接客こと「もてなし」。
もてなしには究極の哲学があります。
それは、千利休が弟子に「茶の湯で心掛けるべき事は何でしょうか?」
と訊ねられたとき、答えた七つの「もてなしの法則」こと、
「利休七則」です。
今日はその一つ目。
「茶は服の良きように点て」
服の良き、とはつまり、飲み心地の良いように、と言う意味です。
例えば薬は一服、二服と言うカウントの仕方をしますよね。
服とは即ち、口を介して体に取り込むことを言います。
服の良き茶とは何でしょうか。
単に飲み心地の良い茶、と一言で纏めることができますが、
果たして来られたお客さんにとっての「飲み心地の良さ」とは何でしょう。
欧米諸国、特に一神教を崇拝する多くの国々では、
人を喜ばせるとき、「あなたがされて嬉しい事をしなさい」
と言う考え方を持ちます。
それ故に、ある意味サービスが一方的になりがち。
儒教国家では、「あなたがされて嫌な事は、してはいけません」
と言う考え方を主に学びます。
よく言いますよね、「自分が同じ立場だったらどう思う!?」
と言う問い掛けを。
それ故に、相手を喜ばせると言うより、むしろ社会規範の成長が著しくなります。
日本の場合、千利休が「茶は服の良きように点て」と言った事から、
「相手が喜ぶであろう事を予測して行いなさい」
と言う哲学があります。
それ故に、サービスの仕事には極めて高い教養が必要になります。
教養が無くては、相手の置かれた状況を考え、
それに見合った「服の良い茶」を点てる事は出来ないからです。
では、例えば飲食店において服の良き茶とは何を意味するのでしょうか?
夏の暑い日、一日の仕事を終えたサラリーマンが汗を拭きながら店に入ってきました。
当たり前のように氷の入った冷たい水を出すのですが…
氷の入った水は、本当に彼らにとって「服の良い茶」なのでしょうか?
むしろ、喉が渇いているであろうから、よく冷やしたコップいっぱいの水の方が良いのではないでしょうか。
ぐいっと一気に飲み干せる水。
それで喉の渇きを癒し、気分を軽くしてから注文を考えたいものです。
二杯目は冷たさをたっぷり味わいたいでしょうし、氷の入った水の方が良いかもしれませんね。
最近は少しずつ増えてきていますが、
夏には冷たいオシボリを用意してくれるケースがあります。
これは本当に有り難い。
特に昼間にこれを用意してくれるお店の好感度は、極めて高いですよね。
飲食店だけでなく、例えば宝飾店やアパレル店ではいかがでしょうか。
お客さんによってニーズは様々。
それを見た目だけで全て判断する事は出来ませんよね。
それでも、若干はお客さんの置かれた状況を把握する事は出来るはずです。
例えば、来店時刻と荷物、そして服装から
「今日は今から誰かとデートに行かれるんだな」
「今日は買い物帰りで、疲れてらっしゃるだろうな」
「今日は仕事帰りで、くたくたなんだろうな」
これらを見抜く事が出来れば、ある程度会話のネタになるでしょう。
一言目から「セールをやってます」「新作入りました」よりは、
遙かにマシなアプローチトークが生まれてくるかもしれません。
「茶は服の良きように点て」
簡単な一言であり、もてなしの基本中の基本です。
ですが、その基本が最も難しい。
ピアノの経験のある方ならお分かりになると思いますが、
入門者が必ず弾く「バイエル」。
あらゆるトップピアニスト達は、このバイエルこそ最も難しいと評します。
料理を勉強した経験のある方ならお分かりになると思いますが、
中華料理において最も難しいのは「チャーハン」です。
ケーキ作りで最も難しいのは「ショートケーキ」です。
野球の場合、単純に「ヒットを打つ」事が最も難しいですし、
フィギュアスケートでも普通に滑る事自体が最も難しい事。
陸上競技に至っては、100m走かマラソン、つまり
「単に走ること」
が最も難しく、最も人気のある競技です。
つまり、ようは基本中の基本ほど難しいものはあり得ない、と言う事ですね。
相手の体調を考え、
今日の気候を考え、
相手の置かれた状況を考え、
相手のニーズを予測する事。
難しく考えるとこのように分解出来ます。
石田三成が豊臣秀吉に目を付けられた、有名なエピソードがあります。
少年時代の三成は、夏の暑い日、遠征に来た秀吉に茶を点てました。
一杯目は、かなりの大服(多めのお茶)を薄く、ぬるめに点てました。
秀吉はそれを一気に飲み干し、二杯目を所望しました。
そこで三成が点てた二杯目は、先ほどより少なめの、普通のお茶を点てました。
秀吉はそれも飲み干し、三杯目を所望しました。
三成が最後に点てた三杯目は、少量の濃いお茶を点てました。
秀吉はそれをじっくりと味わいながら、三成に問いました。
「なぜこのように茶を点て分けたのか?」
三成は答えました。
「一杯目は、喉が渇いておられるでしょうから、喉の渇きを癒す茶を点てました。
二杯目は、喉の渇きもある程度癒えたでしょうから、飲み心地の良い茶を点てました。
三杯目は、喉の渇きもすっかり癒えたでしょうから、じっくりと味わえる茶を点てました。」
秀吉はこの機転が気に入り、石田三成を徴用したそうです。
みなさんのもてなしはいかがでしょう?
「茶は服の良きように点て」
この原理原則がしっかり守られていますか?