よく「サービスに正解は無い」って言い方しますよね。
もしくは、「接客には正解は無い」って言い方も。
ディズニー関係者が広めたのか、ホテル関係者が広めたのか。
別にそれはこだわらないんだけど、本当に正解は無いのかな?と思います。
私的には正解はありまくり、なんですよ。
ゴールだって、ありまくりなんですよ。
要はとらえ方の問題…と一言で片付けちゃうのもアレですけど…
接客に正解が無い、と思う人は、私的にはブレがある人に見えてしまいます。
ゴールがないって人でもそう。
だって、人間は得てして正解を求めながら生きるわけですから、
その正解を求めるために色々な手法を試す。
正解やゴールが無いって思っている人は、正解を求めようとしない人なのかな?と思ってしまう。
接客には、正解とゴールは確かに存在します。
それは・・・主客同一。
迎える側と迎えられる側の気持ちが一つになり、互いに満足を得た状態。
強い宗教性と精神交流(シンクロナイズ)が必要となります。
顧客満足で有名なある学者さんは、Hospitalityを主客同一と翻訳しますが、これは大きな間違いです。
Hospitalityは迎える側が、迎えられる側が満足するだろうと思われることを一方的に提供する状態。
互いが満足した状態、つまり結果ではなくて行動を示す言葉なんです。
Hospitalityを「もてなし」と訳す人も居ますが、これは勉強不足甚だしいので論外です。
まあ、少なくとも間違い無く言えるのは、接客はHospitalityではなく「もてなし」から生まれた文化なので
そこには宗教性と精神性が絡んでくるのは間違い無い事実。
茶道をやっていて思うのですが、畳の上でのもてなしと、テーブルの上でのもてなし、
どちらの方がお客さんとの「心の通い合い」が発生するかって言うと、
確実に畳の上なんです。
なぜかって、もてなす主ともてなされる客の間に、遮る物が何一つ無いわけですから。
テーブルの上でやるお点前、立礼(りゅうれい)と言いますが、やはりコレだと
お客さんと妙に距離を感じてしまいます。
理論化、文章化が可能な知識、知恵は、学術的には「形式知」なんて言い方をします。
その逆で、経験から生まれる直感や勘は言葉には替えられない、「暗黙知」って言い方をします。
主客同一の精神性は、正に暗黙知の世界。
言葉になんかできっこありません。
だから、Hospitalityって強引に訳すということは、主客同一の本当の意味を解っていない証拠。
簡単に言うと、さっき書いた「主と客の心が一つになり、互いに満足した状態」なんだけど、
その本当の意味は実際にそれを感じないと解りません。
日本国内で接客の仕事をされている方は、常日頃からその主客同一を求めようとしているのでしょうね。
安心して下さい、それが正解なんです。
じゃあ、ゴールは?
ゴールは簡単です。
ゴールは、ゴールであって、スタートでもある。
つまり、今日来たお客さんが喜んでくれて、自分も喜べて、そしてまた来てくれる事、それがゴールです。
意識のある接客者は皆、これを求めて接客をしているわけですから。
接客やサービスにゴールは無い?
そんな考え方は捨てましょう。
正解、ゴールは確かに存在します。
皆さん、その正解・ゴールを目指して、更に自分を磨いて下さいね!