【平和の爆発『ピースフェスタ』  〜私の人生ストーリー第36話】



おはようございます、美穂ですニコニコラブラブ




「私の人生ストーリー」シリーズ、前回の記事のつづきです^ ^

【平和大使としてNY国連に行く②  〜私の人生ストーリー第35話】




美穂ってどういう人??

私の人生ストーリーのまとめ記事はこちら♪


ーーーーーーーー




平和活動の一環としてニューヨーク国連に行った、2004年秋の1回目の訪米とその春の2回目の訪米の間の、



20053月に『ピースフェスタ』という約2500人が集まるイベントを主催しました。



そのきっかけは、ある人から、突然、駅前のカフェに呼ばれて、




「神戸の東遊園地公園で大きな平和イベントをやろうという話しがあるんだけど、美穂さん、実行委員長やりませんか?」


と言われたことがきっかけでした。


そりゃあ以前に、神戸の講演会に参加した後に、


大声で叫ぶ反戦デモを見たときに、怖くなって、


「こんなんじゃ平和を叫んでても、逆に人を怖がらせてしまう!

私ならデモでも、もっと違う風にするのに。」


となんとなくの構想は持ってはいましたが、あまりの突然の提案に、最初は、


「え!?私がですか!?」


と驚いて、答えに窮しましたが、



こういう時の頼みの綱の父に相談してみると、


「若者の平和活動は、爆発的に起きるもんや」


と言われ、


「じゃあ、爆発させてやるわ❣️」


と私にも火がついて、イベント実行委員長の役割を引き受けることにしました。



「そのイベントの場所は何人くらい入るの?」


と、父に聞くと、

5000人くらいやと思うで」

と言われたので、


「じゃあ、5000人集めるわ。

平和の爆発起こすんで❣️」


と答えました。


そして、イベントの実行委員長になると決めてから、私はもう行くところ行くところで、


5000人集めるイベントをします!

5000人集めます!」


と言いふらして回りました。


それは、


「願いは、口に出せば、叶う」


と自分の中に確固たる信念があったからなんですね。


すると、まわりの色んな人が手伝って、助けてくれました。



私が元所属していた劇団の人たちが、


「美穂ちゃんがそうことをするなら!」


と、テレビ局やメディアにつないでくれたり、


色んなご縁から、神戸のテレビ局「サンテレビ」やNHK、神戸新聞や、

他色んなメディアが記事に取り上げてくれたり、特集を組んでくれたりして、


本当にみんなが協力してくれました。


でも、そんな反面、いいことばかりでもありませんでした。



5000人集める??

どうせ1000人も集まらんわ。」


と、名のある大学教授からバカにされたり、

新聞記者さんの中にも、


「こういう大きなこと言う人は、一発屋で終わることが多いんだよねー。

今まで色んな人が見てきたけど、大体、一回こっきりで終わって、続いている人を見たことがない。

あなたも一回で終わるんでしょ?」


と嫌味なことを言われたり、それはそれでその時はとても傷つきましたが、今まで学生時代からのどんないじめにも屈したことがない、負けず嫌いな私の性格から、


「私は一発屋で終わらないので、見ててください。」


「絶対やってやる!」メラメラ

と、猛烈に心に火がつきました。



ちなみに、私はこのピースフェスタも含めて、大きな平和イベントを3回成功させているのですが、この時の新聞記者さんが、


「君は一発屋じゃなかったね。」


と言って好意を持ってくれるようになり、ピースフェスタ以来、私が開催するイベントは全部追っかけてきてくれるようになりました😊



・・・次に続きます♪


「ピースフェスタ②」


最後まで読んでいただきありがとうございました!


美穂おねがい音譜