ぽけっとにチケット~おきらく観劇日記~

お芝居大好き。今日もぽけっとにチケットを入れて劇場へ。
小劇場からシェイクスピアまで、観てきたお芝居の感想をつづります。
基本、ネタばれしていますので、未見の方はご注意ください。


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東京芸術劇場プレイハウス内で上演中の、野田秀樹作・演出・NODA ・MAP『足跡姫 時代錯誤冬幽霊』を観てきました。

江戸時代の芝居小屋を舞台に、伝説や史実、現実と空想が言葉を媒介にして重層的に展開する物語でしたが、私的には『キル』や『パイパー』を観た時の感じに似ているな、と思って、ここ最近の作品よりも気軽に楽しめました。


それでも野田さんの主張は込められていたし、それも含めて中村勘三郎さんへのオマージュなのだろうな、と思います。

俳優さん達の演技や、衣裳や美術もあでやかで、目にも楽しい舞台でした。


以下、すっかりネタバレしていますので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!

 



 

IMG_2081.JPG


2017年2月4日(土)ソワレ

東京芸術劇場プレイハウス

作・演出 野田秀樹

出演 宮沢りえ 妻夫木聡 古田新太 佐藤隆太 鈴木杏 池谷のぶえ 中村扇雀 野田秀樹他




劇場に入ると、客席には花道がしつらえてあり、フライヤーにあった、中村勘三郎さんへのオマージュ、という言葉が胸に浮かんできました。

万歳三唱太夫(池谷のぶえ)率いる芝居小屋の一座では、看板踊り子の三、四代目出雲阿国(宮沢りえ)や、ヤワハダ(鈴木杏)らの踊り子達が河原で妖艶な踊りを踊っています。

当時は女歌舞伎は禁止されていたので、伊達の十役人(中村扇雀が何役も演じる)が度々取り締まりに来ると、一座の男達が女達に早変わりをして、逮捕を逃れています。


阿国にはサルワカ(妻夫木聡)という弟がいて、早変わりの女形をつとめていますが、このサルワカ、死んだ母が行きたがっていた「どこか」、それはもしかしたら地球の反対側かもしれない「どこか」に行きたい、と夢想していて、いつも穴を掘っています。

腑分けもの(野田秀樹)は、当時禁止されていた死体の腑分けをするべく、ある死体(古田新太)を手に入れますが、その死体はなぜか起き上がり、二人はこの一座に加わります。


ある日、サルワカが掘った穴に、万歳三唱太夫が落ちてしまいます。穴から這い上がってきたのは、太夫の他に、戯けもの(佐藤隆太)達。彼らは「由井正雪の乱」の時の残党で、穴を伝って逃げてきたのですが、生き返った死体を見て、由井正雪がそこにいる!と驚き、ある計画を秘めて、芝居小屋の一員になります。


浪人を匿ったかどで逮捕されそうになった太夫は、サルワカを追放しようとするのですが、阿国が、筋書きのある芝居をサルワカに書かせるので見逃してほしい、と頼み、サルワカに歌舞伎の台本を書かせます。

サルワカは、「足跡姫」という台本を書きますが、どうも大衆受けしそうにない。

生き返った死体は、実は自分は売れない幽霊小説家(ゴーストライター)である、と言い出して、代わりに書く、と言い出します。


(サルワカが書いた台本は、数学的?というか哲学的?な感じでしたが、私もよくわかりませんでした。幽霊小説家が、「数学に弱いヤツが芝居小屋に来てるんだから、数学は禁止」と言ったときはまさに私がそうだわ、と思っておかしかった)


幽霊小説家が書いた歌舞伎は評判になりますが、ある時、真剣を使った稽古をするようにそそのかし、稽古中にサルワカが誤って腑分けものを殺してしまいます。

それを知った阿国は、サルワカとともに腑分けものの死体を川に捨て、二人で身を隠します。


阿国がいなくなった後、それまで二番手の踊り子だったヤワハダが三代目阿国を名乗り、大人気に。幕府の役人にも取り入って、江戸城から招かれるまでになります。

母親の持っていた絵巻物から、出雲阿国の本当の後継者は自分である、と思っている阿国ですが、身を隠していなければならない。


そんなある日、阿国に、「足跡姫」が取り憑きます。足跡姫が取り憑いた阿国の踊りは、以前のストリップまがいだった踊りから、足跡ー足アートとして、芸術的なものになっていきます。が、阿国は、徐々に幽霊病という病にむしばまれていきます。

それは母親が命を落としたのと同じ病気で、身体は徐々に動かなくなり、言葉も母音しか発することができなくなってしまう・・・

そんな中、ついに江戸城に招かれて将軍の前で披露することになるのですが、その時、再びの幕府転覆をたくらむ戯けもの達が、芝居に乗じて将軍を暗殺します。ところが、その将軍は、将軍ではなく・・・。


なんと、将軍は、由井正雪の乱の時に殺されており、由井正雪が将軍にとって代わっていたのでした。驚く戯けもの達ですが、謀反者でも、一度権力の罪に座ったら、もはや権力の美味には逆らえない・・・いつしか戯けもの達も、反逆心を忘れていくのでした。


一方、阿国とサルワカは、腑分けものを殺したことがばれて、サルワカが掘った穴に逃げ込むのですが、二人がたどりついた場所は、舞台のすっぽん。

そう、病に冒されていた母親が、「行きたい。」「生きたい。」と言っていた場所。

そして、阿国もそう望んでいた、この世で一番遠い場所は、江戸城でもなく、地球の反対側でもなく、舞台でした。


舞台の上で、生きたい、と思いながらも病は阿国の身体をむしばみ続け、また、阿国に取り憑いた足跡姫をもはや制御できなくなった阿国は、サルワカが持っていた刀に自ら飛び込み、死にます。

サルワカは、死んだ阿国を抱きながら、自分が初代猿若勘三郎となって、歌舞伎を作り、これから、何代も、何代も、少なくとも十八代目までは、芸を伝えていくことを誓うのでした。





肉体を使う芸術は、その肉体が滅びるとともに消えてしまう。

それを生み出す者が、まだまだ生きたい、行きたい、舞台へ、と思いながらも、己の肉体が衰えていくことのつらさ、苦しみが、阿国の演技から伝わってきました。

でも、その肉体は消えても、その芸を、何代もかけて、伝承することはできる。


舞台の上の物語は、幕が下りれば跡形もなく消えてしまうけれど、観た人の心には残る。

私は普段歌舞伎は観ないんですが、肉体という器を次々に乗り換えて、芸を残していく歌舞伎の凄さに改めて感じ入りました。

また、歌舞伎に限らず、肉体を使う芸術の、有限と無限についての、深い思いがわき上がってきました。


阿国が、客の前で踊るとき、身体の中から「ぐわあっ」と突き上げてくるもの。

その、役者を動かす衝動は、阿国に足跡姫が取り憑いたように、芸の神が憑依したようにも思えるものでもあるし、また、芸術の源泉には、権力への「反骨精神」に近いものもある。

一方では、お城の中で、将軍の前で踊りたい、というように権威のお墨付きをほしがったりもするし、ヤワハダのように、権力にすり寄って権力と共犯関係になることもある。


謀反者が将軍に成り代わっていたというシーンは、始め、皮肉なのかな、と思いましたが、もしかしたら、自戒とか、警鐘かしら。


途中で、戦争の記録映像?が映し出される場面があって、ああ、やっぱり、“それ”が出てくるのね、と思いましたが、そこにいたるプロセスがよく思い出せません。

「足跡姫」が憑依している時に、「少数」を切り捨てて、「大多数」が正義となった時、多くの戦死者を出すことになって、今はかりそめの平和の中にいる、というようなことを言っていた気がしますが、間違っているかもしれません。


あと、印象的だったのが、古田新太さんの台詞に「大衆」という言葉が多く出てきたこと。(体臭、と言ったりしておふざけも入れていましたが)、野田さんからすると、「大衆」は、愚かで、流されやすくて、いらだつ存在なのだろうなあ、と、これは他の作品でも感じることですが。


それでも、今回の作品は、アジテーションや説教成分が少なめだった気はします。どんな作品にも思想的背景はあるわけですが、私は、アジテーション成分が多い作品には、作り手の選民意識と、異なる意見に対する非寛容さ(言論の自由を認めないのは体制側に限らないという事実もある)を感じる時があって悲しくなることがあるので、ちょっと苦手。

あと、お金を払ってまで説教されたくない(笑)

そういう意味では、今回の作品は、私には観やすかったのですが、これはもう、好みの問題ですね。


阿国を演じた宮沢りえさん、美しく、悲しく、凄みのある演技で、足跡姫が憑依した時の演じ分けも見事でした。

サルワカを演じた妻夫木聡さん、サルワカの純粋さがとてもよく出ていました、というか、妻夫木さんって、どうしていつまでもピュアさを出せるんでしょう?

今回は、二人の姉弟愛も心に響きました。


幽霊小説家の古田新太さんはあいかわらず自由だし、(なぜあんなに舞台の上で自由でいられるんだろう。それでいて物語から逸脱しないし)

戯けものを演じた佐藤隆太さんは、新鮮な魅力がありましたが、今回はちょっと他に埋もれてしまっている感じ?もっと、弾けるといいのにな、と思いました。


鈴木杏さんは、健康的なお色気と野心のあるさまがよかったし、

池谷のぶえさんはあいかわらずおもしろくて可愛くて好き。

何役も演じた中村扇雀さんは、この作品に歌舞伎のテイストを与えていました。

野田さんは、いつもの野田さんでした(笑)


最後のサルワカの独白のシーンは、それまでとは文体が違うような、説明的とも言えるトーンになっていましたが、私はまっすぐに受けとりたいと思いました。

大切な人を喪った時、人は、多くを語る言葉を持てないような気がするから。


ありがとう。

忘れない。

伝えていくよ。

そして、

これからしっかり生きていくからね、と。


あの時、劇場には中村勘三郎さんがいてくれて、残された者達の想いを受けとめてくれていたような気がします。

 

    

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