おはようございます。皆さんはゴールデンウイークをどのようにお過ごしになられたでしょうか?
クマは、この五月の連休に、4日間で、10冊の本を噛み砕きました。あごの力がすごく付いた気がします。頭は逆に少しだけ柔らかくなった気がします?
もう少し若い頃は、4日間まるまる本を読みますと、1日5冊は読んでいました。
今はせいぜい1日2、3冊です。字を追うことがときどきあり、イメージとして頁を観られなくなっています。もう一度修行のし直しをやらなければならないですネ。
さて、今日はこんな言葉についてお話します。
「三級浪高魚化龍(さんきゅう/なみ/たかくして/うお/りゅうと/かす)/癡人猶戽夜塘水(ちじん/なお/くむ/やとうのみず)」
ちょっと長いですが、できるだけ平易な喩えでお話しますのでお付き合いください。
この言葉は『碧巌録』にあります。
五月晴れ、まさにそう言える清々しさの中、近所の鯉のぼりも、気持ちよさ気にスイスイ泳いでいましたヨネ。
まずは、鯉のぼりについてのお話から始めます。ちょっと的外れかなと思われるかもしれませんがお付き合い願います。
さて、なぜ男の子の節句に掲げるものを鯉のぼりと呼ぶんでしょうか?
のぼりは漢字で幟と書きますが、軍(いくさ)で自軍と相手を識別するための旗と考えていただければよろしいかと思います。軍に使う旗ですから、男の子が出世することを祈念して立てるんですネ。それではこの幟と鯉はどう結び付ければよいのでしょうか? 鯉の滝登りと言う言葉をお聞きになられたことはあるでしょう。
今回のお話にもこの滝(急流)と鯉が出て参りますが、この謂われは前段の、「三級浪高魚化龍(さんきゅう/なみ/たかくして/うお/りゅうと/かす)」と言う言葉に原を発します。
昔、中国の黄河上流に急流があり、人々が行き来に難儀をしていたので、竜山門と言う山を切り崩し、三段に河を堰き止め、流れを調節しました。これによって人々は洪水や急流の危険から逃れることが出来たのですが、大変になったのは魚たちです。
どんなに流れが速くてももっと上流に上れていたものを、この三段の堰き止めによって、所謂ダムが出来てしまったのですネ。この先、この竜門山の三段のダムを登りきることが、魚たちには非常に難しくなってしまいました。
そして、この急流を登りきる魚(鯉)は、竜になると言い伝えられました。
勢いよく滝の上の上流に上ろうと必死に飛び上がる鯉。なかなか滝の上には何匹もたどり着けないんですネ。いよいよ努力して、この三段の滝を上り切った魚(鯉)は、竜になれると言う伝説が生まれました。このことから、登竜門と言う言葉が生まれたんです。
とてもとても鯉の滝登りは難しいのです。でも、登り切ったら竜になれるんです。エッ? 鯉の話じゃなくて、竜の話?(大丈夫デス。最後には恋の話が竜に変わります。ご期待のほど。)
閑話休題
こう言う言葉はご存知でしょうか?
「六六鱗と九九鱗」
六六鱗とは、鱗(うろこ)が36枚あること、
九九鱗とは、鱗(うろこ)が81枚あること。
鯉の鱗は、36枚、龍(竜)の鱗は、81枚だそうです。本当に数えれば違うのでしょうが、陰陽の考えからすれば、六六とは、陰の数であり、道半ばを指していると考えられます。
一方、九九とは、陽の数であり、しかも一番大きい数であることから、最高位、最終到達地点を指していると考えられます。例えば、日本古来で、大切な日とされてきた「重陽の節句」を見ますと、九月九日におこなわれた節句です。
だから、鯉が急流や滝を努力を重ねた結果、登り切ったとき、龍と言う最高の存在に成るのですネ。
ところで、皆さんは紀州の道成寺をご存知でしょうか? 能の『道成寺』や長唄『紀州道成寺』で有名な安珍と清姫の物語です。
修行僧の安珍に恋した清姫が安珍を逃がさないために、我が身を蛇に変え、最後には道成寺の鐘の中に逃げ込んだ安珍もろとも鐘に身を巻きつけて、怒りの炎で焼き尽くす物語です。
蛇も竜と同じ爬虫類ですから、修行によっては、龍になります。(と言われていました、クマの子供のころは。)(;^_^A
黒龍、青龍、白龍、金龍と成長を遂げ、天部の眷属として出世するのですが、清姫は恋から始まり蛇となり、修行して龍となったと言う落ちではいかがでしょうか?
さあ、コイから龍になったでしょ!?
さあ、バカ話はおきにして重要なことは後段の言葉だと思いますので、この後段について、お話しましょう。『癡人猶戽夜塘水』、これはいったいどのような意味でしょう?
三段にもなった滝を努力して登り切った魚が龍と化し、天に昇って行った後の、ドロドロに澱んだ渕で魚を獲ろうと何も見えない水の中に網を入れている漁師がいます。魚はとっくに龍になってこの淵には、何にも残っちゃいないっていうのに。
このようにお話しますと、皆さん、「そうだヨネ。この漁師は馬鹿だね。」なんて仰るのですが、では、あなたはこんな馬鹿なことはしていないのですね?
デモネ、倒産していった企業や現在体力が落ちている企業を観ていますと、自分の企業の過去の栄光を未だに信じ、まったく市場が変わろうとしているにもかかわらず、いや、もはや変わっていることにすら気がつかず、この漁師と同じことをしているのではないでしょうか?
「富士フィルム」は、カメラフィルムでの売り上げが絶頂期にありながら、フィルムだけに拘らず、デジタルカメラへの進出をいち早く決定し、そこから、それこそ2段も3段も滝を上り切り、レンズ技術を活かした光学デバイス、さらに、フィルム技術から出発した予防、診断、治療の領域をヘルスケアとして展開しています。あるいは皆さんはこの富士フィルムと言う企業を、化粧品企業、あるいは健康食品企業として認知されているかも知れませんネ。
もともと、この企業は進取の気質に富んでいて、創業間もなく、X線フィルムを作っていますから、これぐらいの変化はこの企業には想定内かも知れません。
これからの時代では、市場が急激に変わることは有り得ることです。このときに、慌てないためにも、ご自分(企業)の軸を明確にしておくことが大切です。
竜になれなかった鯉(魚)は誰かが包丁を研いで、料理をされるまで、俎板に乗って、なすがままになるしかありませんよネ。食べつくされたいのか、竜(龍)になりたいのか。
ご自分で決める必要があります。さて、富士フィルムは、竜になったのですが、そこしか見えなく漁師として終わった企業も皆さんの頭には浮かぶのではないでしょうか?
今回の話は、富士フィルムを推奨する話ではありません。
竜が努力して滝を上り切ったのに、われわれはいつまでも渕にいるつもりなのでしょうか、という話です。竜が天に昇って行ってしまったのならば、その市場はもはや砥上(しじょう)でしかありません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
クマこと向龍昇人でした。