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73回目の終戦記念日。

 

戦争や平和について意識し出したのはいつだっただろう。

 

亡き双方の祖父たちが従軍していて、父方は釜山に終戦時にいたため、

 

引き揚げの時は大変な思いをしたそうです。

 

母方の祖父は、原爆投下の日は偶然出張で、長崎におらず、

キノコ雲を見て、徒歩で翌日に市内に戻ってきたら一面焼け野原だったそうです。

 

孫の私は直接、原爆や戦争の時の話を聞くことはなかったですが、

 

母の実家に夏に帰省した時は、原爆資料館や平和公園に連れていってくれたり、

 

「ひろしまのピカ」の赤い絵本をもらったものの、怖くて

 

なかなか読むことができなかった記憶があります。

 

その英語版がハリファックスの図書館にあったのは驚きました。

 
原爆当日、出張がなければ、祖父は市内にいて生きていなかったかもしれないですし、
 
そうなると戦後生まれの母をはじめ、私も被爆4世の子供たちも
 
この世に存在していなかったかもしれません。
 
先日のNHKドキュメンタリーの「アメリカと被爆者」という番組で
 
亡き祖母のいとこが被爆者として出演していたそうですが、
 
私自身ももっと当時のことを知りたいですし、
 
身近なところで平和を考えるきっかけ作りができればとも思います。

 
その想いが、ハリファックスの図書館で平和の願いを込めての折鶴を折ったり、
 
子どもたちが通う補習授業校での平和教育などにつながっています。

 
ハリファックス補習授業校は、小中学生合わせて、全校生徒26名の小さな学校ですが、
 
子どもたちと講師、保護者、またハリファックスに滞在されていた日本人の方々の協力で
 
千羽鶴になったので、先日国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館に送ることができました。
 
 
また、この夏のハリファックスとダートマスの図書館でも
 
"Paper Cranes for Peace"という平和への願いを込めて、鶴を折りました。
 
企画した司書の人たちと一緒に、千羽鶴になったら、今度は広島に送ることを計画しています。
 
 
海外では、広島で被爆し12歳で亡くなった佐々木禎子さんの折り鶴の話は有名です。
 
 
地元のハリファックスだけでなく、トロントからの旅行者なども参加してくれました。
 
 
日本に興味があり、日本語を学んでいるカナダ人中学生、
 
3年前にシリアから難民としてきた高校生のボランティアたちとも、平和についての話をしました。
 
初めての折り紙に最初は悪戦苦闘しながらも、
 
折れるようになったら小さい子たちに教えていました。

 
核兵器のない平和の世の中になりますように。
 
 
うちの子どもたちも鶴を折ったり、つなげたりの最後の仕上げを手伝ってくれました。
 
何を彼らは感じたでしょう。
 
私も初めてだったので、つなげ方や一本の糸に何羽つなげるかなど
いろいろ調べたり意外に時間がかかりました^^
 
 

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