SEE YOU

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  去年、父が亡くなってしまいました。

うちの父は、父親らしいことはあまりしてくれなかったし、ほとんど疎遠のような間柄だったのだけれど、それでもそのことは本当にショックで、親が亡くなるということは子供にとって取り返しのつかないことなのだと強く感じました。
 
 父はおととしの暮れに脳梗塞で倒れ、その後もずっと入院生活を続けて、8か月後に病院で息を引き取りました。
 
 その数日前、夢の中で僕は気が付くと実家の居間に居て、いつものちゃぶ台を囲んで母と姉と一緒に楽しそうに話している父の後ろ姿が見えたのです。長袖の茶色いポロシャツを着た父の背中をそっと撫でてあげながら、僕は「お父さん、家に帰ってこれたんだね、よかったね!」と声をかけていました。その時、父の小さな背中を撫でた、あたたかい感触が今もずっと手に残っています。
 
 父が亡くなった後、仕事で店に立っていて、、買い物に来たり、暇を持て余して散歩しているおじいさん達をたくさん見かけるたびに、ああ父にももっともっとあんな風に好きな所に行ったり、歩き回ったりさせてあげたかったな、と心から思います。
 そうして、人が好きな場所に出かけたり、好きなように歩いて回ったりする、そういうなんて事のないように思えることが、生きるということなのだと、改めて感じるからです。
 
 父には小さいけれど仏壇を用意して、実家の居間にお位牌と一緒にいつもお花やお菓子をお供えして、残された家族全員で皆それぞれに話しかけたりしている日々だけれど、でも、本当は父はすごくすっかり自由になって、姿は見えないけれど、もうどこにでもいるんだって感じがしています。いたるところに父は居るんです。どんなに遠くにも、ものすごく近くにも。
 
 そして、そんな風に誰かにもう二度と生きて会えなくなった現実を体験して、なんとなく感じるのは、人間の意識というのはやっぱりすごい力を持っていて、たとえば距離や時間とかも超えられるんじゃないのかな?ということです。
もちろん、そう思いたいという気持ちもあるけれど、父が独りで入院していた病室の枕元や、父がまだ元気だった頃自転車で近所を走っていたその傍らに、ふと思いをはせれば、思いだけでも行けそうな気が、どうしてもするから。
 
 先日発売されたユーミンの新しいベストアルバムのライナーノーツにユーミンが「亡くなった人の方が、生きている人より会える。想えば会えるから。」とお書きになっているのを読んで、ユーミンも同じことを思っているのがわかって、すごく嬉しかった。
 父の四十九日の納骨の日は、真夏のよく晴れた日でした。川沿いにある、そのお墓にお骨を収め、住職さんがお経を唱え始めた瞬間、それまで何処にもいなかった真っ白い2匹の蝶が、真上の方から羽ばたきながらスルスルと降りてきて、父の墓石にそっと停まったと思ったら、またどこかへ消えて行ってしまうのが見えました。

 まるで、父か神様が合図してくれたみたいに。