『レキシントンの幽霊』:古いお屋敷には異界に通ずる何かがある。
村上は、プリンストンでの2年間に引き続き、1993年からマサチューセッツ州ケンブリッジに2年間住んでいた。その時のエピソードです。
村上はひょんなことから、ケンブリッジで建築家ケイシーと知り合いになった。何度かケイシーの家に招待され会っているうちに彼と懇意になった。ケイシーはレキシントンの古い屋敷で、彼より少し若いピアノ調律師ジェレミーと同居していた。
そんなあるとき、ケイシーが仕事で海外に1週間ほどロンドンに行かなければならなくなった時、屋敷が空になる際の留守番を村上が頼まれます。ケイシーには、お屋敷での同居人ジェレミーがいたのですが、間が悪いことに、その同居人の方も母親の具合が悪いらしく、少し前からヴァージニアのほうに帰っています(その後、お母さんは亡くなります)。ケイシーの頼みごとは一つだけ、犬マイルズの世話(一日に2度の餌やり)をすることだけなのです。
村上はケイシー宅のヴィンテージのジャズ・レコード・コレクションに魅かれたこともあり、その留守番を引き受けます。 その最初の夜、一階の居間でルーティンである小説執筆を終えて、2階の寝室で酔眠を取っていると、夜中に階下からざわめきが聞こえて目が覚めてしまいます。どうやら、居間で大勢の人が集まりパーティーでも開かれているかのような騒めきなのです。そっと階段を下りて居間の扉に耳をそばだててみると、中では楽しげなパーティーな真っ最中のようなのです。不思議なことに犬のマイルズの姿はどこにも見当たりませんし、彼が吠えた声もなかったのです。
村上は、その中に入って行くのも躊躇われ、もと来た階段をそっと上り自分のベッドに戻ります。最初、心臓は早鐘を打っていたのですがやがてそれも収まり、状況を考えているうちに村上は気が付きます。「あれは幽霊なんだ!」と。
彼はベッドに横になりいろいろな事を考えていたのですが、不思議なことに知らないうちに眠りに落ち、次に気が付いてみると翌朝になっていました。昨夜の騒ぎはすっかり治まっているようで、村上がそっと一階の居間を覗いてみると、そこには昨夜のパーティーの名残りは影も形もなく村上が昨日仕事をしかけたままの部屋なのです。
村上は考えます、ケイシーが帰って来た時に、昨夜の、事件みたいな事柄を話すべきではないと。 実際、1週間後仕事を終えて帰ってきたケイシーと再会した時、ケイシーの「どうだった、仕事は進んだ?レコード楽しんだ?」に、「もちろん、最高だったよ」と答えます。
その後、村上の仕事が忙しくケイシーとは会う機会がなかったのですが、半年後、街で偶然出合います。驚いたことに、ケイシーの様子はすっかり変わってしまっているのです。髪はすっかり白くなり、眼の下には黒いたるみが生じ、端正だったケイシーには考えられないことですが、身づくろいもいい加減で明らかな老いが見えるのです。
・・・というお話です。このお話に教訓みたいなもの、あるいは新しい観点・視点はありませんが、答えのない不思議はいっぱいあります。どこの国でも、古いお屋敷にはそれなりの歴史があり、時に異世界・異空間ともいうべき次元に繋がっている通路があるかも、ということです。
どうやらこの世界には幽霊の見える人と見えない人がいるらしい。
たまにおりますよね、普段大げさな事や冗談を言いそうもない普通の、あるいは極めて真面目いっぽうのな女性が、真顔で「あら私、霊魂や幽霊見えるわよ?! みんなにも見えているのかと思ってた」って、ほんとうに驚きつつ言うのを。
※:この物語『レミシントンの幽霊』をまじめに読んでいるうちに「マサチューセッツ州」、「マサチューセッツ州」・・・「マサチューセッツ臭」って浮かんでしまいました。
とろで、マサチューセッツ臭って、どんな匂いでしょうね。カリフォーニア臭なら、なんとなく「太陽の匂い」でわかりますけど・・・。
[使用書籍]
レキシントンの幽霊 (文春文庫) 文庫 – 1999/10/8
村上 春樹 (著)