思いやりをもった優しい子に育ってくれたらいい。
娘が不登校になるまで、私はずっとそう思って育ててきた。
人見知りで引っ込み思案だった娘。
勉強は目立って成績が良いわけではなくて、スポーツも足のことがあって、全般が苦手。
それでも、周りを気遣うことができてた。
小学3年生の頃、娘は仲良くしていたある女の子がいた。
その子はほとんど毎日同じ服を着ていて、しかも服が汚れている。
そして、少し臭いがするらしい。もしかしたらお風呂にもあまり入っていなかったかもしれない。
いわゆるネグレクトなのかなと当時、娘の話を聞いて思った。
しかも、多少言動が変わっている。
いじめほどではないが、その子はクラスの女の子には遠巻きにされて、あまり友達がいなかったらしい。
でも、娘はまったく偏見を持たずにその女の子とつきあっているらしかった。「○○ちゃんがかわいそう。」と娘は言っていた。「服が汚かったり、臭いがしても、一緒にいて嫌じゃないの?」と私は娘に聞いた。
そうしたら娘は
「うん。だって服が汚いのは〇〇ちゃんのせいじゃないし、そんなに悪い子じゃないよ。」と言った。
外見で人を判断しない娘はすごいなとその時、娘を人として初めて尊敬したので、よく覚えている。
娘は普段から人をよく観察する癖がある。
じーっと人を見ている。
だから、人によっては睨んでいるとか、何を考えているかわからないと言われることもあるらしい。
そのかわり、人を見た目じゃなく判断する心も持っているのではないかと思う。
そんな優しい娘だったので、勉強ができなくても、スポーツができなくても、その優しい心をずっと持ち続けていてくれたらいいなと思っていた。
それが失敗だった。
人を思いやることばかり要求して、自分を大事にすることを教えてあげられなかった。
だから、娘は自分は我慢して、人に優しくしてきた。
私は表面的なことしか見えていなかった。
娘は自分を犠牲にして、他の人を大事にしなければいけないと思っていた。
大事にされない自分をつまらない人間だと思うようになった。
人は自分を大事にして初めて、人に心から思いやりを持てる。
自分を犠牲にする思いやりは、長くは続かない。
満たされない心はいつか疲れ切ってぼろぼろになってしまう。
私もずっとそれがわからなくて、正反対のことをしていたから、いろんな事がうまくいかなかった。
小さい頃から、他人に迷惑かけない、人を思いやることを一番にして生きてきた。
これから、娘には誰よりも自分を大事にしてもらいたい。
自分が大好きって言えるようになってもらいたい。
そのために私ができることは、そのままの娘を認め続けること。
そして、自分も自分を一番に大事にして、そのままの自分を認めてあげること。
子供の頃してあげられなかったから、もう勘弁してって娘が思うまで、いっぱいいっぱい甘やかせてあげよう。
実際はなかなか難しいですが
