私が日本に到着してから今日でちょうど一週間になります。母は85歳の高齢にもかかわらず、今病院で病魔と一生懸命に闘っています!!!


今日は、こんな機会でもない限り、恐らくその下準備を経験することもないであろうと思われる貴重な食材が手に入り、父の大好物のご飯を作ったので、久しぶりにお料理をブログにアップすることにしました。


と言っても、このような状況下、カメラなんてアメリカから持ち帰っておらず、携帯で撮った写真なので画像はよくないんですけど、その点はゴメンチャイ!


手もみ干しぜんまいのまぜご飯

和・美・Savvy Cooking

先週日曜日、私が実家に帰って見ると、母は居間で座椅子にもたれかかりぐったりとしていました。私の顔を見ても、いつもみたいに嬉しそうな顔もせず、私が帰ってきたという事実を認めるのが精一杯な感じで、帰って来てくれたのと、か細い声で言ったきりでした。


その母の様子を見て、息子や娘に知らせると心配するからと、24時間黙っていた父に腹が立ったし、母の具合を知らされ慌ててやって来ておきながら、私が日本に到着するまでの更に24時間を、病院にも連れて行かず放置していた兄にもムカついた。(怒)


5時半に実家に着き、その後おしっこがしたいと言う母を抱えトイレまで連れて行ったのですが、全身の力が完全に抜けてしまった母の体は、たった44、5キロなんだけれど、100キロ以上あるかのごとく、めっさ重かった。(滝汗)


よくもまぁ、あの細くてチビこい爺さんが、この母を一人でトイレまで何度も抱えて行ってたものだと、現在の男性にはない軍隊上がりの男の根性ってのを、今回つくづく見せつけれられた気がしました。(笑)


30分くらいかけてトイレを済ませ、6時半、救急車が実家の玄関前に停まり、母は担架で家から連れ出され付き添いの私と共に救急車に乗りました。


まず私が救急隊員に、母のこれまでのメディカルヒストリーを克明に説明しました。それを聞いた救急隊員が、母がぐったりしている原因と思われる病気の治療の出来る病院を選んで輸送してくれました。


その病院で救急隊員と私から事情を聞いた当直の医師が、専門外にもかかわらず、的確に原因を見つけ、的確に応急処置をしてくれたおかげで、母は一命を取り留めたのです。


原因は、脳出血でした!


これはね、私→救急隊員→救急医療を担当した当直の医師の、すばらしい連携プレーと言っても過言じゃない!


私はこの時ほど、勉強は記憶力が悪くていつも底辺をうろついていたけれど、どうでもいいことは何十年経っても覚えて居る己の記憶の良さに感謝したことはない。昔母が、脳の血管が細くなりかけ入院した時に、服用していた薬の名前まで私はしっかり覚えていました。


右前頭葉の血管が加齢のためにもろくなり切れていました。血圧も70歳を超えた頃から少し高いからか、出血した血は直径5cmほどに広がっていました。


ただ、幸いだったのが、出血した部分が脳幹から離れていたので、昏睡に陥ったり、場合によっては命さえ失う大事に至りませんでした。


母は今、脳出血後に起こる浮腫の影響で、時に意識が朦朧としたり、またある時は、このまま一気によくなるんじゃないかと思うほど意識がしっかりしていたり、でもいずれにせよ、一生懸命病気と闘っているのは事実です。


まだまだ油断できないし、ゆっくりでも歩け、日常生活を人の力を借りず曲がりなりにも出来るようになるには、これからかなり時間がかかると思います。


午前中は病院から持ち帰った汚れ物や父や私のものを洗濯し、たまには掃除もし、晩ご飯の支度をしてから父と共に病院に行き、1時間ほど面会したら、父が疲れないよう一旦連れて帰り、また私だけ出なおし、夕方6時、嚥下食を母に食べさせるのが私の日課です。


幸いエゲレスから並行輸入した愛車を日本に保管しているので、今回、とても役立ちました。しかし、日本はもう真夏並みに暑いからね、車があっても、病院との2回の行き来は疲れるよ!


でも、7月が来たら86歳になる母が、諦めず必死に病気と闘う姿を見ていたら、私はどんなことをしても、母が快復するまで一緒に病気と闘ってあげようと思うのです。


さて、久しぶりにアップした今日のお料理、これは入院して3日目に御見舞いに来てくれた叔父(母のすぐ下の弟)に送ってもらった、干しぜんまいで作ったまぜご飯です。


春先、叔父自らが山に登り摘んできたぜんまいを、わたを取り茹で、何日もかけて手もみしながら干したぜんまいです。おっさん、ぜんまい送って来い!と、口の悪い私に脅迫され、翌日早速送ってきてくれた貴重な食材。(爆)


たっぷりの水と共に火にかけ、沸騰寸前に火から下ろし、そのまま冷たくなるまで冷まします。


ざるに空け、水に浸け、水が黒く濁らなくなるまで何度も取り替えながら、一晩浸けて柔らかくし、他の具と共に煮、煮汁を切って炊きたてのご飯にまぜたものです。


煮汁は250mlのだし汁に、薄口醤油大さじ4、酒大さじ4、みりん大さじ4で作りました。


父はこのぜんまいのまぜご飯に里芋が入っているといっそう好きなので、厚めに皮を剥き、食べやすい大きさに切って、塩をふって水で揉み洗いし、さっと茹でてから他の具と一緒にに煮ました。ぜんまい、里芋、人参、油揚げ。きぬさやは別途薄い白だしで茹でました。


ちなみに干しぜんまいなら50g、水煮ならこの10倍くらいの量です。


何年ぶりかに食べるぜんまいのまぜご飯に、爺さんは大喜びでした。子供の頃、こういうものが大嫌いだった私も、今ではぜんまいが大好きで、母がよく作ってくれたこのご飯が、めっさ食べたかったのが、やっと希望が叶ったワン。(笑)


叔父が貴重なものを結構たくさん送ってくれたので、嚥下食から普通の食事が出来るようになったら、母にも作って食べさせて上げようと思っています。


母と私の闘病生活は、今まだ始まったばかり。根気良く、頑張りたいと思います。次回またいつブログがアップできるか分かりませんが、フルにブログ復帰するまで、私のことを忘れないでね。


そうそう、私がずっと母の看病をしているのに、母は家族とそのパートナーの名前をみな覚えているにもかかわらず、私の名前だけ時に思い出せないのです。(涙)