最近、飲食店の接客は大きく三つの潮流に分けられます。
一つは、マニュアル通りの接客。マニュアル通りにしか動かないので、正に機械的になりがち。
つまらない接客だけど、何処に行ってもそれが標準化されているのでミスが起こりづらい。
そう言う意味ではよく出来ているなと思うし、私自身もマニュアル作りのお手伝いをする事はあります。
二つ目は、奇をてらう接客。ディズニーなんかに感化されたのか、やたら顧客満足を標榜して
無意味に元気だったり、もしくは「○○だと思って△△しておきました~!」なんて押しつけがましいものばかり。
私はこんな接客は、正直嫌いです。
三つ目は、もてなしの接客。本当にさりげなくアプローチし、何をやらせても常にさりげない。
さり気ないから、もてなしを受ける側にもそれを見抜く感性が必要になる。
だけど、これは本来日本人が大切にしていた筈の要素。
料理の味や接客など、様々な物事の細やかな差に気がつく事が出来るのは、
世界広しと言えども、日本人・フランス人・イタリア人・ドイツ人ぐらいです。
アメリカは伝統のない国だけに、そもそもそう言う細やかな差に気付くと言う土壌が無いし、
中国は細やかなサービスをむしろ徹底的に要求する。
イギリスはサービスにはうるさいけど食文化は壊滅的だし、
ロシアは寒すぎて舌が凍ってる(笑)
だけど、最近の日本人はその細やかな差が見抜けない傾向にあります。
それも米国式のマニュアルサービスに慣れてきているから。
何故欧米式じゃないのかって?マニュアルと言う発想はそもそも米国生まれだからです。だから米国式。
アメリカと言う国は、日本を第二次世界大戦に引きずり込んで開戦のきっかけを与え、
瀕死の日本に二発も原爆を叩き込み、東京裁判で一方的に日本を糾弾。
戦後は日本の文化や価値観を根こそぎ排除していき、
自分たちの価値観と歴史が浅く、バカでもスグにわかる文化を持ち込みました。
その中の一つが、マニュアルです。
ドイツで一流のホテルマンになろうと思えば、大学でホテル学について専門的に勉強する必要があります。
ドイツで大学に入ると言うのは、スゴイ事。
日本で言うと東大に3回ぐらい合格する程の能力が無いと入学できないらしい。
そんな大学に入学し、ホテル学を徹底的に教育されるんですが…
それでもホテルに就職できるのは少数だとか。
大学を卒業して、ホテルで下働きを三年ほど続け、その間の基本給はわずか3万円ほど。
残りは全部お客さんから頂くチップで生計を立てるとか。
下働き期間が終了したら、やっと正社員として雇用されるんですが、
今度は半年ほど外回り営業の現場に立たされるそうな。
外回り営業が出来ない者には、内勤営業たるホテルマンをやらせるわけにはいかない、との事です。
その後、そこそこの成績を収めた者のみがちゃんとしたホテルマンとして採用されるらしい。
正に、ドイツのマイスター制度そのものですよね。
だから、彼らの給与はそんなに低くない、と言うか日本のそれに比べれば遙かに高い。
そして彼らにマニュアルはありません。彼らは自らの経験を元に様々なクリエイションを行う。
だからと言って「○○だと思ったので△△しておきました~!」なんて押しつけがましい発言はしない。
彼らにとっては、そういった行為(ホスピタリティ)は当たり前の事なんです。
一度に多くの人に教育を行い、標準化された接客を生み出すのには、マニュアルは大変役に立ちます。
だけど、人間の個性を奪ってしまうのもまた、マニュアル。
そのマニュアルがイヤだから、と反発して起こっているであろう、奇をてらう接客。
この両者共に、日本にはあり得なかったものであり、日本人の感性を奪い去る根源なんです。
茶の世界では、「客振り」が重視されます。つまり客自身も自らの振る舞いを美しくし、
もてなしてくれる亭主の「作意」に気付かないといけない。
そんな感性を磨くのに良いのが、今では茶道でしょうね。
まあ、磨く・磨かないは別にしても、そういった相手の気持ちを汲み取る感性を客自身が身に付けないと、
本物のもてなしには気付かないわけです。
「そんなの難しいよ」 「そこまでする必要無いよ」
と仰る方が大勢いるとは思いますが、でもそんな感性は日本人の文化だって思うとどうでしょう?
日本人が本来持っている文化的価値観を後世に引き継いでいくためにも、
皆さん一人一人が自らの感性を磨きましょう。
そして、接客者自身も自らのもてなしの作意を創造していきましょうね。
奇をてらうサービスやマニュアル化されたサービスは、もう見飽きました。