電車に乗れば、人が睨んでくる。
自分の事を笑っている。
おばさんは必ず睨んでくる。
同じくらいの年の子もみんな性格が悪い。
と憎悪みなぎる顔つきで言っていた。
私は本来の優しい娘に戻って欲しくて、そんな事ないよー。睨んでるなんて誤解だよと言ってしまった。
あの時ちゃんと、そうなんだ、あなたはそう感じるんだって聞いてあげればよかったなと今は思う。どんなにか辛かっただろうか、世界中が敵に見える程の孤独感を感じて。家族にだって心を開けなかった。言ってもわかってもらえなかった。あの時にタイムスリップして、ずっと抱きしめてあげたいがそれはもう叶わない。
昨日、娘は中学からの親友Nちゃんに久々に会っていた。(久々と言っても1週間ぶりくらいか?高校が別々になっても相変わらず仲がいい)
娘は、去年はこのNちゃんの事も信じられなかった。私には優しさに見えたNちゃんの行動も言葉にも、娘は傷ついた。私は娘の気持ちもわかるし、Nちゃんの気持ちもわかるので、間に入る事はなく放っておいた。
娘とNちゃんは娘が中学不登校の時期、喧嘩したり、仲直りしたりしながら、彼女たちなりの距離感を学習して、今は仲良くつきあっている。
学校に来ない娘にNちゃんはずっと変わらず連絡をくれた。
そういうNちゃんの優しさも余裕のない娘にはあまり届かなかった。Nちゃんのマイナス面ばかり気になっていた。
高校に入ってまた学校に行けなくなった娘だが、紆余曲折を経て、(そんなこんなは4月からのブログをご覧ください
)
夏休み前の定期テスト、補講、研修旅行と出席できた娘は、補講課題も順調に終わらせている。
毎日のように出かけたり、ゲームをしながらだ。最近はドラクエが我が家にやってきた
まだ通常授業には出ていないけれど、確実な成長を感じる。
娘が昨日ふと、「Nは優しいよね」と言った時、もう娘の心配はいらないなと私は心から思った。
不登校になって、人が信じられなくて、殻に閉じこもっていた娘が少しずつ少しずつ殻を破って、いろんなことを感じて、成長して、娘は本来の感受性を取り戻した。いや、取り戻したというよりは新しく手に入れたと言った方がいいかもしれない。
不登校になったばかりの頃、友達がなくなる事が私が怖くて、娘にLINEの返事をさせたり、友達は大事にするように言っていた。でも、全く意味のない事だった。
余裕ができればまた人を信じられるようになる。人と付き合いたくなる。
最近の娘は本当に優しい。
勉強ができるより、片付けができるより、何より人の優しさを感じられる、人に優しくできる娘でいる事が母は何より嬉しい。
もちろん、自分を犠牲にしてまで人に優しくする必要はないから、あくまでも自分第一でいいと思う。
学校に行かない事で自分を第一に守れた娘だからこそ持てる、優しさって絶対にあるから、これからの人との付き合いにはプラスになるはず♪
娘の神戸土産のチョコ⇩食べるのがもったいないくらい可愛い♪
