年末、とても尊敬している方から、こんな言葉をいただきました。

 

 

やりたいこととやりたくないことがはっきりあって、そのご自身の中で大切にされている「これ!」っていうものをもっと広げていければいいなと思っています。 

 

一ノ瀬さんの大切にしているものを私も大切にしたいです。 

 

 

今年は、どちらかというと「気の合う仲間」や「同じ価値観を持つ人たち」というよりも、住んでいる場所も、生まれ育った環境も、生きていくうえでの価値観のようなものも。

 

それぞれに異なる、そんな方たちと同じ方向を向いて、ともに歩んできた1年でした。

 

 

そんな風にまったく違うものを持っている者同士がどうやって繋がり、同じ方向を向いて進んできたのか考えてみると、そこには「それぞれが大切にしているものを尊重し合う」という、ごくごくシンプルな要素が横たわっていた気がします。

 

 

 

 

確かに、似た者同士は意気投合しやすいし、お互いのことが手に取るようにわかったりする。

 

その分、手が差し伸べやすかったり、手を貸してもらいやすかったり、あるいは居心地の良さを感じることも多いけれど、そこから創造されるものって実は少ないのかもしれないです。

 

ともすると「私たちってこういうもんだよね」という、傷の舐め合いが始まったりもするし。

 

 

自分の質からいっても、内側の心地よさを優先するあまり、外の世界との間にシャッターを下ろしたくなることが多いのですが、それが、どこかしら新しい世界への恐怖から来ているのならば、そのパターンすら、もう変えていきたい感じ。

 

 

 

そんなに人間関係にしがみつくタイプではないと自分では思っているのですが、それでも新しい方向へ歩みを進めるとき、どこかこれまで出会ってきた人、つながりのある人、お世話になってきた人に「背を向ける」ことになってしまう罪悪感のようなものが生まれます。

 

実際には、新しい道を選ぶからといって、これまでの関係が一掃されるわけではないことも知ってるんですけどね。

 

 

それでも、今まで積み重ねてきた繋がりや時間が一瞬にして消えてしまう恐怖を感じるし、その先にいる孤独な自分を想像してしまうこともあります。

 

もしくは、そういったプロセスの中に、どこかしら冷酷な自分を見つけてしまうことが本当は痛いだけなのかもしれません。

 

結局は相手の気持ちのことを考えているようでいて、自分の保身しか考えていないんじゃないだろうか、ってね。

 

 

 

あいたたた…となりながらも、そういった自分の中に起きる感情の揺れさえもエネルギーにしながら、ひとまず進んでいくことに注力したいなと思っています。

 

そんなこんなで、2013年から綴ってきたこのアメブロも、2020年でいったん閉じることにしました。

 

当面、記事は残しておくつもりですが、そのうち完全に削除するかもしれません。

 

 

 

別にこうやって宣言する必要はまったくもってないし、辞めると言いながらまた再開したくなったらどうしよう…と脳内は少し忙しいのですが。

 

まあお引越しのようなものです。

 

より今の自分にフィットする場をあつらえて、こちらでご案内したくなるときが来たとしたらら、またそのときにお会いしましょう。

 

 

 

今年も大変お世話になりました。

 

また気ままに綴ってきたブログをこれまでお読みいただきありがとうございました。

 

来たる2021年がみなさまによって幸多き1年となりますように。

良いお年をお迎えください。

 

 

 

寒くなると楽しくなる煮込み料理。

 

義理の両親から瑞々しい大根をたくさんもらったので、今日はおでんにしちゃう!

(やけどには気をつけますww→前回おでんづくりでやけどした人)

 

 

お米をひとつかみ入れて下茹でしているところです。

 

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あとはロールキャベツも同時進行でグツグツ。

朝からキッチンがおいしい匂いに包まれて天国だな照れ

 

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わが家では料理人は、主に私と息子のふたりなのですが、料理男子はキッチンに向かうと探求が止まりません。

 

私が普段作る煮物は彼にとっては少し濃いときもあるようで、彼が作るときはかなり薄味になってる。

 

とにかくやってみないと、作ってみないと、食べてみないと!って感じで、私の作り方を聞いてはくるけど、そのままマネすることってないんですよね。

 

だから失敗することもきっと彼の中ではデフォルトなんだろうなと傍で見ていると思います。

 

毎回おいしいのができるなんて、鼻から思ってなさそうなんですよね。

 

 

 

私は確実な「おいしい」を目指したいタイプで、100%とはいかなくても80%の成功が達成できる方法を選びます。

 

どちらかというと「いつもの味」が好きだし、知らない調味料を使うときは恐る恐る、、、

 

自分のなかで「これがベスト」と思えるものに出会ったら、一生もののレシピにすぐ昇格しちゃう感じ。

 

 

 

 

だけどおもしろいなあと思うのは、いつも新しいものにチャレンジする息子なのに、できあがった料理は、ちゃんと「彼の味」になっていること。

 

スパイスたっぷりのカレーを作ったとしても、「やさしい味」になる。辛いけど、優しい味。

 

とんがった味にはならないんだなー。

 

 

一方、私の料理は、よく「落ち着く味」だと言われる。たまに新しいレシピにチャレンジしても、行きつくのは「落ち着く味」。

 

新しい調味料を取り入れても同じ。

 

まったく同じ材料とレシピを前に、わたしと息子がよーいドン!で料理をしたとしても、違う味になっちゃうのです。おもしろいですよね。

 

 

 

言葉もそう。

 

同じようなことを言っているのに、誰がそれを言うかで受け取る側の感覚がまるで違うことってありませんか?

 

好き勝手言っているように見えて、どこか一本筋が通っているように感じられること、ありますよね。

 

その言葉が、どこからどんな風に発せられているのかということを読み手は敏感に感じ取っているんじゃないかと思うわけです。

 

 

 

というわけで寒さのせいではなく、自分で書いた記事に背筋がピンと伸びる朝でした。

 

みなさま良い週末を!

 

 

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子どもたちが小さい頃、お子さんの不登校や発達にお悩みを抱えているママたちの会を主宰していました。

ときどき耳にしていたのが「場面緘黙(ばめんかんもく)」という症状を持つお子さんの話。

たとえば家では超おしゃべりなのに、園や学校ではまったくしゃべらないのだって。

 

言語で意思疎通がとれないので、親御さんはじめ、周りはそれはそれは困っていましたね。

 

もちろん本人がいちばん困っている。

右差し場面緘黙症についてNHKの記事も参考に



うちの息子も、一時期、口頭でのコミュニケーションを拒否していた時期がありました。全身を使ってぷんぷん怒るんですが、言葉にしてくれないものだから、私は彼が言いたいことがさっぱりわからなくて。


なぜ怒ってるの?

何がそんなに気に入らないの?


伝わってくるのは、とても怒っているということだけ。

 

ときには壁に向かってガンガン頭をぶつけたり、握りしめたこぶしを床にたたきつけたりすることもあって、息子の身体も心も壊れてしまうんじゃないかと恐怖に怯えながら過ごしていたことを思い出します。

 

 

たいていの場合、何がきっかけで怒り始めたかがわからないし、そもそも私には怒っているように見えているけれど、ほんとうに怒っているかも微妙。

 

原因もわからなければ、どうやったら解決できるのかもまったく見えてこない。

イヤイヤ期のお子さんが、ママに気持ちが伝わらなくて癇癪を起こすことがあるでしょう?まさにあんな感じの毎日だったのです。

 

 

 

当時、彼は小学校低学年。年齢相応の言葉の知識は持っていたと思います。だけど、それを適切に使えるかっていうと、むずかしかったのかもしれません。

 

今となって、ようやくわかる。

あれは怒っていたんじゃなくて、困っていたんだよね。





怒るという表現方法をとるってことは、その奥に何かしら「伝えたいこと」があるということ。

 

どうやったら彼の伝えたいことをわかってあげられるだろうか。

どうやったら気持ちのやりとりができるんだろうか。

 

 

そのとき私が思いついたのが「筆談」という方法でした。

 

 

 

試しに何度か私の言いたいこと、聞きたいことをメモして渡してみたら、返事を書いてくれるようになったんですね。

 

頑なに口頭でのコミュニケーションを拒否していた彼と、やりとりができるようになった安堵感を今でも忘れることができません。

 

 

もう喋れなくてもいいや。メモを通して意思疎通ができるなら、それだけでいいよ。

 

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私:なんで怒ってるの?

息子:わからない

私:そっかー、でもイライラするんだ?

息子:うん

(30分くらい経過して・・・)

息子:ママが出かけたのがいや。急に行かないで。

------

 

こんなやりとりができるのはまだいいほうで、ときには私の質問に対して「○×」でしか答えてくれないときもありました。

 

 

私は気分屋なので、出かけよう!と思ったら即座に出かけたくなるのですが、息子はそんな私の急な思い付きを受け入れられないタイプだったのだと思います。

 

「急に出かけないでほしい」というのが、イライラしてしまった理由。そしてその奥には「そうじゃないと怖いんだよ、不安なんだよ」という彼なりの不安が隠れていました。

 

 

 

「不安なんだよ」

 

その気持ちが出てきた途端、すーっと彼の気持ちが落ち着いていくのがわかりました。さっきまでとげとげしかった目つきが、一瞬にしてやわらかくなっていく。

 

ようやく気持ちが私に伝わったと感じたのでしょうか。

 

そこまできてようやく、筆談じゃなく口頭でのやりとりを再開できるのです。
 

 

 

 

表現が苦手。言葉にするのが苦手。

想いを伝えるのが苦手。

 

それって繊細な人の特徴のひとつなんじゃないかと思います。

 

敏感なアンテナでたくさんのことをキャッチするから、内側の世界は豊かさにあふれているんだけれど、それに対してアウトプットが追いつかない。

 

みなさんもそんなことありませんか?

 

 

もしかしたら、

 

「早く返事して!」

「早く思ったことを言って!」

「早く、早く・・・!!!」

 

そうやって待てない大人(昔の私のように)から急かされているうちに、言葉にすることを諦めてきたことも関係しているのかもしれません。

 

 

 

あのときにグッと呑み込んだかすかな想い。

ほんとうは、あの人に伝えたかった小さな小さな気持ち。

大切な誰かと分かち合いたかった、うれしいことや悲しいこと。

 

まだ言葉にならなくて。

しっくりくる表現が見つからなくて。

 

そんなものが、あなたの内側に、きっとたくさん横たわっているのだと思います。

 

ゆっくりゆっくり思い出していきましょ。

 

 

 

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