に貸していたとのこと。(当時、秋田の農家でそんなことができた家がどれだけあったでしょう?)ですから、「貧しい農家の息子」と言うよりは「裕福な農家のお坊ちゃん」だったのです。 森氏によると、以前はわたしが持っていたような「貧しい農家から集団就職で」のようなエピソードは総理のHPにも記載されていたのにいつの間にかその部分は削除されていたのだとか。  わたしたちは思っていた以上に総理のイメージ戦略に目をくらまされていたのかもしれません。 この映画のことはもっと書きたいのですが、長くなったので続きはまた次回に。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *8月2日の夜、「重症患者やリスク高い人以外 自宅療養基本に体制整備」と言うニュースに愕然としました。 つまり、軽症や中等症のコロナ患者は自宅療養が基本となるのです。 でも、「軽症」や「中等症」は言葉のイメージほど軽くはないのです。 米国内科専門医の安川康介先生が一般人のイメージと医師が持つ実際の症状のイメージを比較したわかりやすいスライドを公開されています。(誰でも自由に使用可として公開されています) たとえ中等症でも、呼吸不全のない状態なら人工呼吸器は不要ですが肺炎が広がり「多くの人にとって人生で一番苦しい」状態。もし呼吸不全ありなら酸素投与も必要になります。  一人暮らしで自宅療養していて、中等症になったら、トイレに行くのも床をはって行くような状態かもしれません。さらに、病状が急に変わったら? ・・・・今の私たちにできるのは、とにかく自衛すること。 たとえワクチン接種を二回済ませていてもブレイクスルー感染する方も多いそうなので(未接種者よりは症状は軽いようですが)、ワクチン接種の有無にかかわらず、これまで以上に気をつけましょうね。

  • 30Jul
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      この違和感の正体は、それだったのか。

      昨日の新型コロナ新規感染者数は東京では3865人となり、全国で1万人を超えました。 (「日本は検査数が少ないから、実際にはもっと多い」と言う意見も。) みなさま、とにもかくにも自衛に努めましょうね。そんな中、五輪のニュースが続いています。  それぞれの選手の皆さんの活躍や努力、支えて来た皆さんの取り組みは本当に素晴らしいと思います。 でも、今の状況では五輪の祝祭感に盛り上がる気持ちにはなれないのです。 「本当にこのコロナ禍で開催すべきだったのか」と言う大きな問題だけでなく、五輪開催までも、開催されている今も様々な問題がある上に、コロナ禍やこの猛暑もやはり深刻で、報道を見ても選手たちにとっても負担が多いことを感じます。28日には女子テニスのスペインのバドサ選手が試合中に熱中症で棄権したり、男子テニスのロシアのメドベージェフ選手が暑さに耐えかねて「試合は終えられるが死ぬかもしれない。死んだら責任を取れるのか」と審判に詰め寄ったり。 29日には米国の棒高跳び選手が陽性判定され、この選手と濃厚接触した可能性がある選手を含め、豪選手団の陸上競技メンバー63人全員が宿泊先の自室で自己隔離に入ったとの報道もありました。 この方達が仮に陰性で試合に出られたとしても、自己隔離期間は練習・調整もできず、万全の体制で競技に望むことはできないですよね。 菅首相のtwitter投稿をみると、「●●選手、金メダル、おめでとうございます!」と言う投稿ばかりが続いていますが、(もちろん、それぞれの選手の活躍は素晴らしいのですが)こんな状態では「日本、メダルラッシュ!」などと喜ぶ気持ちにはなれないのです。 異様な祝祭感に違和感を感じていましたが、「スポーツウォッシング」と言う言葉を知って、すとんと腑に落ちました。 ラグビー元日本代表で神戸親和女子大学教授の平尾剛さんが、こんな記事を書かれています。 「『スポーツウォッシング』と言う言葉をご存知でしょうか。政府や権力者が、自分たちに都合の悪いことをスポーツの喧騒(けんそう)で洗い流すと言う意味です。サッカーの元米国五輪代表で米パシフィック大学のジュールズ・ボイコフ教授の言葉です。東京五輪の開催をめぐり、国際オリンピック委員会(IOC)も日本政府も狙いはここにあると思います。現実に彼らがやっていることは社会における「倫理の破壊」です。新型コロナウィルスのパンデミック(世界的流行)禍で、人々の命や暮らしが脅かされる中、そこに目をつぶり、うそに嘘を重ねて五輪を強行するー。社会のあるべき姿、倫理的な価値観を狂わせている罪はあまりに重い。 (中略) 今大会は競技としてもいびつです。スポーツで最も大事なのはフェアネス(公平、公正)です。しかし、コロナ禍で選手をとりまく環境はさまざま。万全な体制で練習できた選手もいれば、そうではない選手もいる。」その上で、平尾さんは「いま、選手の頑張りを評価しつつも、東京五輪に反対し、異議を唱えることとは両立できると私は思います。」と書かれています。 文中のジュールズ・ボイコフ教授の言葉は、「オリンピック 反対する側の倫理」(作品社)の中の言葉で、「スポーツ・ウォッシング」という言葉を使い、五輪という「スポーツイベントを使って、染みのついた評判を洗濯し、慢性的な問題から国内の一般大衆の注意を逸らすのだ」と書かれているのだとか。今目にしている異様なものの正体は、これだったのか。 目から鱗、でした。 知らないと言うことは、怖いことですね。  ベストを尽くそうとひたむきに努力する選手は応援したいと思いますが、やはりおかしいことにはおかしい、と言う感覚を持つことも大切ですね。 そして、くれぐれも熱中症と感染に気をつけて、自衛して過ごしましょう。 今回も読んでいただき、ありがとうございました。*月末恒例の、大家さんへのお家賃のお支払いに伺う時、山形の尾花沢すいか🍉をお裾分けしたら、お土産をいただきました(^^) 大家さんは昨日が2度目のワクチン接種だったとか。 皆さんのワクチン接種も、進みますように。

  • 27Jul
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      ビリー・ホリデイの生涯の光と陰 映画「ビリー」

      昨日は先日の祝日出勤の振替休日。 本当なら柏市で開催中の「高島野十郎展」に行きたかったのですが・・・  今これだけ急激に感染拡大が進んでいる中、県境を越えるのはさすがにはばかられ、おまけに2度目のワクチン接種から日が浅くてまだ免疫もできていないので、美術館行きは断念。  (そもそも、今も緊急事態宣言下ですしね)  その代わりに、自宅から歩いていけるいつもの映画館へ。 今回見たのは米国の女性歌手、ビリー・ホリデイの生涯を追ったドキュメンタリー映画、「ビリー」。でも、この前見たアレサ・フランクリンの「アメージング・グレース」とは全く異なるものでした。  「アメージング・グレース」はアレサ・フランクリンの人生のハイライトのひとつとなるライブの映像だったので、見終わった後、幸せな気持ちになったのです。でも、「ビリー」は彼女の人生の明暗を膨大な関係者へのインタビューをもとにたどっていて、だからこその明暗があまりにも強烈に迫ってきて、胸が苦しくなりました。 黒人として生まれた彼女が歌手となるまでも、歌手となってからも、成功してからも、こんな目にあっていたとは。 1915年生まれの彼女が歌手になった頃の米国では黒人差別が当たり前のように存在しており、黒人女性は黒人であるため、そして女性であるためにひどい差別を受けていました。 楽団付きの歌手として楽団と一緒に旅回りをしても、ドライブインのトイレを使うことを断られたり、 楽団のメンバーが宿泊するホテルに止まることを拒まれて、彼女一人だけが移動用のバスの中で寝泊まりして過ごすこともあったとか。 レストランに食事に行っても店で黒人女性に給仕することを拒まれることもあったため、そんな事態に備えて食事ができるときには多めにオーダーしてもちかえることもあったそうです。 そんな経験をしながら歌手としての実績を重ねて行った彼女が歌い、大きな反響を呼んだのが「Strange fruit(奇妙な果実)」です。 あなたはこの歌を聞いたことがありますか?「Southern trees bear strange fruit,
Blood on the leaves and blood at the root,
Black bodies swinging in the southern breeze,Strange fruit hanging from the poplar trees.南部の木々は奇妙な果実を付ける
葉は血に濡れ、根には血が滴る南部の風に黒い体が揺れる
ポプラの木々からぶら下がる奇妙な果実」 この先の歌詞はあまりに生々しいのでここには掲載しませんが、「奇妙な果実」はリンチにあって虐殺され、木から吊るされた黒人の死体のこと。 1930年代には、まだこんなことが現実に起こっていたのです。 ビリー・ホリデーが全身全霊でこの曲を歌う映像を見て、文字通り背筋が寒くなりました。 この曲を歌うたびに、彼女自身も身を切り裂かれるような苦しみを味わっていたのではないでしょうか。  そして、黒人女性歌手がこのような歌を歌うことは危険なことでもありましたが、これによって彼女は一躍注目を集めることにもなるのです。  その後、彼女が大スターに登りつめるものの、まさしく波乱万丈な人生を送り続けるのですが、44才の若さでボロボロになって亡くなるまでこんな風にするしか、彼女は生きられなかったのか、となんともいえない思いがしました。もともとこの映画は、ジャーナリストのリンダ・リプナック・キュールがビリー・ホリデーの伝記を書こうとして約10年の歳月をかけて取材していた取材テープや原稿をもとに作られています。  実際の取材テープや当時の映像、写真などからそんな彼女の人生の栄光も、挫折も、いわゆる黒歴史の部分もじっくりと描かれていて、圧倒されました。取材相手は子供時代の友人から共演したミュージシャンたち、彼女が逮捕されて服役していた刑務所の職員、彼女を診察した医師など、よくそんなに多くの人を訪ねて取材できたものだとびっくりするほど。 ビリー・ホリデイという歌手に対する興味だけでなく公民権運動に対する共感もあったからこそどんどん引き込まれるように取材して行ったのかもしれません。 でも、映画でも公開されなかった取材内容には相当問題のある内容も含まれていていたらしくリンダは執筆途中に脅されるようになり、ある日突然、不可解な死を遂げてしまうのです。 (家族は警察の捜査結果に疑問を抱きますが、その後警察の捜査資料が破棄され、再捜査の申請もできない状態に‥)そのリンダの取材テープが発見され、今回のこの映画が作られることになったのです。ビリー・ホリデーの生きた時代に比べれば状況は変わっているとはいえ、 昨年米国から世界的に広まった「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)」の動きを見て、まだまだ多くの人が差別の中で苦しんでいることを知り、無知だったわたしは愕然としました。 今回のオリンピックでも選手たちが試合開始前に片ひざをついて、人種差別撤廃を訴える姿が報道されていますね。 それにしても、映画って本当にすごい.あれだけの内容を本を読んで理解するとしたら、一体何冊の本を読まなくてはいけないのか。ビリー・ホリデイの映像、曲、写真、彼女の写真、ラジオインタビュー、膨大な取材録音テープで丹念に組み立てられた映画に、圧倒されました。 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 *東京では感染者が3000人を超えそうな勢い。  くれぐれも、気をつけて過ごしましょうね。 *柏市の「高島野十郎展」、今でも「なんとか行けたらいいのになあ」と思っています。(でも、難しいかな、やっぱり・・・)

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