東京芸術劇場プレイハウスで上演中の、根本宗子作・演出『宝飾時計』を観てきました。

今年の観劇始めは、『ジョン王』の予定だったんですが、残念ながらちょうど中止になった回にあたってしまい、この『宝飾時計』が初観劇となりました。

 

根本さんの作品は、等身大の作品という印象なので、私の年齢だと及び腰になってしまう部分もあるんですが、

今回は、高畑充希さんが根本さんに、「私に芝居を書いてほしい」と依頼した作品とのことで、根本さんが高畑さんにどんな物語を書き下ろしたのかな、と興味を覚えたのと、共演者の方々が魅力的なので、チケットをとりました。

 

高畑さんへの当て書きとあって、主人公役に高畑さん自身を重ね合わせてみたりしつつ、高畑さんと同年代の作家ならではの作品という気がしましたし、

様々な演劇的仕掛けにあふれて

どこかロマンティックでもあり、

でもそれぞれの「今」を生きる登場人物達の切実さが胸をうつ物語でした。

 

私も自分の過去や今に思いをはせながら、ところどころで涙を誘われたりしましたが、観る人の年代によってそれぞれの感じ方、受け取り方がある気がします。

共演者の方々も個性が十分発揮されていて、根本さんの演出家としての力量を感じる、見応えのある作品でした。

 

以下、がっつりネタバレしていますので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!

 

 

 

 

 

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2023年1月14日(土)13時

東京芸術劇場プレイハウス

作・演出 根本宗子

出演 高畑充希 成田凌 小池栄子 伊藤万理華 池津祥子 後藤剛範 小日向星一 八十田勇一

 

 

 

 

舞台上には、大きな時計の文字盤が浮かんでおり、その前に机や椅子、階段など。

今回、時間や空間が頻回に行き来しますが、盆を回しながらの転換がとてもスムーズで、それを成立させる演技や衣装、照明なども見事でした。

 

時折入るバイオリンやピアノの音もコントラストになっていましたし、高畑さんが最期に歌った椎名林檎作詞作曲の歌もとても印象的でした。

 

女優のゆりか(高畑充希)は、まるで自ら時を止めたかのように背が伸びず、10歳の時からミュージカル『宝飾時計』でずっと子役のヒロインを続けていましたが、29歳になった時に新しく担当になったマネージャー(成田凌)と恋人関係になってから、背が伸び出し、30歳になった今は、もう子役はできなくなっています。

周囲は結婚したり、出産したりしていて、自分はこのままでいいのだろうか、という思いも。

 

マネージャーとは1年間付き合っているものの、二人の会話はかみ合わず、ゆりかが本当に言ってほしい言葉や本心を彼は言ってくれない。

この場面は、男と女のすれ違いの会話がリアルだなあ、と面白く観ていましたが、マネージャーの態度にはどこか違和感も…

 

そんな折、プロデューサー(八十田勇一)から、『宝飾時計』20周年の記念コンサートで、歴代のヒロインとしてカーテンコールでテーマ曲を歌ってほしいとの依頼が舞い込みます。

ゆりかは、当時トリプルキャストをつとめていた他の二人(小池栄子)(伊藤万理華)にも出てほしいと頼みますが、それにはある理由があって、

 

21年前のオーデションの時の楽屋風景と現在が行き来しながら、一幕の終わりにはその理由が明かされて、ここはとても高揚しました。

 

当時、唯一お互いを分かり合えていた相手役の男の子(小日向星一)がいて、その男の子との会話の中で、お互い、本当に欲しい物を言うことができない、というのがありましたが、小さい時から子役として周囲の期待に応えることが身についてしまっている二人にとって、本音が言い合える、貴重な関係だったことが伝わってきました。

 

ある日、その男の子が海に身投げしたと知らされるんですが、その喪失感と自責の念、そしてもう一度会いたいと強く願っていたゆりかの前に、その子が現れます。

その男の子とは、宝飾時計の舞台を終えた楽屋でのみ、会えて話をすることができるので、ゆりかはずっと子役でいたかった。いる必要があった。

 

そして実は、ゆりかは今のマネージャーとはじめて会った時に、彼がその男の子だということに気が付いていたんですが、彼は打ち明けなかった。

ゆりかは、みんなの前でマネージャーがかつての男の子だと言うことを言いたかった。

 

そしてマネージャーは、そのことを認め、名前も変えて、新しい自分としてゆりかと出会い直したかったと言うんですが、面白かったのは、その後も子どものころの男の子は消えなかったこと。もはや楽屋以外にもその子は出てきて、ゆりかの言ってほしいことを言ってくれる。

 

マネージャーは、ゆりかと対峙する中で、肝心なところははぐらかしてしまうし、本当に自分がどうしたいか、ゆりかとどういう関係性を築きたいかということをはっきり言わない。

 

根本さんの描く男性って、浮気をしたりしてなんかダメな感じの人が多い気がしますが、このマネージャーも、すぐに「ごめん」と言って内面に踏み込まれること、踏み込むことを拒否している部分は歯がゆいし、

でも最近こういう人増えているかも、と思ったり、ただ逆に慎重であろうとして考えすぎてしまっているのか、となるとある意味誠実なのかしら、と思ったり、と、

その辺の曖昧さを成田凌さんがとてもよく表現していて、どこか哀しみも感じさせる何ともいえない魅力がありました。

 

ゆりかの台詞の中で、

「自分のために生きるのか」「他人のために生きるべきなのか」というような迷いの発露がありましたが、

それは30代に入った女性の年齢的なものや、成熟化社会ならではの問いなのか、などど思いつつも、

 

そもそも「自分のために生きる」ことと「他人のために生きる」ことって、二者択一だっけ?自分はどうだったかしら、今の自分はそこのところどう生きているのかしら、などと自問自答の思いも浮かんできました。

 

小池栄子演じるかつてのトリプルキャストの一人は、今やママタレとして活躍しているけど、夫からは望むような扱いを受けていない寂しさや、子育てをしていても満たされない思いもある。でも、「結婚とは、相手を幸せにするものだから」と割り切ってもいる。

 

伊藤万理華の方は、宝塚出身のステージママ(池津祥子)から、宝塚に入学するための期待を一身に受けていたものの、受験に失敗してからは引きこもりになり、今回も母親が連れてきた始末。

でも、ある意味毒親でもある母親との共依存関係も受け入れながら生きていくしかないと思っている。

 

小池栄子も伊藤万理華も、諦観をともなう覚悟のもとに生きていて、年を重ねた私には、共感できる部分があった気がします。

 

では、ゆりかは・・・

 

終盤、マネージャーとの愛が成就するかに見えた場面は、美術も美しく、ロマンティックでしたが結局彼はまた出て行ってしまった様子。

 

ラスト、椎名林檎作詞作曲の歌を歌うゆりかは、ローブを羽織っていましたが、私にはそれは傷ついた鳥の羽のようにも見えました。

 

歌い終わったゆりかのもとに、マネージャーがやってきて、やっと、「大好きだよ」と言うんですが、老女となっていたゆりかは最後、彼の腕の中で息をひきとったようにも見えました。

それを聞いたゆりかは幸せだったのだろうか。あるいはそれは幻想だったのか。

 

ゆりかは、他の二人のように覚悟を決めることができず、結局は時を止めたまま、彼の愛をひたすら追い求める人生だったのか。

 

あるいは、ひたすらに彼を想うという覚悟のもとに、自分一人で生きる人生を選びとり、力強く生きたのか。

 

そのどちらにも断定したくない思いにもなりますが、いずれにしても、高畑充希さんは、ゆりかの喜び、悲しみ、迷い、怒りなどを活き活きと演じていて、その姿に胸をうたれました。

 

また、空気を読まないけれどまっすぐな言葉を発する、小池栄子のマネージャー役を演じた後藤剛範さんの存在が、緊張の緩和と笑い、そして救いを担っていました。

プロデューサー役も、かなりカリカチュアされていたと思いますが業界人ってこうかも?という説得感が。

 

池津祥子さんの毒親ぶりも笑いと凄みがありましたし、伊藤万理華さんも不思議な魅力が満載。小池栄子さんは、明るく力強いキャラクターを生かしながら子役時代も堂々と演じていたし、

男の子を演じた小日向星一さんも少年らしさと大人びた感じの混在が面白かった。

 

劇場では脚本を売っていましたが、並んでいる人がたくさんだったので買うのをあきらめてしまったけれど、もう一度あの台詞たちに会いたいな、とも思っています。