パラドックス定数『731』2018年版 感想 | ぽけっとにチケット~おきらく観劇日記~

ぽけっとにチケット~おきらく観劇日記~

お芝居大好き。今日もぽけっとにチケットを入れて劇場へ。
小劇場からシェイクスピアまで、観てきたお芝居の感想をつづります。
基本、ネタばれしていますので、未見の方はご注意ください。


テーマ:

あっという間に5月も今日で終わりですね。

私はと言えば、相変わらず、観劇予定をキャンセルしたり、ブログの更新も滞ってしまっている日々を過ごしておりましたが、これから、今まで観た作品の中から、少しずつ感想をアップしていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたしますm(_ _ )m

 

まずは、4月24日から、5月2日まで、シアター風姿花伝で上演された、野木萌葱作・演出・パラドックス定数『731』。

 

パラドックス定数は、今年、シアター風姿花伝の「プロミシングカンパニー」(シアター風姿花伝が、良質な作品を創作している若手劇団を1年間にわたってバックアップするというシステム)に選出され、来年の3月までに過去の7作品が再演されます。

 

2015年に上演された『東京裁判』を観て感銘を受け、過去の作品を観ていなかったことに忸怩たる思いでいた私は、この“パラドックス定数祭り”が本当に楽しみで、世間がゴールデンウイークでうきうきしている中、『731』というタイトルに覚悟もしつつ、行ってきました。

 

暗かった・・・

怖かった・・・

そして、ゾクゾクと、おもしろかった・・・

 

舞台には机と椅子があるのみで、今回驚いたのは、照明がほとんどなかったこと。

パラドックス定数の舞台って、普段行かないような場所が選ばれることがあって、作品の雰囲気にはとてもあっているけれど、アメニティという意味では観客には優しくないこともある(笑)

 

今回は、劇のはじめからとても暗くて、そのうちもっと明るくなるのかしら、と思っていたら、そうはならず、このまま観続けなくてはならないのか、とちょっと負荷をかけられている感じがしましたが、登場人物達の会話がはじまるとすぐに引き込まれ、2時間、息をのんで舞台を見つめていました。

 

派手な装置や照明の助けもなく、脚本と俳優の台詞の力だけで物語を紡いでいく、その力量と潔さ。

今回の作品も、ともすればドキュメンタリーのように思えてしまいますが、あくまでも、作者の想像力(妄想)をもとにした“おはなし”

野木萌葱さんの作品は、観る者によっていろいろな受け取り方ができる余地をはらんでいながら、あくまでも想像上のお話=エンタメ、と感じられるところが好きです。

 

以下、ネタバレありの感想です。

 

 

IMG_2819.JPG

2018年4月30日(月)15時

シアター風姿花伝

作・演出 野木萌葱

出演 関村俊介 植村宏司 小野ゆたか 井内勇希 今里真 西原誠吾 斉藤悠

 

 

 

 

 

敗戦から3年後、GHQ占領下の1948年。

かつての「731部隊」の研究者たちに、差出人不明の手紙が届きます。送り元の住所は、陸軍医学学校の跡地。

当時の隊長から、「731部隊」については決して口外するなと箝口令をしかれている彼らは、戦後、ある者は医者となり、ある者は大学の研究者などになっていますが、その手紙に吸い寄せられるように、廃墟と化した暗い建物の一室に集まってきます。

 

また、時を同じくして、帝銀事件がおこります。

閉店後の銀行で、役人を語る人物に伝染病の予防薬と言われて飲んだ16人が死亡したその事件は、薬物に対する専門知識を持つ者でなければ起こしえないと思えるその手口から、

 

帝銀事件の犯人として捜査の手が自分たちに伸びてくることを恐れ、

それによって自分たちが大陸で行ってきた行為が発覚することを恐れ、

戦争犯罪人として死刑になることを恐れ、

手紙を受け取った男たちは、疑心暗鬼となり、互いを監視しあうために、定期的に集まるようになります。

 

そこで交わされた会話の中で、彼らが行ってきた所業が明らかにされるのですが、ここは容赦なかった。そこまで言わせるのか!と、野木さんの容赦のなさに震えました。

731部隊で行ってきたことを、医学の進歩に寄与した、と正当性を主張する者もいれば、後悔の念で精神のバランスを崩している者、毒物研究者として、どうしても帝銀事件の毒物を解明したいと思う者、今もなお残る相手の地位への嫉妬や競争心など、お互いの思惑や感情が入り乱れての会話が続きました。

 

生きた人間を「マルタ」と呼び、研究「材料」にしていた一方で、命からがらやっと日本に帰ってきた自分の命は惜しいというエゴイズムや、なぜあそこまで暴走してしまったのかについての彼ら自身の混乱が対話の中から見えました。

 

例えば劇団チョコレートケーキだったら、もう少し、登場人物のキャラクターをはっきりさせてメッセージ性を打ち出すような気がしますが、野木さんは、観客もを混乱の中に放り込んで、どこか突き放しているようにも思えます。

でも、私は、混乱するがままの描き方は、人間の心の多面性という意味でリアリティがあって好きでした。

 

そんな彼らを見ながら、非道な行いに対する私の中の倫理観が痛む一方で、研究者としてのあくなき探求心という部分にはイノセントさも感じられ、観ている私も気持ちがあちこちに揺れました。

そして、彼らが語る残酷な行いに震えながらも、その会話の緊張感や感情のぶつけあいを、

「ああ、この芝居、おもしろい・・・」と思って観ている私自身の業を感じたり・・・

 

差出人不明の手紙は、731部隊の幹部あてに届いていたのですが、唯一、特殊監獄の入り口の警備員だった一兵卒のところにも届いていて、彼もこの場所にやってきます。

実際に、人体実験に携わってはいなかった彼は、幹部たちを糾弾する立場にもいて、観ている私の視線と高さが同じ部分もあったんですが、

印象的だったのは、その兵隊が、

 

「どうして、自分を人間の外側に置くことができるんですか。」とリーダー格の幹部に問い、

それを聞かれた幹部が、

「人間の外側って、何だろう。」

と言い、周りと自分を指して、「人間だから」と答えたシーン。

 

ある特殊な状況下において、人間の外側に自分を置くことができてしまうのも、また人間ーそういう意味では、人間って、怖いし、弱いし、自分自身だけは例外とは言い切れない・・・

ここは、以前観た劇団チョコレートケーキの『あの記憶の記録』で感じたことを思い出しました。

この、幹部たちとは違う視点をもてる人物を投入するところもうまいな、と思いました。とはいえ、その兵隊も、やはり・・・

 

手紙を出したのは誰なのか、

送り元が陸軍医学学校の跡地だったのはなぜなのか、

帝銀事件で使われた毒物は何なのか。

帝銀事件の犯人は?

 

2時間の芝居の中で、答えが出ます。

 

731部隊と帝銀事件を重ねたところや、帝銀事件の真相については、なるほど、そうくるのかー、と唸りましたし、さらに、幹部たちが新しく始めた血液製剤を扱う事業が後の薬害エイズ事件につながることを予見させるところもおもしろかった。

すべてが野木さんのオリジナルのアイデアではないとしても、芝居の中できちんと野木式の答えが出るところがよかったです。

 

劇団員の方たちは、今まで観てきた数作品とは違う感じの役どころだった気がして、新鮮でした。演技に関しての信頼感は、言わずもがな。

また、もの静かでゆるぎない冷酷さをもつリーダーの里中を演じた関村俊介さんの演技が印象に残りました。

そして他の客演の方も含めて、男だけの硬質な芝居を楽しみました。

 

観劇直後は、言葉にならないな・・・という気持ちが湧いてきて、あえて言葉を探すことはやめて、言葉にならない思いを胸に抱いて、駅までの道を歩きました。

あの薄暗い廃墟の部屋には、今も彼らがいるような気がしています。

クッキー・ママさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス