真の指導者が望むのは、指導者の誕生であって、服従ではない。 | どや顔社長 後藤 専(たかし)のブログ ・ Takashi Goto" the smug face"

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Sending various message from one President in Tokyo.


テーマ:

経営者や上司といわれる人。

 

要するに、指導をしなきゃいけない人に捧げます。

 

その指導が、「屈服」を求めるものなのか。

「服従」を誓わせるものなのか。

これを日々自問しよう。

 

指導が必要だなって思った時。

その人の「自立」を促すものなのか。

「依存」を促すものなのか。

 

カンタンな例でいえば。

 

「無断欠勤」は、社会じゃ通用しないよね。

どの会社でも通用しないんだから。

しっかり二度としないように言ってあげるということ。

「自立」を促すことになる。

 

「オレのいう通りにやればいいんだ。」

このセリフは、依存しかうまない指導ということになる。

 

ただ、根拠を示して。

なぜこうすればいいのか。

これが明示されていれば、「自立」にかなう。

 

だから、指導者が歓迎するべきは、

例えば、「質問」。

もっというと「反論」。

 

服従を誓わせても意味がないということ。

 

指導した人が、自分と同じレベルに来たら。

もっというと、超えそうなら。

 

それこそ祝おう。

だれより、上司のアナタがラクになる。

 

もっと大きなテーマに挑戦できる余地も生まれるというもの。

 

 

散々、屈服させられたボクの歴史を紹介すると。

 

「常務がいかがなものかといっている。」

 

「会社の方向とチガウ。」

 

具体的じゃないし(笑。

ようするにいうこと聞いとけって趣旨ね。

 

こういう体験が、ボクの今を作ってると思えば。

それも感謝ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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