東京芸術劇場シアターウエストで上演された、古川健作・日澤雄介演出・劇団チョコレートケーキ『あの記憶の記録』を観てきました。

もうひとつの作品、『熱狂』とともに、2012年初演、翌2013年に再演され、今回で3回目の上演とのこと。

 

イスラエルに暮らす一家の父親の、「あの記憶」をめぐる物語。

「戦争とは」「人間とは」ということに真っ向から挑んだ作品で、かなり厳しい描写を含んだ内容でしたが、

私たちが見ないでおきたい部分も、目を背けずに描き切っていて、見応えがありました。

翌日は、『熱狂』を観ましたが、両方の作品をつなぐ人物の存在もあり、併せて観てよかったと思います。

 

 

 

以下、ネタバレありの感想です。

 

 

 

 

 

 

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2017年12月8日(金)19時

東京芸術劇場シアターウエスト

作・古川健

演出・日澤雄介

出演・岡本篤 浅井伸治 川添美和 寺十 吾 藤松祥子 水石亜飛夢 吉川亜紀子 吉田久美

 

 

 

 

舞台中央にはダイニングテーブルと椅子。後方には塹壕のようなものが見えました。

1970年のイスラエル、テルアビヴ内に住む一家。両親と高校生の息子と娘の4人家族の、ごく日常の朝食の風景から始まりました。

ある日、息子のヤコヴ(水石亜飛夢)が、社会科の教師のサラ(川添美和)から、父親のイツハク(岡本篤)の体験談を聞きたいと頼まれます。

 

教師は、ショア(ヘブライ語でホロコーストのこと)を研究しており、イスラエルの国家体制をゆるぎないものにするためには、ショアの記憶を共有することが大切であると考えています。

ヤコヴの父親がそれに関わっていたと推察し、その体験を記録したいと思ったのでした。

 

父親のイツハク(岡本篤)と兄のアロン(寺十 吾)は、アウシュビッツからの生還者ですが、兄は、「もう忘れた。あれはなかったことだ。」とその体験自体をなかったものとし、イツハクも、いつまでも消えない記憶に苦しめられながらも、今まで誰にも語ることはありませんでした。

が、徴兵制度のあるイスラエルで、息子のヤコヴが、国を守るためなら死もいとわない、と言うのを聞いて、イツハクは、ついに、自分の体験を語ることにします。

 

イツハクと兄がアウシュビッツに収容されてやらされていたことは、「特殊任務」と呼ばれるもので、ガス室の同胞の死体を処理するものだったこと。不安に脅える同胞に大丈夫だから、と偽り安心させてシャワー室に送り、死体を運んで焼き、死体からは金歯を盗んだりもしたこと。

やがては自分も同様の運命をたどることはわかっていても、この仕事を拒否すれば殺される。今、は生きていたい。

 

この作品は、シェロモ・ヴェネツィア作『私はガス室の「特殊任務」をしていた』を参考にして作られたとのことですが、私はこの本は未読ですが、同様の任務を描いた『サウルの息子』という映画を観たことがあります。WOWOWで放映されていたのを観たんですが、耐えられなくなり、途中で観るのをやめてしまいました。

 

イツハクが語る収容所での出来事は、岡本篤さんの語りにそって、兄役の寺十 吾さんが、机や椅子をその状況に見立てながら演じていました。胸が潰れる思いがしましたが、道具を使うその演出や、悲しみや苦しみを現わす寺十さんの演技がとてもよかったと思います。

 

さらに、イツハクの独白で、解放された後、我先にと食料を奪い合ったことや、今度は自分たちがドイツ軍の兵士に対して、残虐な行為をしたこと、などが語られました。

この物語の途中途中で、イツハクの記憶の中のナチス親衛隊の将校、ビルクナー(浅井伸治)が出てきて、命令したり、残虐な行いをしたりしてイツハクを苦しめていましたが、解放された後、イツハクは、憎しみのあまりビルクナーを殺してしまったことを記憶の奥底に封印して思い出せなかったようでもありました。

 

兄の記憶では、ビルクナーは将校の中では唯一、できる限り収容者を守ろうとしてくれていて、自分たちが生還できたのも、ビルクナーのおかげだ、との台詞がありましたが、イツハクの記憶と違うのは、記憶の曖昧さや無意識の改ざんのせいかな、と思いましたが、翌日、『熱狂』を観て、また新たな思いが湧き上がってくるのでした。

 

イツハクの言葉で、「いい奴は死んでいった。」というのがありましたが、人は極限状態に置かれたとき、自分の生命を守るためなら、あるいは憤怒にかられたなら、何でもしてしまうものなのかもしれません。

私だって、もしそういう状況下におかれれば、どうなるかわからないな、と思います。

 

「絶対的な被害者」としての自分たちの記録を残し、国威掲揚に結び付けたいとする若い教師のサラに、人は被害者にもなれば加害者にもなる、ということを語ったイツハク。だからこそ・・というイツハクの思いも、サラや息子には届ききらないようで、戦争を体験した者と、そうでない者との間の大きな乖離を感じさせられました。

 

イツハクに殺されたビルクナーが起き上がって、

「憎しみはなくならない。ゆえにこの世界から戦争はなくならない。」というような内容のことを客席に向かって言いましたが、

中東戦争や、最近の米大統領のイスラエルの首都に関する発言の後の混乱や、私たちの国の近くで有事が起きた時、想像もしなかったような事態になる可能性がゼロではないかも、などと思ったりする、そんな現実の中に生きていることを考えさせられました。

 

ラスト、夫の告白を聞いた妻が、あれだけの内容を聞いて、はたしてあんな風に夫を受け止めきれるだろうか・・・とは思いましたが、イツハクが、「助けてくれ」と口に出して言えたこと、妻が「もちろんよ。」と答えたこと、物語の中で、そんな救いがあってもいいのかもしれません。

人間の弱さや罪深さを描いたこの作品は、見応えがあるものでしたが、胸にずっしりとくるものもあり、これは『熱狂』も覚悟を決めて観なくては、と思って、翌日も劇場に向かったのでした。