こんにちは(^^)

 

きれいの力でワクワク生きる


テンション上げて使命を生きる

 

名古屋市内でパーソナルカラーと潜在数秘術の個人セッション & セミナーをしているルコラです。

 

 

8月のお茶会は残り1名様となりました。

                               

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お盆も終わりですね。今日は送り盆です。

名古屋市内は台風も過ぎ、街中にはまた人が溢れています。

 

 


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この時期になると、どうしてもいつもより生きることや死ぬことを考えさせられます。

 

 

今の私にとってまだ、死は怖い存在です。

どんなに頭で理屈を見つけようとしても、見たことも体験したこともない世界をどっぷり信じることはできません😱



いつか、本当にこの世界のことがわかったら大安心に至るのかな?とは思いますが、

今のところわからないので、不安や焦り、怖さ、とは付き合っていくしかありません😅


 

今の私には、自分には何か使命がある、そう思うことが生きることを強く支えてくれています。


それが本当かどうかはわかりません。

そうかもしれないし、そんなものないのかもしれない。

でも、何もしないままではいけない気がする、何かが私を追い立てる感じがする…

 


私にとって、お盆はこんな風に様々に気持ちが揺れる時期です。

 


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こんな時期に観ているドラマがあります🌠🌠


【ドクターコトー診療所】の再放送です。

 

このドラマは2004年放映ですが、その時は所々しか観ていませんでした。


いつも過酷な生と死のギリギリの選択があり、そこに人々の人間臭い心の葛藤のあるドラマだったことは記憶していました。


そして、今見直してみて、本当に一言では言えない感情が沸き起こってくるドラマだと再認識しました。

 


たくさんの見所がありますが、

消せない過去を持ち、強い悲しみを秘めたコトー先生の姿と、

大人たちの理解の無さや批判の中で、最初からまっすぐに先生を信じている子供たちの眼が印象的です。


 

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大人たちは、ただ、人間らしいのです。誰も悪くはありません。誰もがそうなったらそうするかもしれないことをしているだけです。

 

コトー先生を批判する理由も、コトー先生がどうとかではなく、自分の心の傷が癒えていないことをコトー先生にぶつけてしまい、目の前の現実を冷静に見られていないだけだったり…


 

でも、素朴な人達の当たり前の行動とはいえ、

いつまでも自分の感情的なことに拘って事実を歪めて解釈していたり、


コトー先生の過去の出来事を激しく責めながら、同時に他人より自分の身内を優先することを望み、そうしないことを責める人。


自分が他人を責めている内容と同じことをしていることに気付かず、周りの人達もそれが当然であるかのように非難したり…

 

本音と建前は違うのに、後先考えない言動をして、結局誰の為にもならない取り返しのつかないことをしてしまう人。

それにやむを得ず追従する人々。



そんな構図があります。

辛いですね。心が痛みます。

 


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そんな中で、どんな時でも

「先生が好き、先生はすごいんだ」、と信じて疑わない子供たちと、


人生で西瓜と藁草履を大切に生きた「あきおじ」

 

「あきおじ」がコトー先生に言った


「あんたが好きだ」


にも子供たちと同じ心を感じます。

 


今の世の中で、島の子供たちとあきおじのような心を持って生きることは難しいかもしれません。

いえ、あんなにシンプルで純粋な心を持ち続けて生きることはほぼ叶わないでしょう。

 


子供でも、都会で生きてきた「りゅう君」は大人な選択をしていました。

最後は母親より自分の今の生活の方を選んだのです。

既に冷静な判断があるのがちょっと悲しかったです。仕方がないのですが…

 

 

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このドラマは許されない過去の出来事というものがベースとなっています。

 

許されない…


でも、

それは本当に許されないことなのでしょうか?


人は本当にそこまで人を責める資格があるのでしょうか?

 

もし自分がそちらの立場だったら?

 

当たり前のように責めているその内容は、別の立場の人から見たらおかしくはないのでしょうか?

 

その非難は、誰のためのもの?

 

その非難は誰を、何を守る為のもの?

 

 

命を救おうとしている人を責めることは、何の役に立つのでしょう?

 

一体だれがそんなに完璧に命に責任を持てるのでしょう?

 

良い時はいいけれど、自分にとって良くない何かが起きれば責める、という行動は見ていて辛く、悲しいです。

 

救おうとした過程は無になってしまうのでしょうか?


一時的に感情をぶつけてしまうことはあるでしょう。


でも、それをずっと恨んだりするのは違うと思うのです。


その人に託すしかなかった、その人を信じるしかなかった…

そして、そんな状況になってしまった…


そこに運命があるように思うのです。

自分の手では救えない以上、そこは運を天に任せて祈るしかなかったはずです。



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人を癒すのも傷つけるのも人。

でも、

人は人を許すことでしか本当には癒されないような気がします。

 

 

あきおじの

「命のことは神様に」

「病気のことは先生に」

 

 

そんな風に思えたらと思います。そんな風に命を、そして人を暖かく信じられることはすごいことだと思います。

自然に任せて生きる人の強く優しい姿が心に響きました。

 

 

ドラマは今7回目でまだ続いていますが、

色々なことを思いながら観ています。

本当に素晴らしいドラマですね。

 

 

お読み頂きありがとうございました(*^^*)

 


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あなたがいつも明るい方に進まれますように

そしていつか共に明るい光となって再会できますように

 

ルコラ