伴侶なき結婚記念日

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今日は46回目の結婚記念日。

夫が亡くなって一人で迎える結婚記念日としては4回目である。

今朝、仏壇にお参りするとき、”いつも家族の安泰と私の無事を守ってくれてありがとうね”って言った。

そして今日も夫と過ごした42年10カ月の歳月に思いを馳せた。

 

1972年4月20日 夫と結婚した日。

見合い結婚であったが、田舎娘の私にとって、夫は都会の知的な雰囲気を持った憧れにも似た人に思えた。ここが縁ある人との不思議さなのだと今でも思う。

”文学をしています”の一言に、田舎にはいない人種に思えた。

今思うと、私も実に若く純粋だったなあ!( ̄m ̄〃)ぷぷっ!

 

思い出すことは、いつもイライラしていて癇癪持ちだったこと。

イライラの原因がわからなくて、私はいつもおどおどしていた。

夫は文学のこと、活動のこと、会社のこと、悩みやストレスを抱えていたのだろうが、口に出しては言わない人であった。

でもお茶目でユーモアのある人でもあった。

子供達が巣立ってからは、2階の子供達の部屋を書斎にした。

階下の書斎も含めて自室を3部屋持っていた。

食事の用意が出来ると階段の下から呼ぶ。返事がない。

私は大声で呼ぶ代わりにソプラノで歌う”♪○○さ~ん お食事の用意ができました♪”

すると夫は”はーい、ありがとう!下宿のおばちゃん♪”と節をつけて歌いながら降りてくる。

降りてきたところで、二人で大笑い。

 

私が「鏡よ鏡、世界中で一番美しいのはだーれ」というと

「それは、パー子さんです」と夫は言う。「よろしい!」と私が言って大笑い。

 

あるとき、オシャレをして出かけようとしていた。

私が「あら、あなた、今日は随分とおめかしして何処に行くの?誰に会うの?」と言うと、

夫は小指を立てて「これに会いに行くのよ」と言う。

「そう、これがいるのね?良かったね」と私が言うと「どうだ、いいやろが」と笑いながら外出した。

晩年はとても優しくなって家事もよく手伝ってくれました。

そしてこんなことも言ってました。

「アンタはオレみたいなブ男で貧乏たれのところに、ようきてくれたね。生まれ変わったら金持ちのハンサムの男のところにいけよな」

そんなときの返事は「そうね、そうするわ」と言ってみたり、「やっぱり、あの世にいっても貴方と一緒になりたい」と、そのときの気分次第で言っていました。(-^□^-)

そんな楽しい会話を今日も思い出します。

この人に巡り合ってよかった、と思っています。

 

下の記事は夫のことを書いた過去記事です。

長くなりますのでスルーしていただいてもいいです。

 

最後までお読みくださいました方々にお礼申し上げます。