(前回の投稿で「我が家は誰も日本茶を飲まないのに急須が3つも出てきた」と書きましたが、正確には「急須とやかん」でした。そこだけ書き直しました。)

引越しの数日前のこと。

母と電話していた際、物の片付けを「手伝いに行くわよ!」と母が言ってくれました。
「えっ、本当にいいの?嫌なら嫌って言ってね。」と何度も確認して、来てもらいました。

すると、初めて知ったのですが母は
「毎週、BSで放送されている断捨離のやましたひでこさんの番組を見ている」とのこと。

すごい勢いで、不要物の選定の手助けとまとめをしてくれました。

そして私は思いました。
「苦手なことは、それを得意な人に任せた方がいい」と。

並木良和さんが、前におっしゃっていました。
「本来丸の人が三角の所にいたら、三角の人がそこに入れないでしょ?丸の人が丸のところに行けば、三角の人が三角のところに入れる(パズル的な話)」と。
(細かい言い回しは忘れましたが)

当たり前ですが、人には好き嫌いや得意不得意があり。

例えば、私は行ったことの無い南米や北アフリカの国々でも、アハハウフフ楽しい〜♪みたいなノリで一人旅をしたことがあり、普通にそれができます。

そして、私にとっては、人からのいただき物や、子供達関連の物、本、CD、書類などを捨てる方が、海外一人旅より難易度が高いんですね。

断捨離の番組を毎週かかさず見るほど、実は断捨離好きだった母に手伝ってもらい、
「人に迷惑をかけてはいけない」
「満遍なく、いろいろできないといけない」
「親に引越し準備を手伝ってもらうなんて、ダメ人間だ」
「私は人に頼るのが苦手」
「私は物を捨てるのが苦手」
「人からもらった物を捨ててはいけない」
などの思い込みがあったと気づきました。

手放しまーす。
「(片付けは)難しい」「(捨てていいのか)分からない」という周波数も一緒に。

私、以前並木良和さんのセミナーで衝撃を受けた内容があります。

確かQ&Aで、詳しい内容は忘れましたが「寝たきり(確かご病気で)の家族がいる」という方からの質問の時でした。
並木さんは「その家族の人は、周りの人にお世話をさせてあげている(という役割がある)」といった内容の回答をされていたんですね。

そうは思えなくても、お世話をしている人は魂レベルでは「お世話をしたい」と思っているかもとか。
実は過去生で逆の立場をしていて、「今世ではお世話をする側の立場をしてみたい」と、生まれる前に決めて(でもそれをすっかり忘れて)、生まれてきているかもとか。

そんな見方、考え方を私はしたことが無かったので、衝撃でした。

私は「引越し準備を母に手伝ってもらうなんて、母にとって迷惑でしかない」と思っていました。

が、もしかしたら、母にとってはそうではないのかもしれません。

話が飛びましたが、思ったのは、
「自分らしくあって良い」
「むしろ、みんなが自分らしくあるのが一番良い。調和になる。これから、どんどんそうなる」
ということでした。