涙と笑顔

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 販売の仕事をしていて、いちばん嬉しいのは、いいお客さんに会えて、そのお客さんが満足してお帰りになられるのをお見送りすることです。
 売上より何よりも、今日も素敵なお客さんとお話できてよかったなあ、服を選ぶのをお手伝いできて嬉しかった、と思います。


 さて、ショッピングモールで働いてみて気がついたことの一つは、あの大きなショッピングモールが病気の人たちのリハビリの散歩コースに使われているということでした。
 外の天候にも左右されず、常に温度調節がなされ、色々なショップが並んでいるからそれだけで楽しく、疲れたらいつでも休める休憩所やベンチやカフェがたくさんあるモールという場所は、お年寄りや病気後のリハビリを必要とする人たちの毎日の散歩コースとして絶好の場所なのだということを初めて知りました。

 僕の働いている店と店の前にも、そういった散歩に来るお客様が毎日たくさん来られます。
 必ず午前中に杖をついた奥さんに旦那さんが寄り添って、とてもゆっくりとした歩調で店の前の同じ道の同じコースを通っていかれる年配のご夫婦がいらっしゃるのですが、そういう方たちが本当にいっぱい散歩をしに来ていらっしゃいます。


 うちのお店のレディースのコーナーにいつも来てくださる親子連れのお客様もそういったお客様のひと組です。
 そのお客様はうちの店のレディース担当のスタッフのKさんのお得意さんで、杖をついたおじいさんとそのお嬢さんが、いつも2週間に1度くらい来店しては、お嬢さんの服を買ってくださいます。そのおじいさんは体がわるく、少しでもリハビリをするためにお嬢さんと一緒にショッピングモールに散歩に来てはうちのお店でお嬢さんに欲しい服を買ってあげるというのを散歩コースにされているのでした。お嬢さんももうかなりいい歳の大人だし、服なんてもちろんいくらでも自分で買えるのですが、そうしてお父さんに毎回そんなに値段の高くないカットソーを買ってもらうことをある種の親孝行としているようでした。お店にも気を使ってくださっているんだと思います。


いつも父親であるおじいちゃんに服を買ってもらいお帰りになる際、店頭でお見送りする僕たちの前で、お嬢さんは杖をついて歩き出すおじいちゃんに寄り添いながら優しい声でこんなふうに言います。「さあ、おじいちゃん、またKさんに会いに来てわたしに服を買ってちょうだいね・・・」


 おじいちゃんはいつも水戸黄門のように、もしくは人懐っこい少年みたいにニコニコしていて、いつも来店すると試着室の前に置かれたベンチに腰を下ろして、お嬢さんが嬉しそうに服を選ぶのをニコニコして眺め、お嬢さんが「これ、ど~お? おじいちゃん」と選んだ服を見せると、「おお、いいね」とか「お前が好きなものを買いなさい」などと笑いながら答えます。


 でも、お嬢さんが一人でご来店されることも、時々あります。
いつだかも、ひとりでご来店されたので、どうされたのかお尋ねすると、「おじいちゃんが具合が悪くてなかなか一緒にお店に来れなくて、とても心配で・・・」と言って、お店の真ん中で涙ぐまれるので、僕もそのまま店頭でお嬢さんと一緒に少し泣いてしまいました。そういえば、その前に来店されたとき、おじいちゃんのお顔の色が真っ青だったのを改めて思い出しました。



 うちのお店のKさんは、さっぱりした、とてもいい人です。
 おじいちゃんもお嬢さんもレディース担当のKさんを慕って、そんな風にいつもKさんに会いに来られます。
 先日、お二人がいつものようにKさんに会いに来店されたとき、ちょうどKさんは休憩に出たところでした。
 販売員というのは、みんなそうして個々にお得意さんを持っています。
 なので、通常誰かのお得意さんが来店されて、その販売員が休憩中の場合、休憩室に速やかに電話などをして販売員を呼び戻します。
 大抵お得意さんは、来店すると買い物をしてくださいますし、販売員には個人売上成績というものもあるし、とにかく販売員にとって、自分目当てでお店に来てくれるお得意さんは、とても大事なものなのです。


 Kさんはたったいま休憩に出たばかりだったので、僕は休憩室に向かっていたKさんを追いかけていき、お得意さんが来店されたことを伝えて、店に戻ってきてもらうように言いました。

Kさんは「うん、わかった」と言って、一緒にお店に引き返しながら、その時僕にこう言ったのでした。
 「悪いけど、私が休憩中にあのお客さんが店に来ても、もう私を呼ばないで。どうせあの人たち、来てもいつもカットソー1枚しか買わないから」
 
 僕はKさんの何気ないその言葉にひっそりとショックを受けました。
 もちろん、人の考えはそれぞれです。でも、僕にはあのおじいちゃんとお嬢さんのことを売上の金額で見ることなんて、とてもできません。
 あの二人がうちの店を大好きで、おじいちゃんがうちの店を目指して動かない体に鞭打ってやってきてくださること、真っ青な顔色のおじいちゃんが娘さんの選ぶ服を見て楽しそうに笑うこと、うちの服を大切な親孝行に使ってもらえていること、あの親子の笑顔、お嬢さんの涙、その全部を僕はただの売上として見ることなんて到底できないなと思います。