週1ボディメンテナンスの日。

温熱療法のテルミーの施術を受け始めて、そろそろ2年が経ちます。

 

 

 

療術師さんのお宅の前に広がる風景。

 
 
 
 
お父様が作られているお野菜をどっさり、車のトランクがいっぱいになるくらいもらったので、泥を落として、外で自然乾燥中です。
 
 
白菜
キャベツ
大根
カブ
ブロッコリー
カリフラワー
ほうれんそう
春菊
 
8種類もあったよー!
 
あ、あとお手製のお漬物も。
 
 
どうやら私は食べるものには困らないようにできているらしい。
(だから体重が・・・・・・ということにしとこう・・・)
 
 
 
 
さっそく、蒸してお昼ごはんに。
 

 
このところ、自分の内面の変化に思考が追い付いていかず、なかなかに葛藤中の毎日です。
 
 
昨日の夜は、自分ひとりで抱えきれずに、友だちにヘルプ要請。
 
いろいろと話を聞いてもらって、プチセッションしてもらって、なるほどなあというところに着地した。
 
今日は、身体の中にテルミーの熱をしっかり入れてもらい、採れたての新鮮な野菜をいただく。
 
 
 
 
内面に潜ることに飽きた頃、引き上げてくれる人たちがいるありがたさよ。
 
私はかっこつけなので、悩んでいる最中、葛藤している最中には、あまり人に助けを求められないタイプです。
 
自分で解決して、涼しい顔してまた会いたいねって思っちゃうw
 
 
それでいて、かっこつけのクセして寂しがり。
自分から距離を置いているくせに、さびしいーなんて思っちゃうんだもんな。(ぐえー、めんどくさーーーー)
 
 
さ、こうやって人の力を借りつつ、自然の力を借りつつ、また少しずつ自分のバランスを取り戻していこう。
 

わたしが仕事で煮詰まっていたり、イライラしている様子に気づくと、近寄ってきて、私の背中をさすってくれることのある次女。

 

次女はとても飽きっぽいので、ものの10秒ほどで、サーっといなくなってしまうことが多いのですが。笑

 

それでも、そっと手を置いてくれた瞬間、一瞬にして私の呼吸が深くなるのを感じます。

 

image

 

我が家は、夫婦間のスキンシップがどちらかというと多め。(ほかのご家庭のことはわからないけれどw)

 

 

パパとママが手をつないでいる場面は、子どもたちはずっと見てきていることだし、

 

旦那さんが私の肩をもんでくれる場面をきっと当たりまえのものとして捉えている子どもたちは、私がため息をつこうものなら、そっとソファの後ろにまわり肩をもんでくれたりする。

 

逆に、身体的に精神的にしんどいとき、手や足を差し出す(無言のまま揉んでくれというアピール)をするのも、子どもたちにとっては、どうやら自然なことのようです。

 

 

 

触れるというのは、子どもたちが小さい頃だけのお楽しみかと思っていた節もあるのだけれど、

 

実際には、お年頃になっても(もしかしたらお年頃になればなるほど)、子どもは言葉のやり取り以上に、身体でのやり取りを親に望んでいるような気がしています。

 

 

 

 

私は自分がカウンセリングスキルを学んだこともあって、一時期、言葉でのやりとりを重要視していた時期があったんですね。

 

練習台になってもらう、という名目で。

 

 

たしかに、目に見えない領域のもの(考えていることだったり、思っていることだったり、感じていることだったり)を言語化することで、相手と分かち合えることも多いです。

 

それが喜びに繋がることもある。

 

 

 

 

だけど、一方で、言葉というツールを通じて、正義を振りかざしたくなる自分にも気づいてしまい、

 

わかり合いたいのにすれ違い、調和を求めるあまりに、肝心の部分がズレてしまうことをいやというほど体験してきました。

 

 

 

近しい相手であればあるほど、大切な相手であればあるほど、言葉の使い方ってむずかしい、というのが正直なところ。

 

その点、言葉を介さずに触れる、という営みが、私自身を癒してくれたことがたくさんありました。

 

触れることで感覚をひらいていけば、自分が大切にしていることはおのずと伝わるし、相手の受け取りたいように受け取ってくれるものだと思う。

 

 

 

もし言葉の非力さを感じることが多いとしたら、そんなときは無理して言葉を使おうとせずに。

 

手や身体で相手に触れるということを意識するのもいいかもしれませんね。

 

 

そのうえで選ぶ言葉なら、きっと自分にとっても相手にとっても、心地よいものとなるはず。

 

好きなもので身の回りをいっぱいにしたい。

 

真っ先に思いつくのは布。

肌に触れる布。

 

下着だったり、お洋服だったり、ベッドリネンだったり。

 

これは、うさとの服。

 

 

 

物心ついたときから、着るものの存在には敏感で(アトピーだったこともある)、とにかく優しい肌触りのファブリックが好きだった。

 

そして一度好きになったもの、気に入ったものは、ボロボロになるまで着倒す、使い倒すタイプ。

 

ボロボロになるまで愛用するから、時折家族に心配される。

新しいの買ってあげようか?と言われること多々。笑

 

 

お年頃になり、デザイン優先になっていた時期もあるけれど、そんななかでもお店で手にとるのはコットンやシルク素材ばかりでした。

 

だって手が伸びるんだもの。

 

 

 

ここ最近は、個人や小さな商いでつくられている服と出会うことが多く、それらのアイテムが私の日常を潤してくれています。

 

 

minaさんがプロデュースしているAnandamaide Labotorium

熊本にアトリエを構えるSARAXJIJI

エネルギーをまとう服うさともそうだし

染ものの宝島染工のアイテムも。

 

 

展示会に行かないと手に取れないものが大半だけれど、

 

やっぱり自分の手で触れて選びたいと思ってしまうから、いずれにしても、あまりオンラインでは買わないかな。

 

 

minaさんのお召し物は、ラッピングも素敵なのだよ~

 

 

Little Eagleも好き。(昨年冬の熊本展示にはタイミングが合わなくて残念だったー)

 

 

 

そして、いつかぜひ出会ってみたいのがkittaの服。

 

ああ、もうこの天然の色合いがずらりと並んでいる様子を見るだけで幸せになってしまう。

肌触りを想像してうっとり。