実は私…
茶道の先生もやっております。
と言っても、母の手伝いで初心者の方を指導する程度ですが。
毎週土曜日の午前中に、神戸のJR.六甲道駅にある施設でやっております。
何のためにやっているかと言うと、一つは高齢の母を補助するためであり、
もう一つは、何と言ってももてなしの真髄を究めるためでもあります。
先週の土曜日は、いつもとちょっと違う稽古をやりました。
いつもなら点前作法を学ぶための稽古なのですが、
今回はその点前作法を更に奥深いものにするための講義、つまり座学です。
私自身が大学院の修士論文テーマを茶道のマネジメントとしていた為、
茶道については相当深く勉強させていただいておりましたので
その知識を多分に活用させていただきました。
そんな講義の一幕、接客と言う仕事をとても深く貫く面白い質問が出ました。
千利休が自らの弟子を褒め称えた時の話をしていた時の事です。
千利休はある日、とある町人に招かれ自らの弟子数名と共にお茶会に出席しました。
弟子、と言っても利休自身がそうであるように、天下に轟く大名が多いのはご存じの通り。
そんな人々を前にした町人は、大変な緊張のあまり、お湯をこぼしたり道具を落としたりと
粗相をしまくってしまいました。
弟子達はその姿を見て、密かにほくそ笑んでいましたが、
お茶をいただいた後、利休はその町人に
「今日のあなたのお点前は、天下一で御座いました。」
と言い、賞賛したのです。
帰りの道で弟子の一人が、
「なぜあのような下手くそな点前で天下一なのですか?」
と利休に尋ねました。
利休は答えます。
「あの方は、私たちをもてなそうと必死になり、
一所懸命、一心不乱に茶をたて続けたのです。
その心意気こそ、天下一なのです。」
もう一つエピソードがあります。
ある日、利休さんが町人である知人を招いてお茶会を開きました。
そのお茶会の最中、突如有名大名が利休さんのもとを訪ねてきます。
「私もお茶会に加えて貰えませんか?」
相手は有名な大名ではありましたが、利休さんはハッキリとこう言いました。
「今日はこの方(町人)がお客さんですので、末席で良ければどうぞ。」
途中参加とは言え、町人相手に席の序列を末席にされるなど、
有名大名としては恥としか言いようがありません。
それでも、その大名はこう言いました。
「加えてくださるんでしら、もちろんその席でも構いません。」
素直に末席に加わった大名は、町人達と共に楽しい茶の席を過ごしました。
これらのエピソードを紹介した時、一人の生徒さんがこんなエピソードを語られました。
お茶を始めて間もないころに生まれて初めて和服を作ったのですが、
喜び勇んでとあるお茶会に出てみよう!と思われたそうです。
行ってみたところ男性は自分1人しかおらず、他は女性の方ばかり。
彼女らは生徒さんに、しきりに正客(しょうきゃく、最もくらいの高いお客さん)の位置を薦めてきました。
初心者ともあって再三再四断ったのですが、結局なし崩し的に正客をつとめるハメに。
そんな重要な位置に、お茶を始めたばかりの生徒さんが座らされてしまった。
そういった状況で、自分自身はどう振る舞えば恥を掻かずに済んだのか?
そして利休さんのエピソードに照らし合わせ、自らの振る舞いはどうだったのか?
と言うのが生徒さんの質問でした。
お茶会において正客はとても大切な役割を持っております。
亭主にご挨拶したり、その日使われる茶道具について尋ねたり、
お点前を終了するための合図を出したり…
とにかく、茶暦が二年や三年でとても勤まるようなレベルでは無いほど、
色々と役割を持たされます。
それだけに、生徒さんの気持ちはいかばかりか。
とても心苦しかったでしょうし、大恥を掻かされてしまったのでは…と
すぐに想像がついてしまいました。
本来、お茶席で正客を決めるのは、そのお茶席を待つ順番によるものなのです。
集まった人の序列を気にせず、とにかく順番通りに進んでいくのが本来の作法。
それを、男性で着物を着ているからと正客を薦めるのは、良くないことです。
ですが、こういったシーンは多々見受けられるのが茶道の現実です。
私自身も、先生の息子だからと言うだけで、力尽くで正客の席に座らされた経験が何度かあります。
でも、順番によるものですから、
本当に自分が正客の順番にあたるなんて事は
十分に有りえることです。
そんなとき、私たちはどうすれば良いのでしょうか?
私は生徒さんに、こう言いました。
「もしそのお茶席で恥を掻かれたならば、大変残念ですが、その人々はそこまでです。
もしそのお茶席で恥を掻くことなく終ることができれば、その人々のもてなしは素晴らしいものです。」
もし茶会を催す亭主側が、もてなしをちゃんと理解している人達ならば、
まごつく姿や落ち着きのない姿を見て、
「あ、あの方は初心者の方かもしれない。」
と気付き、その方が恥を掻かないように、色々と配慮をしてくれるはずです。
逆に考えると、招かれた客にも様々な作法があるように、
客の振るまい、こと「客振り」もまた、茶道において重要な位置を占めます。
それだけに不安がっている客を見かけたら、
そういった人に対するもてなしをちゃんとしてあげるべきでしょう。
何でも型どおりの事をやれば、もてなしになるわけでは無いのです。
接客の世界でも同じ事が言えるのではないでしょうか。
いくら重要な顧客が来られたからといって、
目の前にいるお客さんを放っておいて良いはずはありません。
いくら厳しいマニュアルがあるからと言って、
何が何でもマニュアルに従わなくてはいけない筈はありません。
いくら外国語が話せないからと言って、
日本語が話せない外国のお客さんに恥を掻かせるわけにはいきません。
いくら接客初心者だからと言って、
その接客を笑って良い筈はありません。
いくら想定外の状況が発生したからと言って、
ただひたすらまごついていれば良いと言うものではありません。
時にマニュアルを破り、マニュアルを逸脱する事があっても、
それがもてなしの本質を貫くものであれば、許されるのではないでしょうか。
もてなす者は、お客さんと共に互いをもてなし合うのが日本流です。
今の接客、どこまでその日本流が貫かれているでしょうか。
皆さんの接客が、本来的な日本流の接客である事を常日頃から祈り続けるばかりです。