鰻の思い出

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今日は土用の丑の日。

鰻を食べました。


午前中、スーパーに行くと、魚売り場は10人ぐらいの人が並んでいました。

もちろん、鰻を買いに来た人ばかり。


我が家は蒲焼き済みのを買い、家で鰻丼にして食べました。

昨年は7月27日、家族で鰻専門店で食べましたが、

今年はタイミングが合わず、家で食べることにしました。


写真は鰻と鰻丼です。





献立は鰻丼。キュウリとちりめんじゃこ、ワカメ、かまぼこの酢もの。冷ややっこ。伊達巻。ブロッコリー。ワカメのすまし汁。



今日鰻を食べて思い出しました。

私が育ったのは長崎県島原半島の片田舎。

家の前に川がありました。

その川は海が近いので海の干満で水量が変化していました。

潮が満ってきたら川岸まで水が増していました。

当然塩水です。


潮が引いたら水は少なくなって真水に変わるのです。

その川に父は石を積んで鰻倉を作っていました。

川幅は5~6メートルぐらい。

他に竹で編んだ鰻籠も置いていました。

鰻籠は細長く、鰻が一度入ったら出れないような作りでした。

鰻倉も鰻籠も何カ所も設置していました。


主には夏場の朝早く、父は仕掛けておいた鰻倉や鰻籠から鰻を捕獲していました。

それで、私は毎日のように、鰻を食べたものです。


調理するのは父です。

裏庭で足がついた大きな俎板の上に鰻をおいて捌くのです。

鰻の頭を錐で固定して、胴体はイチジクの葉でぬめりをとります。

そして背中から小刀ですーっと切り開きます。

骨は切り離し、これも蒲焼きします。

同じく庭に七輪を持ち出して焼くのです。


父が毎回、「鰻は鯛の36倍栄養がある。都会で鰻を食べたら、

相当高いぞ」と言っておりました。

栄養が鯛の36倍かどうかは知りませんが、高いのは本当ですね。

沢山獲れたときは近所に捌いてから上げていました。

今、考えると贅沢なひとときでした。


余談ですが、鰻の他にイナといって、ボラの稚魚が上がってくるのを投網で獲っていました。

投網ですから多いときはバケツに3杯も4杯もとれ、これも近所に配っていました。

イナは鱗をとり、骨ごとセギリにして水にさらして酢味噌で食べてました。

食べきれないイナは茹でて鶏に食べさせていました。


鰻を食べてそんな昔のことを思い出しました。


明日から又、古希庵に行ってきます。

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