ぽけっとにチケット~おきらく観劇日記~

お芝居大好き。今日もぽけっとにチケットを入れて劇場へ。
小劇場からシェイクスピアまで、観てきたお芝居の感想をつづります。
基本、ネタばれしていますので、未見の方はご注意ください。


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シアタートラムで上演中の、ハロルド・ピンター作・森新太郎演出『管理人』を観てきました。

『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』、『ちょっと、まってください』、そしてこの『管理人』と、ここのところなぜか不条理劇が続いたんですが(笑)、夏に観た森新太郎さん演出の『怪談 牡丹燈籠』が良かったので、森さんの演出で初ピンターを観てみたいな、と思って行ってきました。

 

不条理劇というと、「きっとよくわからないんだろうな」という思いや、逆に、「わからなくてもいいのよね」、というエクスキューズも浮かんだりするんですが、森新太郎さん演出の『管理人』は、私には、溝端淳平さん、忍成修吾さん、温水洋一さん演じる3人の男の繊細な心理劇に映りました。

 

大きな事件は起こらないけれど、それぞれの心の奥深いところが見えたような瞬間はとてもスリリングでしたし、謎は謎のまま残っていますが、むしろふんわりと残しておきたい感じ。

初ピンターを森さんの丁寧で真摯な演出で観ることができたのは、よかったと思います。

 

 

以下、すっかりネタバレしていますので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!

 

 

 

 

IMG_2449.JPG

2017年11月26日(日)16時

シアタートラム

作・ハロルド・ピンター

翻訳・徐賀世子

演出・森新太郎

出演・溝端淳平 忍成修吾 温水洋一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

床が少し斜めにせりあがっている舞台の奥には、窓があり、窓の近くと、舞台の手前側にベッドがひとつずつ。部屋の中はがらくたや木材、ゴミなどが散乱していて、遠近感も少しおかしいような感じの美術で、なんとなく、不安定さを感じる空間でした。

 

ロンドン西部のこの部屋に住むアストン(忍成修吾)は、職を失って住むところがなくなった老人のデーヴィス(温水洋一)がけんかをしているところを助け出し、自分の部屋に連れてきて、窓際のベッドを提供します。

そして、老人に、この部屋の管理人になってほしいと頼みます。

アストンは、ゴミやがらくたに囲まれて、ひきこもりのような生活をしているようだし、そもそもなぜ老人を自分の部屋に連れてきたのか、管理人になってほしいという真意はなんなのか、はっきりとは示されません。

 

アストンの弟のミック(溝端淳平)は、はじめデーヴィスを不審者と思って責め立てますが、そのうち、この家全体をリフォームしたいとの計画を、とうとうと老人に語ったりします。そして、ミックも、老人に、管理人になって兄の面倒をみてほしい、と頼みます。

 

はじめは、一夜の宿を借りることができてラッキー、というくらいに思っていたであろう老人も、二人から管理人になってほしいと言われてからは徐々に自分の要求を通すようになったりと、態度を変容させていきます。

 

老人はしばしば人種差別的発言をしていましたが、ある日、アストンが自分は精神病院に入っていたことがあって、電気ショック療法を受けたことがあり、それ以来、多くの言葉を話せなくなった、と語ります。

それを聞いた老人の心の中では、アストンに対する偏見が芽生えていたのでしょうか。

アストンはその告白をしてから、老人とのコミュニケーションを自ら閉じてしまったようにも見えました。

 

その後、アストンと老人の関係は悪化していき、ついに、アストンは、老人に出ていくように言います。

ところが、老人は、自分が出ていくことを拒否し、ミックに、アストンを追いだしてくれ、と頼みます。

それを聞いたミックは激昂し、老人に暴力的態度をとります。それは、老人の、アストンに対するひと言ー心を病んでいる兄への侮蔑的な言葉を聞いたからのようでした。

 

そして、老人は再び部屋に戻り、ここに置いてくれ、とアストンに頼むのですが、アストンは受け入れません。強い拒絶を示しているアストンの背中にむかって、惨めに懇願する老人の台詞が続いて、幕となりました。

 

観終わった後、いろいろな想像が頭に浮かんだんですが、

 

この3人の中で、一番饒舌なのが老人のデーヴィスで、アストンとミックが互いに話す場面はほとんどなかったと思いますが、この老人を管理人に選ぶことは、アストンとミックという兄弟間の駆け引きのひとつだったのかな、と思いました。

 

他の家に住んで仕事をしているミックは、兄の面倒をみるのは負担だけれども、見捨てることはできない。アストンは、弟のミックに全ての主導権を握られたくはない。

ミックは、管理人に兄の世話を託して自分の自由を取り戻したい。

アストンは、管理人を置くことで弟の全面的な支配から逃れたい。

そんな兄弟間の心理的攻防の中に、老人はうっかりとはまってしまったのでしょうか。

 

また一方では、この物語は今の状況を打開しなくては、と思いつつも、そこから出ていけない男たちの物語のようにも思えます。

老人は、口では職探しのための書類を取りに行くと言いながら管理人として手に入れたものを手放したくはなくて、なんだかんだと理由をつけて行こうとしない。

アストンも、部屋を改装するつもりだと言い、まず庭に作業小屋を建てると言いながら、何もしていない。

ミックも、大々的なリフォームをするといいながら、どこまで本気なのかわからない。

 

部屋や新しい仕事などの幻想に救いを求めつつ、抜け出せない、その閉塞感に、観ている私の心も曇る気持ちになりました。

 

台詞の端々に、相手を見下す心ー人種だったり、仕事をしているか否かだったり、病気だったりーが見え隠れしていて、特に老人とミックは互いにマウンティングしている場面があったと思いますが、イギリスの階級社会とか、1960年代当時の社会状況を反映しているのかな、と思うと同時に、普遍的なことでもあるなあ、とも思います。

これが時代や国を越えてピンターの作品が上演される理由のひとつでもあるのでしょうか。

そういえば、アストンは、あからさまにはマウンティングはしていなかった気がしますが、どうなんでしょう。

 

この作品は、観る人によって、痛みとして響くところや、共感できたりできなかったり、また、解釈や受け取り方は様々になると思われますが、そこが、不条理劇の面白いところでしょうか。

ピンターの劇は、「間」と「沈黙」が特徴のようですが、私が観たのは初日だったせいか、その点において、もう少し、意味と情緒が伝わってきたらよかったな、と思いました。

 

ですが、老人デーヴィスを演じた温水洋一さんの、卑屈さ、ずるさ、悲しさ、そしてそれらが可愛らしくも思えるところなど、人間のいろいろな側面を現わす演技が見事でしたし、

兄のアストンを演じた忍成修吾さんの、はじめの、微笑みをたたえたような静けさから、病を告白する場面、そして最後、背中で強い拒絶を示すところなどの変化が巧みで、謎めいた人物像がとてもよかったと思います。

 

弟のミックを演じた溝端淳平さんも、キレやすくて少し粗暴な弟を情熱的に演じていました。

ただ・・溝端淳平さん、カッコいいんですよね・・ついつい、観ていて「カッコいいな・・」と思ってしまい、それは忍成修吾さんもそうで、このお二人、元ジュノンボーイと元モデルということで、どうも、観ていて集中を欠いた気がします。

が、これは私の煩悩ゆえかもですね(笑)

 

森新太郎さんが、「この作品を観て、人間ってこうなのかもな、と救われる気持ちになるかも」と言っていましたが、私は人間の哀しみの方を強く感じて、救われる気持ちにはなりませんでしたが、あの後、3人はどうなったのかな?と想像したりもしています。

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