東京芸術劇場シアターイーストで上演中の、穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース・桑原裕子作・演出『たわごと』を観てきました。

 

その日は、余裕をもって家を出たのに、電車に乗った途端に2つ先の駅で人身事故とのアナウンス。

仕方なく、バスと2路線を乗り継いで劇場に向かいましたが、結局開演時間に間に合わず、冒頭の10分間を見逃してしまいました。(周りの席の方視界を遮ってしまいごめんなさい)

 

それもあって、登場人物達の関係性をつかむのに時間がかかりましたが、劇が進むにつれて、それぞれの人物像が明確になってきて、

 

誰もが心に傷を抱えていたり、互いに向き合うことから逃げていたり、それゆえ前に進めなかったりしている心情がわかりやすく届いてきました。

 

そして、死に瀕した父親のもとに集まったのをきっかけに、それぞれが変化していく様が時に激しく、時に温かく描かれていて、とても見応えがありました。

 

以下、ネタバレありの感想ですので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!

 

 

 

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2023年12月9日(土)14時

東京芸術劇場シアターイースト

作・演出 桑原裕子

出演 渋川清彦 田中美里 谷恭輔 松岡以都美 松金よね子 渡辺いっけい

 

 

 

 

 

 

 

自殺の名所とも言われている崖の上に立つ古い屋敷。

そこには、元作家が一人で住んでいるのですが、子どもたちとは疎遠になっており、病気が末期状態で、住み込みの医師(谷恭輔)と訪問看護師(松岡依都美)による緩和治療を受けています。

 

死期が迫ったある日、長男夫婦(渡辺いっけい、田中美里)、次男(渋川清彦)、元愛人の秘書(松金よね子)が作家宅に呼ばれ、一同が会したその場で、「遺言書」が元愛人により読み上げられるんですが、

 

その遺言書には財産分与等を定めたものの他に、「付帯事項」があり、

それは「次男が書いた弔辞を葬儀の場で長男が読み上げること」というもので、それが遺産相続の条件だと書かれています。

 

が、次男は「絶対に書かない」と拒否します。

「付帯事項」の内容も、次男の態度もはじめは奇異に感じられましたが、

 

今やアウトローな存在になっていて、斜に構えた言動をとる次男の、弔辞を書くことを頑なに拒否する根底には、父や兄との関係における葛藤や悲しみ、怒りなどがあることがわかってきて、次男を演じた渋川さんの、一見やさぐれた態度の中に繊細な心情が見え隠れする演技がとてもよかったです。

 

一方、遺産相続のために、ともかく次男に弔辞を書かせようとする長男は、実直で、単純で、渡辺いっけいさんの演技は私には若干オーバーアクトに思える時もありましたが、ある種の鈍感さのある人物像がよく表現されていたと思います。

 

長男の妻は、一見過剰なまでに明るくふるまっていましたが、次男とも関係をもっていたことがわかり、長男と結婚することになったいきさつや、長男が二人の関係を知っているのかはわからなかったものの、

 

奇異とも思える明るさや、痛々しさを感じさせる言動は、不妊治療の末に流産したことや、今は夫との間の空虚感を抱えているゆえで、それを感じさせる田中美里さんの演技に説得力がありました。

 

舞台奥の大きな窓からは崖の手すりが見えて、やがて、長男と次男が互いの欠落部分を指摘しあい、激しく言い争っている時、長男の妻が崖から飛び降りようとし、それを看護師が止めに行った瞬間を観客は目撃することになったのですが、この後、登場人物達の関係性が大きく動いていきました。

 

劇の間中、父親の姿は見えず、衰弱して声が出せないため、ベルを鳴らして意思表示をするのですが、時折鳴るその音は、未だに家族を支配していることが感じられて、その存在感が迫ってきました。

 

秘書を愛人にし、家庭を顧みなかった父親が、「付帯事項」に込めた思いは何だったのか。

 

かつて、次男は文章を書くことが好きで、小説家を志し、父親も手を差し伸べていたのに、ある日愛人とともに外国に行ってしまった、といういきさつがあり、以来次男は筆をとらなくなったんですが、

 

次男の文才への信頼なのか、長男との間を修復させたかったのか、あるいは家族への何らかの贖罪なのか、この期に及んでの命令なのか、真意はわかりませんでした。

 

ただ、この「付帯事項」が、家族の間の葛藤や愛憎を浮かび上がらせ、関係性に大きな変化をもたらすものになっており、その構成力が見事でした。

 

松金よね子さんの、元愛人という複雑な立場でありながら、遺言の立ち合い人の命を秘書として全うしようとする凛とした態度や、場を支配する演技力に感嘆しましたし、

医師、看護師それぞれの背景や心情も、とりこぼすことなく丁寧に描かれており、

 

終盤、葬儀を終えた面々が崖の上から散骨する場面では、嵐のようなあの日の後、それぞれが自分なりの道を歩み出していることが描かれて、作・演出の桑原裕子さんの優しさを感じて胸が温かくなりました。

 

私は次男に感情移入して観ていたんですが、亡くなった父のことが思いだされてきて、人は大きくなっても誰かの子どもなんだよなあ、父に会いたいなあ、と思ったりしたのでした。