グリーフ(悲嘆)プロセス 受容 | Nature

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自然の写真を掲載

 

余命を知った者が亡くなるまでの心の状態や

 

大事な者を失った者がたどる

 

グリーフ(悲嘆)の過程をケアするグリーフケアという言葉を

 

最近よくみかけるようになりましたね。

 

昨日購入し、本日読もうとしている

 

エリザベス・キューブラーロス博士のグリーフプロセスは5段階。

 

 

 

第1段階:「否定と孤独」

第2段階:「怒り」

第3段階:「取り引き」

第4段階:「抑うつ」

第5段階:「受容」

 

※本人がその「死」を受け入れていく過程として構想されたものであるが、

愛するものの亡くしたグリーフも同様の過程を経ると考えられている。

 

 

 

もっと細かい12段階グリーフプロセスは哲学者アルフォンス・デーケン

 

 

 

 

この12段階プロセスであれば私は今、

 

10段階目の受容と9段階目の精神的混乱とアパシーを

 

ウロウロしているように思う。

 

 

 

 

◆悲嘆のプロセス12段階◆ イチャリバダンス サイトより引用

 

(1)   精神的打撃と麻痺状態(shock and numbness)

 愛する人の死に遭うと、しかもその死が急激であればあるほど、そのショックは大きく、一時的に現実感覚が麻痺状態に陥ります。よく、頭の中が真っ白になっ て何もわからなくなったと言います。この一時的な情報遮断状態は、心身のショックを少しでも和らげるための生体の本能的な防衛機制と考えられています。 従って、普段とてもしっかりしていた人がこのような状態になったからといって精神的におかしくなったわけではありません。一過性の現象であれば全く心配ありませんが、この状態が長引けば問題があります。

 

(2)   否認(denial)

愛する人の死を感情的に受け入れられないだけではなく、理性も相手の死という事実を否定しょうとします。死ぬはずはない、何かの間違いだ、どこかで生きて いるのだ、そのうち元気な姿を見せるはずだ・・・など、思い込みます。この現象は、決して頭がおかしくなり、混乱しているわけではありません。相手の死を 感情と理性が受け入れられない時期があることを理解する必要があります。

 

(3)   パニック(panic)

身近な人の死に直面した恐怖から極度のパニック状態に陥ることがあります。これもしばしば見られる現象ですが、一過性であれば問題はありません。

 

(4)   怒りと不当感(anger and the feeling of injustice)

 ショックが少し収まると、悲しみと同時に不当な苦しみを負わされたという激しい怒りが生じます。交通事故や急病による突然の死の後では、この感情が 強く現れます。交通事故などのように、愛する人の命を奪った相手がいる場合には、加害者に対する怒りが強くなります。また、病死で入院中に亡くなったりすると、その怒りが看護婦や医者に向かうこともあります。いずれにしても、なぜ自分だけがこんな不幸に遭わなければならないのかという不当感がつきまとい、 自分にひどい仕打ちを与えた運命や神に対する怒りが表出されることが多いのです。 逆に、この怒りの感情を外に向かって率直にはき出せず、いつまでも怒りを心の中に留めていると、知らずしらずのうちに心身の健康を損ねてしまいます。したがって、無理に怒りの感情を押し殺さず、上手に発散させることが必要です。 また、周囲の人も、悲嘆のプロセスの初期に、怒りや不当感を強く感じる時期があることを理解しておく必要があります。この怒りの感情表出に対して、周囲の人が反応してしまうと、本人はますますやり場のない怒りの感情を心の内にいだくことになります。

 

(5)   敵意とルサンチマン(うらみ)(hostility and resentment)

周囲の人々や亡くなった人に対して、敵意という形でやり場のない感情をぶつけてきます。特に、最後まで故人のそばにいた医療関係者がその対象となることが多いようです。これは、日常的に患者の死を扱う医療者側と、かけがえのない肉親の死に動転している遺族側との間の感情の行き違いによる場合もあります。最近は、医療事故などが問題となり、医療者側と遺族側との間に信頼関係がしっかり形成されていないと、とりわけ医療者側に不信や敵意が生じやすいようです。

 また、時には故人に敵意が向けられる場合があります。本人の不注意や不摂生が、直接的にか間接的にか死亡原因となった場合には、死んだ人の無責任を責めるという形でやり場のない敵意を表現します。

 

(6)   罪意識(guilt feeling)

悲嘆のプロセスが進むと、自分の過去の行いを悔やみ、自分を責めます。あの人が生きているうちに、もっとこうしてあげればよかったとか、反対に、あの時あんなことをしなければもっと元気でいたかもしれないなど考えて、後悔の念にさいなまれます。

 

(7)   空想形成、幻想

 空想の中で、亡くなった人がまだ生きているかのように思いこみ、実生活でもそのように振る舞います。たとえば、夫を亡くした奥さんが、夫が亡くなって1 年以上も経っているのに、毎晩夫の分まで食事を作り、食卓に並べて9時頃までじっと待っていたりします。また、子供を亡くした両親が、亡くなった子供の部 屋を片づけられず、いつ帰ってきてもすぐ着替えられるようにパジャマまで揃えて、何年もそのままにしているということもあります。

 

(8)   孤独感と抑鬱

葬儀などの慌ただしさが一段落して、落ち着いてくると、紛らわしようのない独りぼっちの寂しさがひしひしと身に迫ってきます。人によっては、気分が沈んで 引きこもってしまったり、だんだん人間嫌いになったりします。これもたいていの人が通らなければならない重要な悲嘆のプロセスです。しかし、この時期が長 引いてしまうと、健康を損なってしまいます。周囲の暖かい援助が必要で、早くこの時期を乗り越えることが大切です。

 

(9)   精神的混乱とアパシー

愛する人を失った空虚さから生活目標を見失い、どうしていいかわからなくなり、全くやる気をなくした状態に陥ります。これも正常な悲嘆のプロセスの一部で すが、この状態が長引くようだと健康を損ねてしまいます。その場合には、精神科医やカウンセラーなどの専門家の援助が必要となります。

 

(10) あきらめ―受容

日本語の「あきらめる」という言葉には、「明らかにする」という意味があり、この段階になると、愛する人はもうこの世にはいないというつらい現実を「あき らか」に見つめて、相手の死を受け入れようとする努力が始まります。受容というのは、ただ運命に押し流されるのではなく、事実を積極的に受け入れていこう とすることです。

 

(11) 新しい希望

ユーモアと笑いが再びよみがえってきて、次の新しい生活への一歩を踏み出そうという希望が生まれます。健康的な日常生活を取り返し、愛する人の死を現実の生活から切り離すことが出来るようになります。

 

(12) 立ち直りの段階

悲嘆のプロセスを乗り越えるというのは、愛する人を失う以前の自分に戻ることではなく、苦痛に満ちた喪失体験を通じて新しいアイデンティティを獲得することを意味しています。それにより、悲しみを乗り越え、より成熟した人間へと成長することが出来るのです。

 

 

(補足)悲嘆を体験する人がすべてこれらの12段階を通るわけでもなく、また、必ずしもこの順序通りに進行するとは限りません。

時に、複数の段階が重なって現れることもあり、だいたい立ち直るまで最低1年くらいはかかります。

 

イチャリバダンス サイトより引用

 

 

 

裏庭で撮った炎

 

 

 

 

エリザベス・キューブラーロス博士死の瞬間と一緒に購入した2冊

 

 

 

 

 

 

 

本を購入する際、必ず目次をみるですが、

 

3冊の中のひとつの目次に「死ぬまで生きる」という言葉をみつけ

 

私がよく口にしている言葉であったので、作者に強い興味を持ちました。

 

読むのがとても楽しみです♪