下北沢駅前劇場で上演された、関村俊介脚本・演出・あひるなんちゃら『ハルサメ』を観てきました。

あひるなんちゃらは『あじのりの神様』に続いて2回目ですが、前回に観たあの独特の雰囲気に味をしめて、今回もリラックス目的(笑)で観に行きました。

 

ふと思ったんですが、いくつかの劇団に通うようになると、それぞれの劇団の作品の周波数がわかってきて、観に行く前に自分のメンタルを無意識にチューニングしているような気がします。

この日は観る前に整体に行ったし、もう心身ともに“ゆるめる”気満々(笑)

 

でも、あひるなんちゃらの作品は、ゆるいようでいてシニカルな部分があったり、不条理劇のような味わいや独特の間合いで成立するところは、なかなかに癖が強いかもしれません。

 

あと、今回も前説で、携帯電話は切らなくてOK、未就学児OK、いろいろ許しあおう、だって観ているみんなは友達(意訳)と言っていましたが、

観客にこれらの容認を迫る意味ではある意味ハードル高いですよね。

でも、そこを貫いている主宰の関村さんは、猛者だなあ、と思います。

 

私が観に行った回は、すぐ後ろに小さいお嬢さんがいて、正直、「・・うっ・・」と思って己の度量の狭さを思いましたが、上演中とても静かに観ていて、終演後ももっと観ていたい、というような声が聞こえて驚きました。(自分の息子の小さい時なら絶対ムリ)

そういえば、某劇場の芸術監督が小さい娘さんを連れて観ていて、やはり静かに観ていたので、

「エリート・・」と思ったのを思い出しました。

 

話が逸れました。

 

さて、今回のお話は、「ハルサメ」という名前の亀を飼っている男のお話。

男の家にいろいろな人がやってきて、あれやこれやと勝手なことを言いあうんですが、ズレる会話に笑ったり、ちょっとイラついたりしながら、最後には希望と少しの不安と切なさが胸に残りました。

 

以下、ネタバレありの感想です。

 

 

IMG_4171.jpg

2019年3月16日(土)15時

下北沢駅前劇場

脚本・演出 関村俊介 

出演 園田裕樹 石澤美和 堀靖明 上松コナン 根津茂尚 松本美路子 澤唯 野村梨々子 宮本奈津美  ワタナベミノリ

 

 

 

「ハルサメ」という名前の亀を飼っている男の家に、友人が強引に「お誕生日会」を企画し、会社の同僚もやってきますが、なぜかフェイスブックを見て勝手に来たという全然関係ない女性二人も混じってる。

望んでもいない誕生会を開かれたあげく、ここに集まった人達はかなりの割合で常識とか相手の気持ちを推し量るというところからは遠いところにいる、自由すぎるというかヘンな人達で、その中で翻弄される主人公の姿に笑ってしまうんですが、

 

この、彼らの確固たるずうずうしさ、自己主張のゆるぎなさは、現実社会の中でいろいろ妥協したり、めんどくさいので周りに合わせちゃうこともある(笑)私からみると、いっそ清々しく感じたりも。

 

また、主人公の妹や弟も、主人公が「こんなことがあってさ~」と愚痴りたい気持ちを全然受け止めず、アガリスクエンターテイメントかと思うような屁理屈を返したりして、主人公の投げたボールを全然返さない。

この「受け止めてもらえなさ」が哀れでもあり、ついつい周りに流されたり許容してしまう主人公はちょっとふがいなく思ってしまうんですが、

 

あれやこれやの後、主人公は、亀の故郷であるカナダに移住する、と決意します。

そしてまた強引に企画された送別会でもいろいろなことが起こるんですが、でもこれはあれでしょうか。

今まで、会社と家の往復で地味に生きてきた男が、自由すぎる人々の嵐に巻き込まれた結果、はじめて自分の殻を破ることができたのだ!というのはベタすぎるでしょうか。

 

でも、主人公の決断には、「よくやった!」「でも大丈夫?」「その決断でいいの?」という気持ちになって、この気持ちって、卒業や就職や、さまざまな新しい世界に飛び出していく人を見送る時の気持ちに似てるかも?と思いました。

少しの寂しさと、不安と、エールと。

 

ラスト、全然関係ないのに相変わらず主人公の家にあがりこんでいる女が、亀の名前を変えれば?と言うんですが、主人公がそれをきっぱりと断ったところは、「うん、それでいい!」とカタルシスを感じました。

 

大きな事件が起こるわけではないし、こうして書いてもなかなか伝わらないと思いますが、今回の作品も俳優さん達はみんな達者で、上演時間も短い小品という体ながら、実は奥深いのではないかと言う気もしないではないそんな作品で、私にとってはあひるなんちゃらはまだまだ謎めいているともいえるのです。