この夏、平和について思うこと
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、
もって万世のために太平を開こうと思う。」
昭和20年8月15日。
ラジオから流れた玉音放送に、多くの人々が耳を傾けた日です。
あれから81年。
この時期になると、いつもの夏とは少し違う時間が流れているような気がします。
連日続く厳しい暑さ。
耳を澄ませば聞こえてくる蝉の声。
どこまでも青く広がる空。
そして、夕暮れになると少し寂しげに吹いてくる風。
そんな夏の風景を眺めていると、私はふと、今から80年以上も前の、この同じ日本の夏に思いを馳せることがあります。
昭和20年8月15日。
長い戦争が終わり、日本中の人々が、それぞれの思いを胸にその日を迎えました。
戦争を知らない私たちにとって、「終戦」という言葉は、どうしても教科書の中の一つの出来事になってしまいがちです。
けれど、その日を実際に生きていた人たちにとっては、決して歴史の一ページではありませんでした。
家族を失った人。
大切な人の帰りを、最後まで待ち続けた人。
焼け野原となった街を、ただ黙って見つめた人。
明日のことを考える余裕もなく、今日を生きることだけで精一杯だった人。
同じ「8月15日」であっても、その一日がどのような日であったのかは、一人ひとり違っていたのでしょう。
きっと、言葉では言い表せないほどの悲しみや安堵、そしてこれからどう生きていけばいいのかという不安が、それぞれの胸の中にあったのだと思います。
私たちが今暮らしている街も、当時は今とはまったく違う景色だったのでしょう。
今では車が走り、店が並び、人々が行き交う街。
子どもたちの声が聞こえ、夕方には家々に明かりが灯る、そんな何気ない日常。
けれど、あの頃の街には、戦争によって失われたものが数え切れないほどあったのだと思います。
そして、戦後81年を迎えた今。
あの時代を直接知る方々も、少しずつ少なくなっています。
戦争を知らない世代が増えていくことは、平和な時代を生きているということでもあります。
それは、とても幸せなことです。
けれど同時に、記憶を語り継いでいかなければ、あの時代のことが少しずつ遠いものになってしまうのではないか。
そんなことも、この季節になると考えます。
私の仕事は、眼鏡を通して「見る」ことに関わる仕事です。
眼鏡を新しくすると、今までぼんやりしていた景色が、はっきり見えるようになります。
遠くの看板が見えるようになったり、道を歩く人の表情が分かるようになったり。
今まで気づかなかった季節の草花の色に気づくこともあります。
「見える」ということは、当たり前のようでいて、実はとても大切なことなのだと、日々この仕事をしていて感じます。
だからこそ、8月15日という日に、もう一度「見る」ということについて考えてみたいと思います。
過去に何があったのか。
なぜ、あのような時代になったのか。
そして、今、私たちが当たり前のように見ているこの平和な景色が、決して当たり前のものではなかったということ。
暑い夏の日に、家族と食卓を囲む。
買い物に出かける。
好きな音楽を聴く。
友人や家族と、くだらない話をしながら笑う。
夕方になれば、「今日も暑かったね」と言いながら家へ帰る。
そんな何気ない一日を、何の心配もなく過ごせること。
それは、本当はとても幸せなことなのだと思います。
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び――」
あの言葉が残された夏から、81年。
今年も暑い夏が続いています。
蝉の声を聞きながら、遠いあの日に思いを馳せる。
そして、今こうして穏やかに暮らせていることに、静かに感謝する。
私たちが今日見ている青い空も、道を歩く人の姿も、夕暮れの街並みも、あの時代を生きた人たちが見ていた空や街と、きっとどこかでつながっています。
だからこそ、今ある平和を大切にしたい。
そして、これから先も、子どもたちや、そのまた次の世代が、暑い夏の日に笑いながら過ごせるように。
「二度と同じことを繰り返してはいけない」という思いを、決して大きな声ではなくても、静かに、丁寧に受け継いでいけたらと思います。
今年の8月15日も、暑い一日になりそうです。
けれど、その暑さの中で聞こえる蝉の声も、青い空も、夕暮れの景色も――
平和だからこそ、私たちは穏やかな気持ちで眺めることができます。
何気なく見ている今日の景色を、どうか大切に。
そして、今はもう見ることのできない、あの時代を生きた人々に、静かに思いを寄せながら。
8月15日。
今年も、平和について考える一日にしたいと思います。
そして明日もまた、いつものように店を開け、皆さまの「見える」をお手伝いできることを願っています。
暑い日が続きます。
どうぞ皆さま、お身体を大切にお過ごしください。
