ぽけっとにチケット~おきらく観劇日記~

お芝居大好き。今日もぽけっとにチケットを入れて劇場へ。
小劇場からシェイクスピアまで、観てきたお芝居の感想をつづります。
基本、ネタばれしていますので、未見の方はご注意ください。


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東京芸術劇場シアターイーストで上演中の、野田秀樹作・演出・ENGLISH VERSION 『表に出ろいっ! One Green Bottle』を観てきました。

初演は、2010年に、野田MAPの番外公演として、父親役を中村勘三郎、母親役を野田秀樹が演じ、娘役は黒木華と太田緑ロランスのダブルキャストで上演されました。私はどちらのバージョンも観ています。

 

今回は、英語版ということで、DVDでしか観たことがないキャサリン・ハンターを観てみたい、という思いもあって、チケットをとりました。

父親役をキャサリン・ハンター、母親役を野田秀樹、娘役をグリン・プリチャードが演じますが、男が女を、女が男を演じるという性別のシャッフルや、言語の違いなどのバリアーがカオスな面白さをうんで、初演とはまた違った印象でした。

でも、途中の大騒ぎや、やがてゾッとする展開など、80分の小品ながらのパワーはやはり健在でした。

 

以下、すっかりネタバレしていますので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!

 

 

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2017年11月2日

東京芸術劇場シアターイースト

作・演出 野田秀樹

英語翻案 ウィル・シャープ

出演 キャサリン・ハンター グリン・プリチャード 野田秀樹

演奏 田中傳左衛門

日本語吹き替え 大竹しのぶ 阿部サダヲ

 

 

 

 

 

 

 

 

初演版は、カラフルでポップな美術でしたが、今回は、能舞台のような作りになっていて、壁の色も伝統的な色調。そして、田中傳左衛門さんによる鼓や太鼓囃子などの生演奏も加わって、父親が能楽師であるということがより強調される感じになっていました。

冒頭、小柄な体にハゲ頭のカツラをかぶり、袴をはいたキャサリン・ハンターが舞を舞いながら登場したとき、思わず「可愛い~~」と思ってしまいました。

 

両親と娘の3人家族の一家。父親は人間国宝級(?)の能楽師で、自宅でも常に鍛錬を怠りません。

ある日、飼い犬が出産を控えているので、誰かが留守番をしなければならないけれど、3人ともそれぞれにはずせない用事があると主張し、一歩も譲らず。やがてそれが家庭内紛争に発展し、ついには・・

 

今回の英語版では、はじめの方で、テレビ画面にこの家に黄色い立ち入り禁止のテープが貼られているところが映りましたが、これは初演にはなかったような。

このニュースの解説の部分がイヤホンガイドから聞こえていたと思うんですが、私は聞き逃してしまいました。何と言っていたのでしょう?

 

母親は、推しのアイドルグループのコンサートにどうしても行きたい。

父親は、テーマパークのパレードを見に行きたい。

娘は、どうしてもレストランに並ばなければならないと言う。

それぞれが、いかに自分が「それ」を愛しているか、それが自分の人生にとってどんなに必要か、ということを主張しあうところは笑えると同時に、「わかるなー。」と思いました。

 

こんなにしょっちゅう芝居を観ている私も彼らと同じだし、何かを偏愛するのは、少し狂気めいているとも言える(けど、それを趣味のカテゴリーに入れている自分もいます笑)

 

初演では、母親が、「生活の中にアイドルの応援があるんじゃないのよ。アイドルの応援をする、と言う中に生活があるのよ」というようなことを言っていたのがちょっとわかってしまって可笑しかったんですが、今回はその台詞はなかったような。

 

やがて3人の言い争いは過熱し、携帯は壊すわ、電話線は引きちぎるわ、娘のパソコンを壊すわ、と格闘技状態になり、ついには相手に出し抜かれないように、犬の鎖で相手の足をポールにつないでしまいます。

もう、このあたりの狂気のドタバタは、逆にカタルシスを感じるくらい。

 

が、実は、娘はただ行列に並ぼうとしていたのではなく、カルトのような集団に属していたことがわかります。初演では、「教祖」なる人物を信望している感じだったのが、今回は、人ではなく、コンピューターシステムのようなもの?で、それらに管理されているこの世界は、近々滅亡する、と信じています。

このあたりは、初演からの時の流れを感じました。

 

「娘がカルトにはまってしまった!」と嘆く母親。この辺から、不穏な空気が濃くなってきて、互いを鎖でつなぎ、その鍵を捨ててしまった3人は、水を飲むこともできない。

もともと、父親が稽古をするために家全体を完全防音にしているし、携帯も電話線もパソコンも壊してしまい、まさかの、自分の家の中での遭難状態に・・・

 

助けを呼ぶこともできない3人。

何度か暗転を繰り返しながら、出産した母犬も子犬も死んでしまった場面や、水が飲めず、段々と衰弱していく3人の姿に、観ているこちらも恐怖を感じていきます。

 

初演では、最後、明かりが差し込み、誰かが訪ねてきたようで、父親が、「神か?泥棒か?いや、どっちでもいい。水をくれ。」と言って終わったと思うんですが、それを観て私は、生存の危機に瀕した人間は、「神よりも、自分が信じるものよりも、水を求めるのだなあ、それもまた人間の姿だなあ」と思ったし、実際には、誰かが訪ねてきて、彼らは助かったかもしれない、と思ったことを覚えています。

 

今回は、能舞台の作りになっていることや、ニュースの場面が入っていることからも、3人はすでに死んでいた、ということでしょうか。

(あるいは、初演でもそうだった?)

この、英語版では、終盤、父親が、娘が幼い頃に歌ってやった歌を歌う場面や、3人で寄り添う場面があり、家族の脆さや、何かを盲信することの危うさなどのシニカルな視点に加えて、救いのようなものも加わっているのかしら。

そこが初演とは違うところかもしれませんが、今回、最後に父親が言った台詞を正確に思い出せないのが残念です。

 

父親を演じたキャサリン・ハンターが、あのいでたちで自分はすごい能楽師、と自分で言うところもパロディになっていてユーモラスでした。でも、ファニーだけれども、どこかに優雅さを感じさせました。

娘を演じたグリン・プリチャードは、体格がよくてゴツいのに、段々女の子に見えてきたし、いちいち自撮り棒で自撮りするところとかも2017年版だなあ、と。

野田さん演じる母親は、キイキイ声でわめき、キレッキレの大暴れで、本公演ではあんまりこういう姿は見ないので、相変わらずの身体能力を再認識しました。

 

大竹しのぶと阿部サダヲの吹き替えは、ほとんど感情を入れない、通訳に徹したしゃべりだったのが意外でした。私の耳が悪いせいかもしれませんが、大竹さんの声は聞き取りやすかったんですが、阿部さんと野田さんの台詞がちょっと聞き取りづらかったです。

イヤホンガイドに頼らないと台詞を理解できない分、やはり、日本語でストレートに耳に入ってくるのに比べると、作品全体が少し遠くなりましたが、その隔たりの感じもまた、他では味わえない感覚だったようにも思います。

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