アメブロを始めたは良いけれど体力低下状態から抜け出せず、なかなか記事がふえない・・・
書きたいことは山ほどあるのに、心と体力がついて行っていない感じです。
本当に書きたいことは山ほどあるんですが・・・とりあえず抑鬱状態って書いたので、そのことに少し触れてみます。
私は2007年の4月に母を亡くしました。
母はひとくくりで言えば『悪性リンパ腫』という血液のガンでしたが、てんかんにもいろんな種類があるように、母は10万人に1人と言われる稀なタイプの悪性リンパ腫でした。病気自体が解明されておらず有効な治療法もありません。全て手探りの治療でした。
自家移植(自分の細胞を使用して行う骨髄移植のようなもの)を行うもすぐに再発し、次は骨髄バンク経由で移植を受けようとしていましたが、すぐにはドナーが見つからず、その間に病気が悪化。発病から1年ほどで亡くなりました。
私は母を助けたい一心で必死でした。当時はまだ子どもは2人(3歳と1歳)でした。子どもたちを連れて自宅と実家を1週間ずつ往復するような生活を送っていました(車で4時間の距離)。
実家に滞在中は家事が一切できない父の代わりに、毎日家中の掃除(母がいつ帰ってきても良いようにピカピカにしていました)、炊事、洗濯を済ませ、残った時間はずっと病院で母の側で過ごしていました。
今思えばどこにそんな体力というか気力があったのかと思うくらい、目が回るような日々でした。『火事場の馬鹿力』という言葉があるように、その時の私はとにかく母を助けたい、母のために頑張ろう、その一心で頑張りすぎていたんだと思います。
その反動は結構すぐに現れ始めました。
闘病と同時に私の往復生活が始まったのは5月でした。8月くらいには自分で体調の異変に気付きました。とにかく体がだるくて仕方ないのです。そして頭も働かなくなりました。
布団は敷きっぱなし、化粧もしないで家でゴロゴロしていました。子どもたちにはビデオを見させておいて朝から夕方まで寝ることもありました。食事の準備も辛く(体力的にも辛かったのですが、どちらかと言うと献立を考えることができませんでした)、でも子どもたちに食べさせるために頑張って近所のスーパーまで行き菓子パンを買っていました。
10月には今住んでいるマンションに引っ越しが決まっていました。それまでに何度も(結婚してから5回目くらい)引っ越ししていたので、引っ越しの段取りについてはかなり上級者のつもりでした。
それなのに何から手を付けたら良いのか全く分からなくなってしまっていたのです。引っ越しの荷造りもできず、荷物引取りの時間の直前までドタバタ箱詰めしていました。新居の照明器具も注文が遅れてしまい、2晩ほど暗闇で過ごすことに。カーテンは5日目にやっと装着できました。
そんな私でも実家へ行くとシャキっとし、いつもの私でした。私がしなくちゃ誰がやる?体が怠いとか言っている場合じゃない!と自分を奮い立たせていました。かなり無理していたんですよね・・・。
そして母が亡くなり・・・私の不調はピークを迎えます。
何をしていても気が付くと涙が流れています。涙は1日中、外へ出掛けている時でも勝手に涙があふれてきました。洗濯モ物を干していて、ふと『ここから飛び降りたら確実に死ねるかな』(我が家は8階です)とか車の運転中に『このまま猛スピードでこのカーブに突っ込んでしまおうか』などと普通に考えていました。
病院へ行くことはしていませんでした。夫は気持ちの問題だと言いました(行く必要は無いと言いました)。私もそうかもと思いました。何とか自力で解決しようとしました。そこで学生時代に夢中になった音楽を再開することにしました。案の定、音楽はとても楽しくて熱中でき、新しい友達もでき、心は少しずつ健康を取り戻してきました。
でもやっぱり自己流だったのがダメなのか、それともこういう心のグレーな部分は一度経験してしまうと慢性化してしまうものなのなのか、その後も時々顔を出しては私を苦しめることがありました。
そして最近の私もまた不調気味です。
でも『飛び降りたらどうなるか』なんてことは全く思わないので、まぁ大丈夫かな・・・と勝手に思っています。それどろか少しでも長生きしなくちゃと。
今はとにかく体が怠いんです。頭もボヤーっとして予定の1割も消化できないまま1日が終わる・・・そんな感じです。