パルコプロデュース・長塚圭史演出『ハングマン』感想 | ぽけっとにチケット~おきらく観劇日記~

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もう1か月以上前になりますが、さいたま芸術劇場で上演された、マーティン・マクドナー作・長塚圭史演出『ハングマン』を観てきました。

マーティン・マクドナーの作品は、日本でも上演されていますし、2017年に公開された映画『スリー・ビルボード』も話題になりましたが、私はいずれも未見です。

 

が、この『ハングマン』は、2017年8月にナショナル・シアター・ライブで観ていて、そのブラックさにちょっと驚きつつも笑ってしまったのを覚えていますが、今回、長塚圭史さんが演出をするというので、どんな風になるのかな?と興味を覚えて観に行きました。

 

長塚さんの演出は、思ったよりもオーソドックスで手堅い演出だったな、という印象を持ちましたが、毒気があって不穏なおもしろさは十分出ていたと思います。

キャストはみんなとてもはまっていましたし、途中からの展開には、結末を知っていてもやはり惹きつけられて、脚本のおもしろさを改めて感じました。

 

以下、ネタバレありの感想です。

 

 

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2018年5月12日(土)18時

彩の国さいたま芸術劇場

作・マーティン・マクドナー

翻訳・小川絵梨子

演出・長塚圭史

出演・田中哲司 秋山菜津子 大東駿介 宮崎吐夢 大森博史 長塚圭史 市川しんぺー 谷川昭一郎 村上航 富田望生 三上市朗 羽場祐一

 

 

 

 

はじまりは、1963年のイングランドの刑務所で、連続婦女殺人事件の死刑囚(村上航)が、必死に無実を叫び、絞首刑になるのを拒む場面から。その必死さは滑稽でもあるんですが、笑っていいものかどうかちょっと逡巡したり。

ハングマン=絞首刑執行人のハリー(田中哲司)は、死刑を決めたのは自分じゃない、お上だから、と言いながらも真剣な訴えに一瞬ひるんだ様子を見せたような気がしましたが、

 

死刑囚から、せめて一番有名な死刑執行人のピアポイント(三上市朗)を呼べ!と言われて、ライバル心を刺激されたハリーは、一気に死刑を執行する・・・

そもそも、死刑執行人のライバル関係って?ハリーは2番目に有名らしいけど、死刑執行を競い合っているというのもなんだかブラック。

 

そして、場面は2年後の、イングランド北西部の町でハリーが経営するパブに移ります。

死刑制度が廃止になったその日、ハリーからコメントをとろうと新聞記者(長塚圭史)がねばったり、常連たちがビールを飲みながら談笑しているところに、ムーニー(大東駿介)という男がやってきます。

 

都会から来たらしいこの男、洗練された雰囲気と少しの色気も醸し出して、ハリーの妻アリス(秋山菜津子)もちょっと好意をもったりするけれど、急に激昂したり、謎めいていてどこか不気味さもある。ハリーの娘のシャーリー(富田望生)が、ムーニーと出かけたまま帰ってこなくなり、ハリーと妻が心底心配しているところに、

 

かつてハリーの助手をしていたシド(宮崎吐夢)がもたらした情報から、ムーニーこそが連続婦女殺人事件の真犯人だった疑惑が持ち上がります。

この辺りからは、サスペンスタッチになって、観ていてけっこうハラハラ。

ハングマンとして何人もの命を終わらせてきたハリーも、自分の娘が今頃・・と思うと、不安で憔悴するばかり。

 

と、そこにひょっこりムーニーがやってくるんですが、激昂したハリーは、かつてのやり方でムーニーを私刑に処してしまいます。それに加担する常連客達。

途中、ピアポイントが訪ねてきて、ムーニーの姿を隠すあれこれは、コメディあるある、という感じでしたが、

 

その後、今度は、ムーニーに置き去りされた、と言って、シャーリーがひょっこり帰ってくる。

この辺のメリハリも効いていて、観ている私も思わず「ああ~~」と、安堵と、マズイことになった、という気持ちに襲われました。

最後、私刑に加担した常連客達は、責任をすべてハリーに押し付けて帰ってしまい、残されたのはハリーと元助手のみ。

 

ハリーは、2度も真犯人ではない人間を殺してしまったのか?

最後、元助手と二人でムーニーの死体を運びながら、かつての死刑制度を懐かしむ台詞が印象的でした。

 

不謹慎と思いつつ笑ってしまう中にも、どこか、心臓を冷たい手でつかまれたような気になる一瞬もあって、根本には、死刑制度や冤罪という題材が扱われているからかもしれません。

ただ、ナショナル・シアター・ライブ版では、もっと観客の笑いが多かったような気がします。長塚版は、コメディよりもシリアスに寄っていた感じを受けましたし、ナショナル・シアター・ライブ版の方がより下品さや皮肉が強調されていたけれど笑い声も大きかったような。

 

これは、感性の違いでしょうか。あるいは、差別用語さえも板の上のブラックユーモアとして笑い飛ばしてしまう、作り手と受け手の度量の違いかな。

それを考えると、私は、こちらでは、最近、行き過ぎた“言葉狩り”の傾向もあると感じていて、それは演劇やその他の芸術の表現の自由を委縮させてしまうのではないかとの危惧を感じていることを思い出したりしました。

 

私は、長塚さん演出ということで、どこか独特の過激さを密かに期待していたのかもしれませんが、でも、翻訳物をわかりやすく日本の観客に提供する、という点では、妥当だったように思います。

ただ、翻訳は難しいのだな・・と感じたのは、ハリー達の田舎なまりの表現で、田舎者らしさを出そうとする言葉遣いに少し違和感を感じてしまいました。

 

今回、舞台装置がリアルでしたが、想像力で補完する抽象的な美術も好きですが、こういうリアルな装置も、物語の背景をしっかりととらえられて、物語に入り込めるという点でよいものだなあ、と改めて感じました。

 

ハリーを演じた田中哲司さん、尊大な田舎者という人物を堂々と演じていて、今まで観た役柄とは違っていて印象的でした。

ムーニーを演じた大東駿介さんも、色気と怪しさがあってよかったし、

コンプレックスを抱えているシャーリーを演じた富田望生さんも可愛らしく、魅力的でした。

 

常連客達も、それぞれベテランの俳優さん達が演じていて、安定感がありましたが、もう少し、パブにたむろするダメダメ男達感が出ていてもよかったかも。

小川絵梨子さんの翻訳は、わかりやすかったですが、全体的にお上品だったかな?

いずれにしても、毒気の強いマクドナー作品を、おもしろく観ることができたひとときでした。

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