私の仕事は、ご存じ接客教育。
接客教育と聞くと、多くの方がマナー講師と勘違いされます。
ですが、私のやっていることはマナー講師とは一線を介するもの。
と言うか、マナー講師のように画一的な事を教えるばかりではなく、
接客の本質的な哲学と技術をお教えする仕事です。
哲学と一言に言っても、「私がこう思う」「私の時はこうだった」と言うような
独りよがりな哲学とは大きく違い、
あくまでもちゃんとした歴史的な研究を通じて醸成されたもの。
哲学と言うより、「接客の歴史的側面の教育」と言葉を換えた方がより近いものになるでしょう。
それと同時に、多種多様な接客スタイルを持つ第三次産業、ことサービス産業の中に共通する、
全てのお客に喜んで貰える接客の本質を見出し、それを教育することもまた、私の仕事です。
ですから、必要に応じてマナー講師と同じような教育を行う事はありますが、
それは私にとって、接客の一つの「形」に過ぎません。
形を教える事は、接客を教える事とは大きく異なります。
例えば居酒屋と高級アパレルブランドでは、接客の形は大きく異なります。
ですが、顧客に提供しようとしているものについては共通するものがありますし、
提供するための手段にも共通するものがあります。
それが、接客の本質、つまり軸になる部分です。
それを知らずに接客を語る人の、そりゃまぁ多いこと多いこと・・・
私がそういった人々と同列に扱われるのは、本当にショックでなりません。
ショックなのですが、それが日常です。
私のやっていることは、学術的な研究。
つまり、大学院で修士号や博士号を取ることが出来るレベルの、超本格的な研究です。
人にはステレオタイプと言うものがあります。
だから、マナー講師や所謂接客の技術のみの講師と同列に扱われるのは、
ある意味で仕方無い部分だと言う割り切りもしています。
ですが、彼らは本当の意味で接客の本質に迫ろうとする努力をしているのでしょうか?
例えば、私がよくセミナーのオープニングで話しをしている、
「Hospitalityの日本語訳を教えて下さい」
と言う質問に対して、彼らの大半は
「おもてなし」
と答えることでしょう。
その時点で、その人は接客を教えると言う面では失格と断言出来ます。
Hospitalityには「おもてなし」などと言う意味はありません。
語源も全く異なるものです。
接客の本質を知る事は、接客スキルや接客のマインド向上に欠かせません。
接客の歴史を知ることは、真のもてなしを達成する為には欠かせません。
本質を知らずに接客を語らないで欲しい。
歴史を学ばずに接客を教えないで欲しい。
接客のことを表面的にしか知らず、人の接客を評価しないで欲しい。
私の願いです。